第1話:夢見の島の眠れる女神
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- 結 20××年、
倫敦 (1) -
ロンドン中心部、
地下鉄 のベイカールー線 とピカデリー線 が交差 するレスター・スクエア駅。そこからほど近い大衆酒場 を彼が訪れたのは、ウェストミンスター宮殿の大時計が午後6時を指す頃だった。背に大きな荷物を負った、いかにも旅行者という風体の青年を、店主は温かく迎え入れる。
「いらっしゃい。注文は何にする?」
「ライト・エールを半 パイントとキドニー・パイを一つ、付け合わせはチップスで」
慣れた様子で注文を済ませテーブルに着くと、隣席の既にだいぶ出来上がった様子の男が話しかけてきた。
「やぁ。君も旅行者か?」
「ああ。今朝イギリスに着いたんだ。そちらは家族旅行か何かで?」
青年の視線の先には、つまらなそうな顔でプディングをつつく16、7才と7、8才と思しき二人の少年の姿があった。
「ああ。妻の実家がこっちでね。里帰りにつき合うついでに観光旅行というわけさ」
そう言いながら男は、何が可笑しいのか大声で笑いだす。
「パパお酒呑み過ぎ。ママが戻って来たら怒られるよ」
「何を言う。旅行の楽しみと言ったら現地の美味い酒を味わうことではないか。私はこれくらいではまだまだ酔わんぞ。君、スタウトはもう呑んでみたかね?おすすめの銘柄があるんだ。君もぜひ呑んでみたまえ!」
陽気に笑い肩を叩いてくる男に、青年は苦笑いを浮かべ適当に相づちを打つ。
「これのどこが酔ってないって言うんだか……。保護者の自覚無さ過ぎ。子どもを放置してる罪とかで捕まっちゃえばいいのに」
二人兄弟の兄の方が辛辣に吐き捨てる。一方弟は興味津々の表情で青年の姿を眺めていた。
「ねぇねぇ、何で腰に空っぽの瓶を二つも下げてるの?」
「空っぽ、か……」
青年はくすりと笑い、腰に吊るしてあった硝子瓶をベルトから外して少年の目の前に置いた。
「君にはただの空瓶にしか見えないだろうけど、この中にはそれはそれは美しい白銀の雪が詰まっているんだ」
「えー?何それ」
弟は不思議そうに首を傾げ、兄の方はただ白けたような顔で瓶を一瞥する。
「ほうほう!常人の目には見えない雪の詰まった瓶か!なかなかロマンティックそうな話じゃないか!旅先での醍醐味の一つは偶然出会う不思議な物語や言い伝え!君、ぜひ語ってくれたまえ!」
酒席での余興とばかりにすっかり話を聞く気になっている男の様子に、ほんの一瞬だけ躊躇いの表情を浮かべた後、青年は語り始めた。彼の生い立ち、空から夢の結晶が降ってくる美しい故郷の島の話、そして幼馴染と別れこの世界へやって来た経緯までを。
「おぉ……夢と幻想に満ち溢れた島か……。行けるものなら、私も是非行ってみたいものだ……。君、作家志望か何かなのかね?これから出版社でも探すつもりかね?L・M・モンゴメリやJ・K・ローリングのように」
酔った男はそれをただの“物語”と信じて疑わない。
「まぁ、物語の語り口としてなら面白いのかも知れないけどさ“異世界から来た旅人”なんて話、よくそんな真面目な顔で言えるよね。酔っ払いと子ども相手だからってイマドキ信じないよ」
二人兄弟の兄の方はそう言ったきり、もう興味はないとばかりにグラスの中のサイダーを呑み始める。素直に瞳を輝かせたのは弟一人だった。
「じゃあ、その瓶の中には夢雪 が入ってるんだね !? 今でも夢術 が使えるの !?」
「こらこらエミル、無理を言ってお兄さんを困らせてはいけないよ。おや?もう杯 が空っぽだ。では私が取って来よう。君は何がいいかな?」
「じゃあ、あなたのおすすめのスタウトを」
男が酒を取りに席を立つと、青年はおもむろに首から何かを外した。それは、柄の先に羽根飾りのついた銀のスプーンのペンダントだった。
「よく目を凝らして見ていてごらん」
言って青年は瓶のフタを開けると、その中から見えない何かをスプーンですくい出した。
「夢より紡ぎ出されよ。J・M・バリー著『ピーター・パンとウェンディ』より“ティンカー・ベル”」
青年がスプーンの先を傾けると、それまで何もなかったはずのテーブルの上にポゥッと白銀の光が点った。最初は球体だったその光はすぐに光り輝く小さな人の姿へと変わる。背に透き通った羽を生やした小妖精 の少女は、光をまき散らしながらテーブルの上をくるくる踊ると、弾けるように消えた。
弟は手を叩き歓声を上げ、兄の方は口をあんぐりと開け、サイダーのグラスを危うく取り落としそうになる。
「すごいすごい!本当に夢を紡ぎ出せるんだ!ねぇねぇ、それであなたは、幼なじみの女神様とまた会うことはできたの?」
無邪気な問いかけに、青年は一瞬無言になった後、遠くを見るような目で答えを返した。
「……残念ながら、まだ、だな。いろいろ手段を講じてはいるんだが。今夜もまた、一つの方法を試してみるつもりだ」
このページは津籠 睦月による児童文学風オリジナルファンタジーWeb小説「夢の降る島」第1話の本文ページです。
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