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第1話:夢見の島の眠れる女神
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第11章 悪夢の卵(3)

 フィグは凍りついたように動きを止めた。その手から滑り落ちた日本刀が白銀の光をまき散らしながら(ワンド)の形に戻り、音を立てて花の海に沈む。
「……嘘、だろ?それじゃお前が届けるあるもの(・・・・)っていうのは、やっぱりお前自身のことなのか?お前が生贄として夢見の女神(レグナリア・レヴァリム)に身を捧げるってことなのか?」
 ラウラはしばしの沈黙の後、ゆっくりと首を振る。
「ううん。それはちょっと違うかな」
「何が違う !? いや、何だっていい。お前がいなくなると言うなら、女神の元へなんか行かせない!」
「……そういう反応されると思ってた」
 ラウラは小さく苦笑すると、握っていた銀の匙杖(シルヴァースプーンワンド)を素早く振り上げた。
「夢より紡ぎ出されよ!『眠れる森の美女(スリーピング・ビューティー)』より“呪いのいばら”!」
「しまっ……た……!」
 身構える間もなく、フィグの身にいばらの蔓が巻きつく。フィグは身体の自由を奪われ、なす術もなく花園に倒れ込んだ。綿毛が飛び散り髪や頬にかかる。動けないフィグの代わりにラウラがそばにしゃがみ込み、細い指で綿毛を払った。
「ごめんね。でもいばらの棘が出ないように念じておいたから、痛くはないよね?全てが終わったら解けるようにしておくから、しばらく我慢してね」
「ばか!行くな、ラウラ!」
 フィグは蔓を解こうと必死にもがくが、もがけばもがくほど蔓が四肢に絡まり、動けなくなっていく。ラウラは哀しく微笑んだ。
「何だか可笑しいね。いつか置いていかれるとしたら、私の方だと思ってたのに……」
 名残りを惜しむようにフィグの顔をじっと見つめ、ラウラは静かに立ち上がった。
「本当にごめんね。本当は私一人で来なきゃいけなかったのに、どうしても、もう少しだけフィグと一緒にいたくて、ついて来てもらっちゃった。大変な目にいっぱい遭わせちゃったね。でも、嬉しかったよ。最後にまたフィグと一緒に冒険ができて」
「行くな、ラウラ!行くな!」
 フィグにできたのは、そうやって制止の言葉を叫ぶことだけだった。それでラウラが考えを改めることはないと分かっていても、そうすることしかできなかった。
「ごめんね。私のことは忘れていいから。私との“赤い糸”はいつでも断ち切って、新しい運命の相手を見つけて、幸せになってくれていいから……」
 それ以上は涙で言うことができず、ラウラはフィグから逃れようとでもするように背を向けて走り出した。
「ラウラ!!」
 一度も振り返らないその後ろ姿は、花園の果ての白い森に隠れて消える。そしてフィグの意識はいばらの呪いに蝕まれ、再び深い眠りへと堕ちていった。

 どれほどの時間が経ったのかも分からない、夢も見ないような深い眠りの後、フィグはふいに目を覚ました。
 その耳に聞こえてくるのは、花を踏みしめて歩み寄ってくる静かな足音。驚いて視線を向けると、そこには白い尼僧衣(シスター・ローブ)をまとった一人の女の姿があった。
「あんたは……小女神宮(レグナスコラ)のシスターか?どうしてこんな所に?」
 シスターは体重を感じさせないふわふわした足取りで近づいてくると、フィグの傍らに膝をつき、じっとその目をのぞき込んだ。
「夏風岬のフィグ・フィーガ、あなたに問いたいことがあります」
「……問う?一体、何をだ?」
「これから後、ただ一度だけ、あなたの真の夢(・・・)を叶えられる瞬間がやって来ます。あなたにはその夢を追う覚悟がありますか?あなたにその覚悟があると言うなら、手を貸しましょう」
「夢を追う覚悟……?何を言ってるんだ、あんた。今はそんな場合じゃない!ラウラを追わないと!」
 いばらの絡みついた身体で無理矢理立ち上がろうとするフィグを押しとどめ、シスターは静かに唇を開く。
「ラウラ・フラウラは彼女自身の意思で己の未来を選択し、既に決断を下しています。それを覆すことは、もはや誰にもできません。そして私にできることは、誰かの胸に夢を育てること。そして、その夢の実現にほんの少し力を貸すことだけです」
「何を言ってるんだ?あんた、一体何者だ!?」
「私の名はフレア・フレーズ」
 短く答え、彼女はフィグの全身に絡みつくいばらの蔓をそっと手のひらで撫でた。途端いばらは七色の光の粒となって宙に舞い上がり、消滅する。フィグは呆然とフレアを見上げる。
「この島は、夢と現の混じり合う島。ですから想うだけで叶うこともあれば、どれほど努力しても叶わぬこともあります。あなたの夢は後者。理に阻まれ叶えることのできぬ夢なのです。本来であれば(・・・・・・)……」
「……フレア(・・・)・フレーズだと……?その名は……。あんた、まさか……」
 フィグはフレアの話も耳に入らず、驚愕の表情でその名を繰り返す。
夢見島(レヴァリムとう)の住民は皆、私の子ども同然の存在。できることならば全ての島民に自分の夢を叶えて欲しいと願っています。夢破れ傷つく姿を見るのは、自分のことのように悲しくてなりません。それは、あなたに対しても同じこと」
 言って、フレアはひどく真剣な眼差しで真っ直ぐにフィグを見つめてきた。
「あなたは今、千載一遇の機会(チャンス)に巡り合わせました。今までこの島の数多の若者が追いかけ、けれど叶わず破れてきた夢を、あなたならば実らせることができるかもしれません。いいえ、是非とも実現させて欲しいのです。彼らの夢を無駄にしないためにも」
「俺の夢なんか今はどうでもいい!ラウラを止めてくれ!あんたならできるだろう !? だって、あんたは……」
 フレアは首を横に振ることでその言葉を遮った。代わりに未だ地に伏すフィグへ向け手を差し伸べる。
「おいでなさい。全ての結末を見届けさせてあげましょう。我々にはもう、見守ることしかできませんが」


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このページは津籠 睦月による児童文学風オリジナルファンタジーWeb小説「夢の降る島」第1話夢見の島の眠れる女神の本文ページです。
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