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第1話:夢見の島の眠れる女神
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結 20××年、倫敦(ロンドン)(2)

 深夜零時。明日の目的地の下調べや荷物の整理を終えやっと人心地ついた青年は、ホテルのベッドに身を投げ出し目を閉じた。
 夕刻の酒の名残りか、眠気はすぐに訪れた。ふわふわとしてひどく心地の良い波のような睡魔に、青年は抗わずそのまま身をゆだねる。
 一瞬の意識の空白の後、気づけば青年は白い霧の中に立っていた。自分以外何も見えない乳白色(ミルキー・ホワイト)の世界で、しかし青年はあわてることも取り乱すこともなく、むしろこの場面を待ち望んでいたとでもいうように、ゆっくりと口を開いた。
「夢より紡ぎ出されよ……“紅線(ホンシェン)”」
 白銀の光が弾ける。直後、青年の足首にふわりと紅いリボンが現れた。蝶々結びのそのリボンは片方の端だけが長く、その先は白い霧の彼方へと続いている。
 縄でも足枷でもないそれはいかにも頼りなく、まるで「いつでも自由に解いていいんだよ」とでも言いたげに、ゆるやかに風に揺れている。
「全て、俺に委ねるとでも言うつもりか?……ばかだな。今さら他の相手なんて考えられるわけないだろう」
 青年は苦笑してその場に屈み、何かに引っ掛ければ簡単に解けてしまいそうなそのリボンを強く、固く、結びなおした。
「この先に……いるのか?」
 高鳴る胸を押さえ、青年はリボンの端を辿り白霧の中を進んでいく。
 やがて霧は晴れていき、目の前に野原が広がった。まるで苺の実を敷きつめたように赤い野原だ。まるで赤い細波のように風が吹くたび揺れるのは、赤花詰草(クリムソン・クローバー)の赤い花穂。
 そこは、幼い頃によく遊んだ苺ロウソクの野(ストロベリーキャンドルフィールド)だった。空には翼を生やした船のような形の雲がいくつも浮かび、そこから絶えず七色の雪を降らせている。
 そして赤い野原の真ん中には、苺の花のような真っ白なドレスを着た人影があった。長いスカートをふわりふわりと風に泳がせるその後ろ姿に、青年は一瞬息をするのも忘れて立ち尽くす。
 逸る気持ちを抑えながら、それでもどこか不安をにじませながら、紅いリボンのつながる先、その人影へ向け、青年は呼びかける。かつて故郷の島で、飽きるほどに呼んできた彼女の名を。
 その声に弾かれたように、小さな肩がぴくりと跳ね、彼女が振り返る。大きく見開かれたその瞳が次第に潤んでいくのを、青年は静かに見守った。
「……信じてた。きっと、会いに来てくれるって」
 懐かしいその声は、まぎれもなく青年のよく知る幼馴染のものだった。
「……ごめん。遅くなって」
 歩み寄り、目の前で謝罪の言葉を告げる。彼女はそれを否定するように激しく首を横に振った。
「信じてた。でも、本当は、ずっと怖かったんだ。私がこうなって(・・・・・)しまった以上、この紅線(ホンシェン)はやっぱり切るべきなんじゃないのかって、ずっと迷ってた。でも、あなたがあの時『勝手な決めつけで一方的にこの“糸”を切られてたまるか』って言ってくれたから……」
 青年は彼女の肩に手をかけ、ゆっくりと首を振る。
「これで良かったんだ。この紅線(ホンシェン)がまだ繋がっているおかげで、俺たちはこうして再び会うことができた。そうだろう?」
「……私でいいの?だって、私はもう……」
「いいんだ。たとえもう現実では会うことができなくても。……夢の中なら毎晩会えるんだろう?これからは」
 青年の答えに、彼女は泣き笑いのような顔で微笑む。
「うん。あなたが世界中のどこにいたって、いつまでもずっと一緒だよ」
「だったら、構わない。世の中にこんな恋がひとつくらいはあってもいいだろう?……と言うか、お前の方こそ俺でいいのか?俺はお前とは違って、これからも普通に歳をとり続けていくし、そのうちには……」
 その先を躊躇って言葉を切り、青年は目の前の幼馴染の姿をじっと見つめる。
 その姿は別れた当時とまるで変わらない。むしろ青年の背が伸びた分、小さくなって見えるほどだ。
「いいんだよ。いつか置いていかれるとしても、思い出は残るから」
 そう言って、彼女は青年の顔をじっと見上げた。


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このページは津籠 睦月による児童文学風オリジナルファンタジーWeb小説「夢の降る島」第1話夢見の島の眠れる女神の本文ページです。
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