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第1話:夢見の島の眠れる女神
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第12章 夢路の果て(4)

「……じゃあ、私はもう行くわ。この後のことは分かっているわね?ラウラ」
 フィグへの説明を終え、フレアは確認するようにラウラの顔を覗き込む。
「うん。大丈夫」
 ラウラは悪夢(コシュマァル)の詰まった卵を大切そうに胸に抱きかかえ、今にも泣きそうな顔でフレアを見つめ返した。フレアはそんなラウラに、ただ微笑んでみせる。何もかもから解き放たれた晴れやかな笑顔だった。
「あんたはこれからどうなるんだ?」
 訊くべきかどうか散々迷った末、フィグは結局、躊躇いながらもそれを訊いた。ラウラの今後を思うと、訊かずにはいられなかったのだ。
「……さぁ。私にも分からないわ」
 あまりにもあっさりと予想外の答えを返され、フィグは目を剥く。
「分からない !? あんた、それでいいのか !?」
「ええ。いいの。知らないことがあるって素敵なことよ。知らないからこそ見られる夢があるもの。『もしも生まれ変わることができるなら、今度は普通の女の子として人生を全うしたい』とか、ね」
 その身体の透明度と反比例するように、フレアを包む光は徐々にその強さを増していく。ラウラとフィグは瞬きもせずにそれを見守った。
「さよなら、ラウラ、フィグ。あなたたちの夢がずっと素敵なものであることを祈っているわ」
 光が弾ける。周囲が一瞬白光に包まれ、何も見えなくなる。そして光の止んだ後、その場所にはもう何ひとつ存在していなかった。フィグは無言でラウラを振り返る。ラウラはフィグが何を言いたいのかを悟り、小さく苦笑した。
「私なら大丈夫だよ。ちゃんと、全部分かっててこの役目を受け入れたんだもん」
 ラウラは悪夢(コシュマァル)の卵を両腕で強く抱き締めたまま、湖へ向け歩き出す。フレアの紡いだ睡蓮の葉の道は既に消えていたが、ラウラはためらいもせずに水上に足を踏み出した。だがその足は湖水に沈むこともなく、ただ水面に(かす)かな波紋を刻んでいく。
 湖の中央に辿り着いた時、ラウラは振り向き、フィグへ向け微笑んだ。
「じゃあ行くよ、フィグ。覚悟はいい?」
 その問いに『はい』と答えてしまえば、別れの瞬間が来てしまう。できることならば、このまま永遠に唇を閉ざしていたかった。
 だが、そうやって無言でラウラの顔を見つめているうちに、フィグは気づいてしまった。ラウラが今、笑顔の裏で必死に泣くのをこらえていることに。
(……そうだよな。最後は笑顔で別れたいって、お前なら思うよな。こんな哀しいだけの別れまでの時間を、永遠に引き延ばしてるわけにはいかないよな)
 フィグは一度、大きく息を吸い込んだ。それから、ゆっくりと口を開く。
「ああ。覚悟はできてる。いつでもいいぞ」
 言い終わり唇を閉じた瞬間、ラウラの足元の水が勢いよく盛り上がった。それはまるで水でできた繭のようにラウラの全身を包み込み、そのまま湖の底へと引きずり込んでいく。
「ラウラ!」
(ワンド)を構えて、フィグ。私が沈みきったらすぐにでも夢雪(レネジュム)が噴き出すから。頑張ってね。私、信じてるよ。フィグなら必ず夢を叶えられるって』
 眦からにじみ、零れ出ようとする涙を乱暴に拭い、フィグは匙杖(スプーンワンド)を構えた。
 ラウラを沈めた湖はその後もしばらく波立っていたが、やがてそれも治まり、水面は静まりかえっていった。代わりに水底からどんどん七色の光が溢れてくる。そして湖面に花が咲くように、大量の夢雪(レネジュム)が姿を現した。それはすぐに湖を覆い尽くし、それでも止まずに増殖し続け、雪崩のような奔流となってフィグに襲いかかってきた。
『今だよ、フィグ!』
 湖の底から響く声に導かれるように、フィグは(ワンド)を握った右手を前へ突き出した。
「夢より紡ぎ出されよ!エジプト神話より“太陽の船(マンジェト)”!」


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このページは津籠 睦月による児童文学風オリジナルファンタジーWeb小説「夢の降る島」第1話夢見の島の眠れる女神の本文ページです。
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