第1話: :第7章(後) 
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ルビ(ふりがな)

第七章 ラウラの紡ぐ夢(後編)


 夢が破れた日でも、いつもと同じように時間は過ぎていき、日は暮れる。
 ラウラは鐘楼の壁に身をもたせ、膝を抱えて空を見ていた。薄紅の花びらが夕日を透かし、灯を点したように光りながら降ってくる。ラウラの好きな光景だった。
「ラウラ・フラウラ」
 ふいに声をかけられても、ラウラは驚かなかった。何となく、来てくれるような気がしていたし、心のどこかで期待してもいた。
「シスター・フレーズ……、来てくれたんだね」
 シスター・フレーズは身体の重みを感じさせない、どこか浮世離れした足取りで、ふわりふわりと尼僧衣をなびかせながら歩み寄って来る。
「選考会でのあなたの夢術、見せてもらいました。とても素晴らしいものでしたね」
「……ありがとう。でも、選ばれなかった。頑張って考え出したのにな。ああいう風に評価されるなんて、思ってもみなかった」
 シスター・フレーズはしばし無言でラウラを見つめた後、おもむろに唇を開いた。
「あなたの夢術は補助的なものなどではありませんでしたよ。確かにあなたは夢を物質として具現化したわけではありませんでした。人によっては、あなたは何も紡いでいないということになるのかも知れません。ですが、私は知っています。あなたは“魔法”を紡ぎ出したのですね。あなたにしか紡げない、皆を幸せにする、あなただけのオリジナルの“魔法”を」
「シスター・フレーズ……」
「それに、技術的にも革新的なものでした。あなたは夢雪を霧状の細かな水の粒に変え、人々に吸わせることにより、その人の意識の中に夢晶体――夢幻灯機を紡ぎ出しだのですね。夢雪による音楽と囁きで人々がその頭の中にある一番大切な記憶を思い出すよう暗示をかけた上で……」
「うん。夢幻灯機って、触れた人の脳内イメージを増幅して周囲に映し出す仕組みでしょ?本来は本の中の風景を映し出すための道具だけど、人間の記憶に使ってみたら、ぼんやりしてる昔の思い出も鮮明に蘇るんじゃないかって思って。夢雪を霧に変えるのは、いろいろ実験してみて、あれが一番上手くいったからなんだ。何十回も、失敗しては方法を変えて……選考会までに間に合うのかすっごくはらはらしたよ。成功した時には、自分でも驚いたし、すごくうれしかった。私にこんな夢が紡げるなんて、自分でも思ってなかったもん。今まで紡いできた中でも一番の、最高の夢だって思った。誰にも負けない夢だって。……でも、結局は負けちゃったんだよね」
 自嘲するようなその声に、シスター・フレーズは静かに首を横に振る。
「あなたの夢は負けてなどいません。少なくともあの場に集まった島の民たちは皆、アメイシャ・アメシスではなくあなたを夢見の娘に選んでいました」
「……そっか。それは……うれしいな」
 ラウラは寂しげに微笑む。嬉しいとは言いながらも、心の底からは喜べないと言いたげな笑顔だった。その笑みの裏に隠された思いを、シスター・フレーズは敏感に感じ取った。
「悔しいのでしょう?悲しいのでしょう?あなたのその思いは当然のことです。あなたが今日のために数年間、どれほどの努力を重ねてきたのかを私は知っています。……ずっと見てきましたから」
 端から見ればいつも気楽にへらへらしているようにしか見えないラウラだが、その陰でどれほどの努力を積んできたのか、シスター・フレーズは知っていた。
 夢見の娘を目指すことを決めてから、ラウラは一日も努力を欠かしたことはなかった。ただ、ラウラはその努力を一人遊びや他人と競い合うゲームに変え、努力の上に『努力を楽しむための努力』を重ねてきた。それがゆえに、周りからは何の努力もせず、ただ遊んでいるようにしか見られてこなかったのだ。
 ラウラは膝に頬を埋めたまま、呟くようにぽつりぽつりと語りだした。
「こんなに悔しかったり悲しかったりするなるなんて、私、思ってなかったよ。だって、夢見の娘になりたいのは皆同じだもん。皆、同じように努力して、頑張ってるんだもん。だから、その結果誰が選ばれても恨みっこなしって、今日が来るまではずっと思ってた。なのに、無理だった。私、今、すっごく辛い気持ちで頭がぐるぐるしてる。メイシャちゃんに『おめでとう』って、笑って言うことができない。『何で私の夢術が選ばれなかったのか』って……そんなことばかり考えちゃうんだ」
「ラウラ……」
「何よりも辛いのは、あの夢がもう皆に見てもらえないっていうこと。自分でも自慢できるような、誇りに思えるような、すごい夢だって思ってたから、あの場にいた人たちだけじゃなくて、もっとたくさんの、島中の皆に見て欲しかった。もっともっとたくさんの人を笑顔にしたり、嬉し泣きさせたりしたかった……」
 涙に潤むラウラの瞳をじっと見つめ、シスター・フレーズは何かを思い悩むように唇を噤んでいた。だが、しばしの沈黙の後、決心したようにラウラに問いかけた。
「ラウラ、あなたの夢術がなぜ選ばれなかったか、理由を知りたいですか?」
 その問いにラウラはハッと顔を上げる。
「知りたい。教えてくれるなら、知りたいよ」
「……あまり愉快な話ではありませんよ。聞けば、あなたはさらに傷つくかも知れません」
「それでも、知りたい。私の何がダメだったのか、知りたいよ」
 ラウラは立ち上がり、必死に懇願する。その真剣な眼差しを、シスター・フレーズは痛ましげに見つめ返した。
「ラウラ、あなたの夢術に駄目な部分など、一つもありません。審査会議はあなたが思っているようなものではないのです」
「え……?」
「審査官も結局の所は生身の人間。その審査には様々な思惑やエゴが絡みつくものなのですよ。……あなたの夢術は斬新過ぎました。プロの夢術師である審査官たちが数十年かかっても編み出せなかった……いえ、思いつくこともできなかったものを、あなたはその歳で紡ぎ出してしまいました。それをあっさり認めてしまうということは、一部の人々にとって、己自身を否定するも同じことなのですよ」
「え……?」
 ラウラは、ただ疑問の声を繰り返すことしかできなかった。それは、まだ幼いラウラの想像の及ばない、複雑な人間の心理だった。
「あなたに彼らを否定する意図など無いことは分かっています。ですが、事実、あなたはその存在自体が既に彼らにとって脅威なのです。そして人間は本能的に、己にとっての脅威を排除しようとするもの。いつの世も、新し過ぎるものは激しい反発に合い、受け入れられるまでには相応の時間と努力を要するものなのです。歴史上、数多の偉人が苦しんできたように」
「そんな……」
「もちろん、世の中はそのような人間ばかりではありません。審査官の中にもあなたを支持する人たちはいました。ですが、結局は多数派の意見に敗れてしまったのです。そもそも審査官の間では元々アメイシャ・アメシスに対する評価がとても高く、逆にあなたはこれまで何の注目もされてきませんでした。今回あなたが紡いだ夢術も、偶然にできた“まぐれ”で、実力ではなく運だったのではないかと……あなたの能力を疑問視する声もあったのです」
「まぐれだなんて、ひどいよ。一生懸命考えて編み出した夢術なのに」
「そうですね。夢見の娘を真剣に目指す以上、己の夢術に力を尽くさない候補者などいません。たとえそこへ至るまでの過程や努力が評価の対象とならないとしても、それぞれの血と汗と涙のにじんだ夢術を、軽んじて良い理由などあるはずがないのですが。人間は、他人を選ぶという立場に立つと、そんな大切なことさえ忘れてしまうものなのでしょうか……」
 シスター・フレーズは物思わしげに溜め息をつくと、再びラウラをじっと見つめた。
「納得できないでしょうね。私もこの決定には納得がいきません。……審査官たちに怒りを覚えますか?」
「……そうだね。怒りが無いって言ったら嘘になる。けど、それ以上に悲しいよ。私に、そんな思惑とか先入観とかエゴとか、全部ねじ伏せて、吹き飛ばしてしまえるだけの実力があったら良かったのに。否定したくても否定しきれないような、そんな何かがあったら良かったのに。そうしたら、こんな所で散らせることなく、あの夢を最高の舞台に持っていってあげられたのに。私が、もっと上手くあの夢を紡いであげられていたら……」
 自分の夢術のことを語るラウラのその瞳は、まるで我が子の不幸を嘆く母のようだった。シスター・フレーズはそんなラウラを見下ろしたまま、審査会議の様子を思い返していた。


 審査会議は例年になく紛糾した。ラウラの夢術をどう捉えるかで、審査官の意見が割れたからだ。ラウラにとってあまりに不本意であろう発言の数々に我慢ができず、シスター・フレーズは思わず立ち上がり、意見を述べていた。
「皆さん、どうして自分の心に素直に耳を傾けないのですか?皆さんは、ラウラ・フラウラの夢術に何も感じなかったのですか?」
 場は一瞬、静まり返る。だが、すぐにその言葉は一蹴された。
「確かにラウラ・フラウラの夢術は感動的だった。だが、我々は感情的に審査を下すことはできないのだ」
「我々が感動したのはラウラ・フラウラの夢術にではない。自分自身の記憶に感動したのだよ。そこを間違えてはいかん」
「そもそも、全員見た光景が違うのでは審査のしようがないではないか。あれでは夢術の基礎能力をどの程度持っているものなのか、全く判断がつかん。そんな実力も分からぬあやふやなレグナースに世界の運命を託すのは危険じゃよ」
「そう。今年の選考会は世界の命運がかかっているのだからな。慎重に選ばねばならん。その点、アメイシャ・アメシスならば安心だ。実力も折り紙つきだからな」
 シスター・フレーズは審査官たちを厳しく見据え、尚も唇を開く。
「真の夢見の娘に求められるものは、単なる実力だけではなく、その心なのではないのですか?皆さんには分からなかったのですか?ラウラ・フラウラの夢術に込められた、優しい想いが」
 だが、その言葉さえも審査官たちの心には届かなかった。
「確かにそうかもしれん。だが、心など目に見えぬものをどうやって計れと言うのだ。結局は目に見える結果で判断を下すしかないのだよ」
「心など、主観によって左右されるもので判断するのは公平性に欠けるだろう。ならばいっそ、各候補者の夢晶体を項目ごとに数値で評価し、その総合点により優勝者を決めるのはどうだろう」
「なるほど、それならば分かりやすいし、後々のためにデータとして残すこともできる」
「ならばさっそく、項目と何点満点なのかを決めましょう」
 一旦話がまとまると、それまで揉めていたのが嘘のように会議はスムーズに進行していった。そして各審査官の採点の結果、ラウラは発想力では満点をとったものの、他の項目で伸び悩んだため、アメイシャに敗れることとなった。
 シスター・フレーズはそれ以上審査に口を出すことはなかった。ただ、会議が終わり退室する間際、こんな一言を残していった。
「……残念です。夢術師の中の夢術師たる審査官の皆さんなら、正しい判断をしてくれると思っていました。皆さんは分かっていないのですね。“夢”が、何のために存在しているのかを……」
 審査官たちはその言葉に対し特に反応は返さなかった。だが、ふと一人が思いついたように近くにいたシスターに尋ねた。
「先ほどのシスター、何という名のシスターなんだね?」
 問われたシスターは答えようと口を開きかけ……そのまま何も言えずに目を見開いて沈黙した。
「どうした?まさか名を忘れてしまったなどと言わんだろうね」
「えぇと、あの……、その通りです。忘れてしまいました」
「は?」
「どうしても、思い出せないんです。顔は知っているはずですのに、彼女が何という名で、どういう人間なのかが、どうしても頭に浮かばないんです。……まるで、夢の中で会った人のことを思い出そうとしているみたいに」


 何か思いつめたような顔で沈黙するシスター・フレーズを、ラウラは心配そうに見上げた。
「どうしたの?シスター・フレーズ」
「……私は、何がどうあっても他人に判断を委ねるべきではなかったのかもしれません」
「え?判断って、何のこと?審査会議のことを言ってるなら、べつに気にしないよ。シスターは、同席はしてても意見はあくまで参考にされるだけで、最終判断は結局審査官が下すものだって聞いてるし」
「そうではありません。私は、己の判断に自信が持てず、決断を島の民たちに委ねようとしました。全てのレグナースを公平に見なければならない立場でありながら、いつの間にか、ひとりのレグナースを特別な目で見ている自分に気がついていましたから……」
「え……?」
「でも結局は、島の民の判断に納得ができず、己が手で判断を下そうとしています。私の優柔不断のせいで、あなたや、アメイシャ・アメシスに余分な苦しみを与える結果となってしまいます。それでも、私にはもう、あなたしか選べません。あなたよりふさわしいレグナースはいないと、確信してしまいましたから……」
「え?何を言ってるの?シスター・フレーズ」
「……ごめんなさい。あなたにはこれから、多大な犠牲を払ってもらわなければなりません。それでも、世界には……そして私には、あなたが必要なのです」
 “犠牲”という不穏な単語にラウラの顔が強張る。
「犠牲って、何?何のことを言っているの?シスター・フレーズ」
「いずれまた、ゆっくりとお話しします。ですが、今はまだ……」
 躊躇うように途中で言葉を切り、シスター・フレーズはラウラの髪を優しく撫でた。
「きっと、私があなたに惹かれた、その時点で既に答えは出ていたのでしょうね。理性や理屈よりも先に、感情が答えを出してくれることもあるのでしょう」
「シスター・フレーズ……?あなたは、一体……」
「さようなら、ラウラ。残された時間を、せめて大切に……」
 シスター・フレーズはそう言い残すと、階段の方へと身を翻した。ラウラはあわてて後を追う。だが、彼女の姿は既にどこにも見当たらなかった。ラウラは嫌な予感に突き動かされ、そのまま尼僧長の部屋のドアを叩く。
「何ですか、騒々しい」
 アルメンドラが不機嫌そうな顔で出てくる。
「シスター・アルメンドラ!シスターの部屋の場所を教えて!さっき、すごく様子が変だったの!」
「何ですって?一体どのシスターのことを言っているのです?」
「あの人だよ!シスター……」
 言いかけ、ラウラはハッとした。ついさっきまで何度も呼んでいたはずの彼女の名が、なぜかどうしても頭に浮かばない。
「えっと……、えっとね、名前は忘れちゃったんだけど、あの人だよ。長い栗色の髪で……そうだ、前髪に、いちごとハートを組み合わせた形のヘアピンを留めてた……!」
「名前を忘れたとは何ですか。毎日世話をしてもらっているシスターの名前くらいちゃんと……」
 小言を言いかけ、アルメンドラはふと何かを思い出したように唇を止めた。
「ラウラ・フラウラ。あなたは先ほど、いちごとハートを組み合わせた形のヘアピン、と言いましたか?」
「え……?はい。そうですけど……」
 アルメンドラは記憶を探るように遠い目をした後、何かを否定するように首を振った。
「……いいえ、そんなはずはありませんね。私もそんな髪飾りをつけたシスターには覚えがありますが、その人があなたの言うシスターであるはずがありません」
「え?そんなことないよ。だって、シスター、審査会議にも出席してたって言ってたもん。絶対、シスター・アルメンドラも知ってる人のはずだよ」
「審査会議にいた?ならば、ますます違いますね。なぜなら私の覚えているそのシスターは、私がまだレグナースだった頃に小女神宮にいたシスターです。覚えているのは、ただ一度会った時のことだけですが。ですから、あなたの言っているそのシスターと同一人物であるはずがありません。そして現在この小女神宮にいるシスターの中で、あなたの言う髪飾りをつけたシスターは一人もいません。何か記憶違いをしているか、さもなくば……幽霊にでも会ったのではありませんか?」
「幽霊……?」
「ええ。小女神宮の七不思議とやらであるでしょう?まぁ、幽霊などと言っても、時々人間の残留思念が夢粒子と反応して現れるという、幻の類なのでしょうが。夢粒子が濃く漂う小女神宮ならば、べつに不思議なことではありません」
 シスター・アルメンドラはどこか自慢げに説明した後、反応のないラウラの顔を怪訝そうに覗き込んだ。
「ラウラ・フラウラ?」
「……どうして?シスターのこと、思い出そうとしてるのに、どんどんぼやけてく。まるで夜に見た夢を忘れていっちゃうみたいに……。こんなことって……。あの人は、一体誰だったの?」


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このページは津籠 睦月による夢と魔法のオリジナルファンタジーWeb小説「夢の降る島」第1話夢見の島の眠れる女神の本文ページです。
 ジャンル(構成要素)は恋愛・友情・青春・ほのぼの・アクションなどです。
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【ミニ内容紹介】夢破れ傷心のラウラに、シスターは意味深な言葉を残し去っていく。
急展開・謎が謎を呼ぶ夢と魔法のミステリアス・ファンタジーWeb小説。
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