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第1話:夢見の島の眠れる女神
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第12章 夢路の果て(6)

『もう大丈夫だね、フィグ。この島を出て行けるね』
 見下ろせば、島はもう遥かに遠い。七色の夢雪(レネジュム)の雲に包まれた故郷は、まるで青い海に縫い留められた宝石細工のように輝いて見えた。
「ああ。もう大丈夫だ。ありがとう、ラウラ」
 万感の想いを込めて囁くと、柔らかな風が頬を撫でた。不思議とラウラが微笑んでくれているような気がして、目頭が熱くなる。
『行ってらっしゃい、フィグ。忘れないでね。もし旅の途中でフィグが夢を忘れそうになったら、私が“希望(ゆめ)”を送るから。この島で育まれたフィグの夢の原点を、子どもの頃のあの想いを、思い出させてあげるから。だから安心して旅を楽しんでね。フィグの夢見たどこまでも“果てのない”旅を……』
 どこまでも明るい声がフィグを送り出す。振り返れば天空の穴はもう目の前だった。船は吸い込まれるように穴に飛び込んでいく。
 瞬間、視界が闇に覆われた。何も見えないまま、ただ凄まじい引力のようなものに船が引っ張られていくのを感じる。まるで底無しの穴の中に猛スピードで落ちていくようだった。フィグは最早座っていることさえできず、船底に倒れ伏し、へばりつく。
 やがて船は闇を抜け、目を開けていられぬほどの光の渦へと飛び込んでいく。視界に一瞬、青空と雲と太陽が映ったような気がしたが、それを確認することもできぬまま、フィグは強烈な重力負荷にも似た圧迫感に意識を失っていった。

 その日、一艘の船が天空の穴から島の外へ旅立ったことに気づいたのは、ごくわずかの限られた人々だけだった。
 早朝にも関わらず、島民のほとんどは何かに導かれるように自然と目を覚ましていた。だが彼らの視界に映ったものは、薄紅から紫のグラデーションを描く美しい夜明けの空に、淡いヴェールのような虹色の雲がかかっている光景だけだった。
 やがて、夢のように美しいその空から、陽光に照らされたクリスタル・ガラスのように七色にきらめく雪が降ってくる。それは地に降り積もり、全てを覆い尽くし、悪夢(コシュマァル)に変えられた島を美しい夢の姿へと塗り替えていく。
 それは未知の光景ではなかった。いつか夢追いの宴のフィナーレで夢見の娘(フィーユ・レヴァリム)となった小女神(レグナース)のドレスに現れた光景だった。
「やがてこの島に訪れる……数百年に一度の夜明け……」
 小女神宮(レグナスコラ)の礼拝堂の薔薇窓越しにからその景色を眺めながら、キルシェはいつか耳にした言葉を口の中で繰り返す。
 礼拝堂には小女神宮(レグナスコラ)の全ての人間が集められ、女神への祈りを捧げていた。
「今、新たなる夢見の女神(レグナリア・レヴァリム)がその座に就かれました。島を悪夢(コシュマァル)の手から救ってくださった新しき女神(レグナリア)・ラウラに感謝を捧げ、役目を終えられた女神(レグナリア)・フレアの安らかなる眠りを祈りましょう」
 シスター長アルメンドラの言葉の後、鐘楼の組鐘(カリヨン)が厳かに鎮魂歌(レクイエム)を奏で始める。だが小女神(レグナース)たちは心ここにあらずの様子でただ空から舞い降りる雪を見つめていた。
「ラウラ……あんた、無事に辿り着けたのね」
 どこへ向けて呼びかけたら良いのか分からないように、キルシェはただ虚空へ向け呟く。
「あんた、まだ死んだわけじゃないんだもんね。きっと、私のこと、見ててくれるよね……?」
 今にも涙声に変わりそうなその呟きは、鐘の音とシスターたちの祈りの声に溶け混じり、消えていった。

「…………う…っ…」
 小さな呻き声とともに、フィグは目を覚ました。ぼんやりする意識でまず感じたのは、浮遊感にも似たゆるやかな波の振動だった。
 フィグはゆっくりと目を開け、身を起こす。
 穴に飛び込む前と変わらず、フィグは船の上にいた。ただし鋼鉄の翼やエンジンは消え、首長竜(プレシオサウルス)の首のようだった船首も折れ、船自体もあちこちが傷つき削れてみすぼらしい姿に変わり果てていた。
「ここは……?俺は、辿り着けたのか……?」
 目に映るのはどこまでも続く海原とその上に広がる空ばかり。静かな波間に一人漂い、不安を感じ始めたその時、フィグの耳が遠く微かに響く汽笛の音を拾った。
「船か…… !?」
 目を凝らし水平線をにらむと、こちらへ向け近づいてくる船影がある。エンジンの音とスクリューの波を立てながら走ってくるそれは、鋼鉄の船体を持つ漁船のようだった。フィグは船上に立ち上がり、上着を脱いで旗代わりに振りながら、その船を待った。


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このページは津籠 睦月による児童文学風オリジナルファンタジーWeb小説「夢の降る島」第1話夢見の島の眠れる女神の本文ページです。
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