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ファンタジー小説|夢の降る島

第1話:夢見の島の眠れる女神
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結 20××年、倫敦(ロンドン)(3)

「私ね、いろんな人の夢の中を渡り歩くようになってから、思うようになったことがあるんだ。……人間(ひと)って、思い出を集めるために生きてるんじゃないかなって。もちろん思い出は楽しいことばかりじゃない。忘れられないくらいに悲しくて辛い思い出もあると思う。でもね、本当に嬉しくて、幸せだったっていう思い出は、そのイメージを何倍にも増幅されて記憶の中に刻まれるんだよ。それはたとえ歳をとって、自分の名前や家族の顔さえ忘れてしまって、その思い出の意味すら本人に分からなくなってしまったとしても、決して消え去ることはなく、頭のどこかに残り続けるんだよ」
 言って、彼女は微笑みながら周囲の景色を指し示す。
「この野原も、ここに降る雪も、全てあなたの記憶の断片から構成されたもの。たとえもう二度と戻れない場所でも、会えない人でも、記憶の中には残り続ける。それはたとえ現実の中で、時の流れや様々な事情で奪われてしまったとしても、決して失われることのないものなんだよ。そして記憶の中に残り続けるなら、いつか再び会うこともできる。心の中や、夢の中、あるいは命の終わりの走馬灯の中で。いつかひとりでこの世を旅立つ時が来ても、優しい思い出たちと一緒なら、きっと寂しくない。そう、思うんだ」
「……そうか」
 短く答える青年の脳裏には、わずかの躊躇いも不安の翳も見せず、微笑みながら消えていったかつての女神の姿が浮かんでいた。
「だから、思い出を紡いでいこう。これからは、ふたり一緒に……」
 青年は返事の代わりに、言葉もなく彼女の身を抱きしめた。朝が来れば夢の終わりとともに儚く消えてしまうそのぬくもりが、それでも今はしっかりと肌に伝わることを確かめるために。
「……会いたかった。長かったよ。振り返ってみればたったの数年でも、俺にとっては……」
「うん……。そうだね。たったひとりで、見知らぬ世界で、大変なことがいろいろあったよね」
 彼女は幼いままの手のひらで、大きな背中を優しく撫でる。そして改めて青年の顔を見つめ、唇を開く。
おかえりなさい(・・・・・・・)、フィグ」
 その瞬間、フィグの脳裏にこれまでの旅の記憶が一気に駆け巡った。自ら望んで選んだ旅路でも、育ってきた環境とのあまりの違いに苦しむことは多々あった。二度と戻れない故郷が無性に恋しくなって胸を苛まれることもあった。それでも今この瞬間は、全てが正しい選択だったのだと受け入れることができる。
「ただいま、ラウラ。……お前に話したいこと、見せたいものがたくさんあるんだ。俺がこれまでこの世界で見てきたもの、美しいと圧倒された全てのものたちを、お前にも共有してもらいたいんだ。たとえ肉体(からだ)は一緒に旅ができなくても、これなら一緒に旅しているのと同じことだろう?いつかあの丘で約束した通りに」
 ラウラは一瞬驚いたように目を見張り、涙を零しながらうなずいた。その顔を見つめながら、フィグは改めて決意する。
 初め、“果てのない”旅をすることは彼だけの夢だった。けれど今は、彼女のためにも旅を続けようと、強く思う。
 誰かの悲しみや痛みに晒され続ける彼女に、ほんの束の間でも楽しい思い出、美しい夢を贈れるように。彼女の夢が絶望だけで塗りつぶされてしまわないように、これまでにこの世界の中で見つけてきた“希望”を、教えてあげようと思うのだ。
「この世界は、思っていたより悲しい世界だった。でも、思っていたよりずっと強かで、綺麗なものもいっぱいあるんだ」

Fin

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このページは津籠 睦月による児童文学風オリジナルファンタジーWeb小説「夢の降る島」第1話夢見の島の眠れる女神の本文ページです。
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