GIFアニメーション(ロゴ)「夢の降る島」    
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タイトルロゴ「夢見の島の眠れる女神」

 第十一章 悪夢の卵

 
  
 
「ここの出口は“雲の果て(クラウズ・エンド)”って呼ばれててね、雲海の上に出るための“天使のはしご”があるんだよ」
 記憶を探るように沈黙した後、ラウラは教えられた説明をそのままなぞるような口調でそう言った。
「……“天使のはしご”って言ったら普通は雲の切れ間から差し込む光のことじゃないのか?まぁ、こうして雲の中を歩けてるくらいだからな。何があっても不思議じゃないか」
「うん。この島は半分そういうもの(・・・・・・)でできてるからね」
「……そういうもの(・・・・・・)?半分って、どういう……」
 引っかかりを覚えて聞き返そうとしたフィグだったが、その言葉はラウラの歓声によってかき消された。
「あったぁ!フィグ!見てっ、天使のはしご!」
 ラウラの指差す先にあるものは、白霧を切り裂くように差し込む幾筋かの光だった。金色のスポットライトのようなその光の中に足を踏み入れると、ふわりと身体が宙に浮き、上へ上へと昇っていく。
「何か、これ……天へ召されてるみたいでアレだな」
 自分で想像したイメージに自分でげんなりするフィグの表情には気づかず、ラウラは満面の笑みでうなずく。
「うん!楽しいね!」
「いや、そういうんじゃなくて……」
 フィグは説明しようと口を開いたが、ラウラのあまりに楽しそうな顔にそのままその口を閉ざした。
「……ま、いっか」
 二人の身体は白霧に包まれた空間を抜け、ふわふわした雲の大地の上にゆっくりと着地した。そこに広がる光景に、二人とも思わず言葉を失い、見惚れる。
 その場所は今、ただ一つの色に染め上げられていた。見渡す限りの雲海も、雪の積もった山の頂も、二人の頭上に広がる空も、全てが沈み行く太陽の光を浴びて茜色に輝いている。
「フィグ!見て見て!雲の上のお花畑!」
 ラウラがはしゃぎ声を上げて雲海の上を駆け回る。そこには雪のように白銀に輝き、タンポポの綿毛のようにふわふわと柔らかい不思議な花が群れ咲いていた。
「……この花、夢雪(レネジュム)に似てるな」
 しゃがみ込んでじっと観察し、フィグはそっとその花に触れてみる。
「うん。これは夢雪(レネジュム)と同じものだよ。“夢雪花(レネージュ・ブルーム)”って名前で、夢雪と違って溶けないから便利なんだ。雲の上でしか育たないのが難点だけどね」
「しかし、もう夕暮か。暗くなってからの登山は危ないし、今夜はここで野宿するしかないか?」
「いいね!いいね!お花の寝台(ベッド)に横になって、星を見ながら眠るんだね!」
「お前な、少しは不安とか緊張感とか無いのか?『寝ている間に悪夢(コシュマァル)に襲われたらどうしよう』とか」
 どこまでもポジティブなラウラの発言に、フィグはついツッコミを入れずにはいられなかった。
「うーん……、確か雲海が障壁(バリア)になってくれてるから、ここまでは悪夢も上ってこれない……、っていうようなことを夢見の女神(レグナリア・レヴァリム)様に聞いた気がするんだけど、うろ覚えだから、本当かどうか分からないな」
 ラウラはいかにも自信が無いというようにうつむいて見せる。
「お前な、そういう重要なことをどうしてちゃんと記憶してないんだ」
「だって夢の中でいっぺんに説明されたんだもん。全部をちゃんと覚えきるなんて無理だよ。でも大丈夫!いざという時のために二人でかわりばんこに眠ればいいよ。ちょうど私はさっき雲海の中で一休みしてたから全然眠くないし。フィグが寝てる間はしっかり見張りしておくから!」
「一休みどころか熟睡してたじゃないか。だが、そういうことなら先に休ませてもらうことにするか。さすがに俺も疲れたしな」
 文句を言いながらもフィグの手は既にてきぱきと野営の準備を進めている。雲の上だというのに山から吹き下ろす風は春のようにあたたかく、肌寒さを感じない。野外調理で作った夕飯を不味いだの美味しいだの言いながら二人でつつき、花の海に横になって柔らかな風に頬を撫でられるうちに、フィグの頭に常に居座っていた緊張感はとろとろと溶け出していった。代わりに昼の間の疲れがどっと襲ってきてまぶたを重くする。
「……いいか、ラウラ。何かあったらすぐに俺を起こすんだぞ。自分一人で解決しようとか思うなよ。絶対に……」
 眠りに落ちる直前、フィグはラウラにそう念押しした。
「うん。分かってるから、大丈夫だよ」
 返ってきた声はどこかラウラらしくなく硬いものだったが、それに疑問を覚えるよりも先に、疲労感と眠気が波のようにひたひたと押し寄せてきた。暴力的なまでに抗いがたく、それでいて全身を真綿でくるまれていくかのようにふわふわと心地良いその感覚に、フィグは逆らうこともできず眠りに堕ちていく。その姿をすぐそばでラウラが、思いつめたような顔で見守っていることも知らずに……。
 
 
「……フィグ、もう寝ちゃった?」
 蜘蛛の巣状にひび割れた星空の下、花園に横たわり目を閉じたフィグに、ラウラはそっと問いかける。答えは返らない。聞こえるのは花々が風に揺れる、さわさわという音だけだった。
 ラウラはそれでもしばらくフィグの返答を待つ。そしてフィグが本当に眠ってしまったのだとようやく納得できたところで、再び唇を開いた。
「ごめんね。うろ覚えだなんて嘘だよ。ここには悪夢(コシュマァル)は出ない。だから安心して眠ってて」
 言いながら、ラウラはおもむろに髪留めを引き抜き、銀の匙杖(シルヴァースプーンワンド)へと変化させる。
「夢より紡ぎ出されよ……え……」
 フィグを起こさぬよう静かに静かに言葉を紡ぎ、だがラウラはすぐに声を詰まらせる。
 気をとり直してもう一度口を開こうとしたその時、ラウラの眦からぽたりと涙が零れた。
「…………あっ……」
 ラウラはとっさに口をふさいだ。涙とともに零れそうになる嗚咽を、必死にこらえる。そして銀の匙杖(シルヴァースプーンワンド)を握り直すと、か細く声を震わせながら、やっとのことで言葉を発した。
「夢より……紡ぎ、出されよ……縁切りの……神様“宇治の橋姫”……っ」
 (ワンド)の先から七色の光が溢れ出し、その中から一柱の女神が現れる。一見しとやかな姫君のように見えるその女神に、ラウラは泣きながら懇願した。
「“橋姫”、お願い。私とフィグの間に結ばれた縁を……運命の糸を、断ち切って」
 橋姫はうなずき、ラウラの足元にすっと身を屈める。そこから何かをすくい取るような動作をして立ち上がった橋姫の手には、雲海の中で見たあの赤い鎖が握られていた。
 橋姫は両手で鎖を掴み、力任せに引き千切ろうとする。だが、鎖は切れない。どころか、疵一つさえつくことがなかった。
『さてもまぁ、強き縁に結ばれしものよ。あな口惜しや、妬ましや』
 橋姫の赤い唇から、独り言とも恨み言ともつかぬものが零れだす。やがてその姿は徐々に別のものへと変貌していった。
 長くつややかだった黒髪は荒々しくくねって角のように逆立ち、全身は朱の色に染まり、頭には丑の刻参りの扮装のような三つの火を点した鉄輪が現れる。
 たおやかな美女から嫉妬深い鬼女へと変化した橋姫は、般若の形相で鎖を左右へと引っ張る。
 赤い鎖はそれでもしばらくは橋姫の力に耐えていた。しかしそのうちにぴし、と音が鳴り、ついに鎖の輪の一つに小さく亀裂が入った。橋姫はその顔に一瞬喜色を浮かべ、さらに力を込めようと鎖を握り直す。だがその時、ふいに鎖が激しく波打って揺れた。フィグが飛び起きたのだ。
「何だ !? 悪夢(コシュマァル)が現れたのか !?」
 フィグは橋姫の姿を見ると、とっさに(ワンド)を構えた。
「その姿……“宇治の橋姫”か?だったら……、夢より紡ぎ出されよ!『平家物語(へいけものがたり)・剣の巻』より名刀“髭切(ひげきり)”!」
 フィグは叫びながら、地に咲く花々を撫でるように銀の匙杖(シルヴァースプーンワンド)を動かす。夢雪花(レネージュ・ブルーム)の白い綿毛は一瞬で白銀の光となって弾け、フィグの匙杖(スプーンワンド)はその光の中で一振りの日本刀へと形を変えていた。その刀を目にした途端、橋姫の顔色が変わる。
『それは……、その刀は……!』
 橋姫は片腕を押さえ、身を震わせる。
『いやじゃ……。この腕を斬り落とされるのは、もういやじゃ……!』
 もうこの場所にはいたくない、とでも言いたげな声を発しながら、その身体が七色に光り輝き、徐々に霞んでいく。やがて橋姫の姿は空気に溶けるようにして消え去り、後には宙を舞う七色の光の粒だけが残された。
 フィグはしばらく無言でその光を見つめていたが、やがて振り返ってラウラを見た。その顔からは一切の表情が失われていた。
「……どういうことだ、ラウラ。悪夢(コシュマァル)ならば黒い泡を出すはずだよな?なのに、これは夢晶体(レクリュスタルム)特有の光を発して消えた。しかも真の夢見の娘(フィーユ・レヴァリム)にしか出せないという七色の光を出して」
 ラウラは目に涙を浮かべたまま、びくりと肩を揺らす。
「ごめんなさい。ごめんなさい……っ」
「答えになってない。俺は理由を訊いてるんだ。なぜこんなものを出した?何をするつもりだったんだ?お前は」
 全く表情のない顔で、だがフィグが深く静かに怒っていることにラウラははっきりと気づいていた。謝罪だけは口にしながら、しかしそれでもラウラは、己の為そうとしていたことを否定する気はなかった。どれほど怒りを買っても、たとえフィグに許してもらえなかったとしても、それでもどうしても譲れないものが、ラウラにはあった。
「ごめんなさい。でも、ダメなんだよ。フィグの運命の糸は、私につながったままじゃダメだから。もっと違う、他の誰かと結ばれなくちゃ……」
「何なんだ、それは。お前、俺のことが嫌になったのか?」
「そんなわけない!どんなに離れ離れになっちゃったとしても、フィグに対する想いだけは絶対に変わらないって、私、自信を持って言えるもん!でも、だからこそ私、フィグには幸せになってもらいたい。フィグのことが…………好きだから」
 混乱のあまりうっかり口にしてしまった前回の告白とは異なり、その言葉をラウラは自分の意思で、絞り出すように口にした。フィグはさすがに目を見開いてラウラを見つめる。
「このまま私とつながっていたら、フィグ、この先不幸になっちゃう。そんなの、見たくないよ。せめてフィグには幸せでいてもらいたい。だから……」
「何なんだ、それ。俺の幸せを何でお前が勝手に決めるんだ !? 幸せか不幸かなんて、そんなのは俺の気持ち次第だろう!そんな勝手な決めつけで一方的にこの“糸”を切られてたまるか。だいたい、どうして俺がお前といると不幸になるって言うんだ?」
 その問いに、ラウラはすぐには答えられなかった。ラウラは銀の匙杖(シルヴァースプーンワンド)をぎゅっと握りしめ、硬い声で告げる。
「だって……もうすぐ私は、フィグの前からいなくなってしまうから」
 フィグは凍りついたように動きを止めた。その手から滑り落ちた日本刀が白銀の光をまき散らしながら(ワンド)の形に戻り、音を立てて花の海に沈む。
「……嘘、だろ?それじゃお前が届けるあるもの(・・・・)っていうのは、やっぱりお前自身のことなのか?お前が生贄として夢見の女神(レグナリア・レヴァリム)に身を捧げるってことなのか?」
 ラウラはしばしの沈黙の後、ゆっくりと首を振る。
「ううん。それはちょっと違うかな」
「何が違う !? いや、何だっていい。お前がいなくなると言うなら、女神の元へなんか行かせない!」
「……そういう反応されると思ってた」
 ラウラは小さく苦笑すると、握っていた銀の匙杖(シルヴァースプーンワンド)を素早く振り上げた。
「夢より紡ぎ出されよ!『眠れる森の美女(スリーピング・ビューティー)』より“呪いのいばら”!」
「しまっ……た……!」
 身構える間もなく、フィグの身にいばらの蔓が巻きつく。フィグは身体の自由を奪われ、なす術もなく花園に倒れ込んだ。綿毛が飛び散り髪や頬にかかる。動けないフィグの代わりにラウラがそばにしゃがみ込み、細い指で綿毛を払った。
「ごめんね。でもいばらの棘が出ないように念じておいたから、痛くはないよね?全てが終わったら解けるようにしておくから、しばらく我慢してね」
「ばか!行くな、ラウラ!」
 フィグは蔓を解こうと必死にもがくが、もがけばもがくほど蔓が四肢に絡まり、動けなくなっていく。ラウラは哀しく微笑んだ。
「何だか可笑しいね。いつか置いていかれるとしたら、私の方だと思ってたのに……」
 名残りを惜しむようにフィグの顔をじっと見つめ、ラウラは静かに立ち上がった。
「本当にごめんね。本当は私一人で来なきゃいけなかったのに、どうしても、もう少しだけフィグと一緒にいたくて、ついて来てもらっちゃった。大変な目にいっぱい遭わせちゃったね。でも、嬉しかったよ。最後にまたフィグと一緒に冒険ができて」
「行くな、ラウラ!行くな!」
 フィグにできたのは、そうやって制止の言葉を叫ぶことだけだった。それでラウラが考えを改めることはないと分かっていても、そうすることしかできなかった。
「ごめんね。私のことは忘れていいから。私との“赤い糸”はいつでも断ち切って、新しい運命の相手を見つけて、幸せになってくれていいから……」
 それ以上は涙で言うことができず、ラウラはフィグから逃れようとでもするように背を向けて走り出した。
「ラウラ!!」
 一度も振り返らないその後ろ姿は、花園の果ての白い森に隠れて消える。そしてフィグの意識はいばらの呪いに蝕まれ、再び深い眠りへと堕ちていった。
 
 
 どれほどの時間が経ったのかも分からない、夢も見ないような深い眠りの後、フィグはふいに目を覚ました。
 その耳に聞こえてくるのは、花を踏みしめて歩み寄ってくる静かな足音。驚いて視線を向けると、そこには白い尼僧衣(シスター・ローブ)をまとった一人の女の姿があった。
「あんたは……小女神宮(レグナスコラ)のシスターか?どうしてこんな所に?」
 シスターは体重を感じさせないふわふわした足取りで近づいてくると、フィグの傍らに膝をつき、じっとその目をのぞき込んだ。
「夏風岬のフィグ・フィーガ、あなたに問いたいことがあります」
「……問う?一体、何をだ?」
「これから後、ただ一度だけ、あなたの真の夢(・・・)を叶えられる瞬間がやって来ます。あなたにはその夢を追う覚悟がありますか?あなたにその覚悟があると言うなら、手を貸しましょう」
「夢を追う覚悟……?何を言ってるんだ、あんた。今はそんな場合じゃない!ラウラを追わないと!」
 いばらの絡みついた身体で無理矢理立ち上がろうとするフィグを押しとどめ、シスターは静かに唇を開く。
「ラウラ・フラウラは彼女自身の意思で己の未来を選択し、既に決断を下しています。それを覆すことは、もはや誰にもできません。そして私にできることは、誰かの胸に夢を育てること。そして、その夢の実現にほんの少し力を貸すことだけです」
「何を言ってるんだ?あんた、一体何者だ!?」
「私の名はフレア・フレーズ」
 短く答え、彼女はフィグの全身に絡みつくいばらの蔓をそっと手のひらで撫でた。途端いばらは七色の光の粒となって宙に舞い上がり、消滅する。フィグは呆然とフレアを見上げる。
「この島は、夢と現の混じり合う島。ですから想うだけで叶うこともあれば、どれほど努力しても叶わぬこともあります。あなたの夢は後者。理に阻まれ叶えることのできぬ夢なのです。本来であれば(・・・・・・)……」
「……フレア(・・・)・フレーズだと……?その名は……。あんた、まさか……」
 フィグはフレアの話も耳に入らず、驚愕の表情でその名を繰り返す。
夢見島(レヴァリムとう)の住民は皆、私の子ども同然の存在。できることならば全ての島民に自分の夢を叶えて欲しいと願っています。夢破れ傷つく姿を見るのは、自分のことのように悲しくてなりません。それは、あなたに対しても同じこと」
 言って、フレアはひどく真剣な眼差しで真っ直ぐにフィグを見つめてきた。
「あなたは今、千載一遇の機会(チャンス)に巡り合わせました。今までこの島の数多の若者が追いかけ、けれど叶わず破れてきた夢を、あなたならば実らせることができるかもしれません。いいえ、是非とも実現させて欲しいのです。彼らの夢を無駄にしないためにも」
「俺の夢なんか今はどうでもいい!ラウラを止めてくれ!あんたならできるだろう !? だって、あんたは……」
 フレアは首を横に振ることでその言葉を遮った。代わりに未だ地に伏すフィグへ向け手を差し伸べる。
「おいでなさい。全ての結末を見届けさせてあげましょう。我々にはもう、見守ることしかできませんが」
 
 

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