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第十章 悪夢に蝕まれる島(後)

 


「さて、と。ようやく世界樹の切株に着いたわけだが……」
 フィグは言いながら雲に包まれた世界樹の切株の頂上付近を見上げ、しばらく沈黙した。
「これからどうするんだ?地道に登山していくのか?」
 なるべくなら他の手段があって欲しい、と言いたげな顔でフィグはラウラを見た。
 世界樹の切株は草木の一本も生えていない岩山で、しかもその斜面はかなりの傾斜を持っている。普通に登山するとしたら、とてつもない苦難が待ち受けていることは目に見えていた。
「ううん、道を開いてもらうから大丈夫。ちょっと待ってて」
 落下の衝撃から立ち直り、ようやく呼吸を整えたラウラがその場に立ち上がり、世界樹の切株の頂へ向け声を張り上げる。
「夢見の女神様!夢見の娘・ラウラが来ました。あなたの元へ続く道を開いてください!」
 直後、何もなかったはずの虚空から蛍火のようにふわふわと無数の虹色の光が湧き出してきた。それは螺旋状に世界樹の切株を取り巻き、何かの形を成していく。
 やがて光が治まると、そこには世界樹の切株の頂へ向かって伸びる螺旋階段が出来上がっていた。しかもその材質は鉄でもコンクリートでもなく、オパールのように光の加減で虹色にきらめく白い石。おまけにその階段は何の支えも無く宙に浮かんでいた。
「これが……夢見の女神の元へ続く道?」
「うん。行こう、フィグ。ぐずぐずしてたら、また悪夢に襲われちゃうし」
「ああ」
 頷き、フィグはラウラに続いて虹色の石の階段を上り始めた。
 

 
 整然と並んだ石の階段とは言え、それは山を取り巻き延々と続いている。初めのうちこそ軽口を叩き合っていた二人も次第に口数が減り、今はひたすら黙々と階段を上り続けていた。
 階段の真下には世界樹の切株を取り囲む深い谷、そしてその谷を覆う緑の森が見えている。そしてそのさらに外側には谷をドーナツ状に取り囲む山々が、折り重なるように青々と連なっていた。
 これまでに見たこともなかった高所からの絶景に、フィグは思わず足を止めた。まるで天上からの眺めのようなその景色、吹き渡る涼やかな風は、一時フィグに疲労や不安を忘れさせた。これまでずっと歩き通しで休憩もとっていなかったせいもあり、フィグはしばらくの間、時も忘れてその景色に浸っていた。だから、気づくのが遅れた。
「フィグ……っ!あれ……!」
 後ろからやや遅れてついてきていたラウラの鋭い声にフィグがハッとして振り返ると、遥か後方の階段からポッと黒い泡が湧き出しているのが見えた。
 泡は見る間に増殖し、その一段を黒く埋め尽くす。浸蝕された階段は虹色の輝きを失い、灰色の泥の塊と化してぼろぼろと崩れ去っていった。
「また悪夢か……!走れ、ラウラ!」
 フィグはラウラの元へ駆け下りると、すぐにその手を取って階段を駆け上り始めた。
「ま、また、走るの……っ !?」
 ラウラは既に泣きそうな顔になっていた。
 これまでに相当な段数を上ってきた二人の足は、思うように動いてはくれない。そして悪夢の黒い泡は二人を追うように、階段を一段一段浸蝕しながら上へ上へと上ってくる。
「待っ……、フィグ!」
 ろくに距離を稼ぐこともできぬまま、ラウラは足をもつれさせて転んでしまう。
「ラウラ……っ!」
 フィグは咄嗟にその手を引き、抱き支える。階段を転げ落ちずに済んだことにほっとしたのも束の間、その時二人の行く先――これから上ろうとしていた十数段先の階段の上にもポッと黒い泡が湧き出すのが見えた。
「な……っ !? 挟み撃ちかよ !? 卑怯だぞ!」
 言ってもどうにもならない文句を叫びながらも、フィグは必死に頭を回転させる。
(くそ……っ、どうにかこの場を切り抜けないと、このままじゃ階段を泥に変えられて谷まで真っ逆さまだ。……あの悪夢を上回る夢は何だ?どんな夢術をぶつければアレを上書きできるんだ……?)
 だが、どれほど頭をひねっても、有効そうなアイディアは浮かばない。その時、フィグの隣で無言で悪夢を見つめていたラウラが、おもむろに銀の匙杖を取り出した。
「夢より紡ぎ出されよ!日本神話より“コノハナサクヤヒメ”“コノハナチルヒメ”!」
 だがその夢術にフィグは唖然とした。
「何やってんだ、ラウラ !? そんな夢術を今紡いで一体何になるって言うんだ !? 」
 フィグにはラウラの夢術の意図がまるで理解できなかった。だがそうして問いつめている間も悪夢の進攻は止まらない。上下からじわじわと近づいていた悪夢たちは、ついに二人まであと数段の所まで迫っていた。
「フィグ、私と一緒に斜面へ向かって飛び下りて」
 ラウラが石と土ばかりの世界樹の切株の斜面を指差し、静かに告げる。フィグは目を剥いた。
「正気か、ラウラ!あんな岩だらけの急斜面に飛び下りたら怪我だけじゃ済まないぞ!もし谷底まで転がり落ちでもしたら……」
「大丈夫!私を信じて!もう時間が無い!」
 悪夢はもう目の前まで迫っていた。フィグは覚悟を決めると、ラウラの身を再び引き寄せ、あらゆる衝撃から守ろうとするかのようにその全身を自分の身で包み込んだ。そのまま階段を蹴り、斜面へと飛び下りていく。
 斜めに傾きながら落下していくフィグの目に、周りを取り囲む深い谷が、そしてそれを埋める緑の森が映る……はずだった。
 だが、その目に映った森の姿は、つい先刻まで目にしていたものとはまるで違っていた。フィグは思わず状況も忘れて目を見張る。
 先ほど眺めた時には緑一色だったはずの森の木々は、いつの間にか鮮やかな色彩で塗り替えられていた。そしてそこから二人めがけて、色とりどりの何かが一斉に飛んでくる。まるで蝶の群れのようにも見えるそれは――おびただしい数の花びらだった。
「……花びら、だと?花が咲くような時季でもないのに、どうして急に……」
 花びらは岩山の斜面に何千重、何万重にも散り重なり、分厚いクッションとなって二人の身を受けとめた。衝撃は全て花びらに吸収され、二人は痛みもなく、斜面を滑り落ちることもなく、花びらのベッドに転がった。
 全身花びらまみれで宙を見上げると、そこには舞い散る花に囲まれて二つの影が浮かんでいた。その姿を見とめ、ラウラは満面の笑みで口を開く。
「ありがとう!“コノハナサクヤヒメ”“コノハナチルヒメ”!」
 容姿のよく似た二柱の女神はラウラの礼に微笑んで頷くと、七色の光を散らして消えた。
コノハナサクヤヒメコノハナチルヒメ……花の開花と落花を表すという姉妹神か。だから急に花が咲いて、その花びらがこうしてここに散ってきたのか。さっきの夢術は悪夢を上書きするためのものじゃなく、落下による怪我を防ぐためのものだったんだな」
「うん。あの悪夢を上書きするアイディアがどうしても思い浮かばなかったから。実はさっきの橋の時に思いついてたんだけど、さっきは使う暇が無かったんだよね」
 ラウラはてへへ、と笑いながら答える。
「しかし、階段は全て泥に変えられてしまったな」
 フィグは今まで階段の在った場所を眺め、溜め息をついた。虹色の階段は既に全て悪夢に塗り替えられ、泥と化して崩落していた。ラウラは腕組みし、考え込むように唸り声を上げる。
「夢見の女神様に頼めばもう一度階段を出してはもらえるだろうけど、また途中で悪夢に襲われるのがオチだし、こんなことでこれ以上、女神様の夢見の力を消耗してもらいたくはないんだよね。ただでさえ女神様の御力が足りなくて島に悪夢が溢れちゃってる状況なわけだし」
「なるほどな。で、これからどうする?」
 その問いにラウラは再び唸り声を上げた後、ぱっと顔を上げ明るくこう言った。
「うーん……。じゃあ、とりあえずご飯にしようか!」
「は !?」
「いっぱい歩いたり走ったりして疲れたし、お腹も空いたし、この辺で一休みしよう。大丈夫、あそこまで大規模な悪夢が現れたんだから、次に襲ってくるまでにはしばらく時間が空くはずだから」
「お前は……本当に、暢気と言うか、ポジティブ過ぎると言うか……」
(でも、だから救われたりもするんだよな。こいつがこんな性格だから、こんな状況でも気が滅入らずにいられる)
 心の中で思ったことを口には出さず、フィグはただ呆れたような表情で笑った。
 

 
「ところで、お前が夢見の女神に届けるあるもの(・・・・)って何なんだ?」
 渡された缶詰を缶切りで開けながらフィグが問うと、ラウラはあからさまにぎくりとした表情になった。
「えっと、えっとね……それは、その……ナ、ナイショ、だよ。えっと……真の夢見の娘にしか明かされない最重要機密だから」
 いかにも『何か隠してます』と言わんばかりのしどろもどろな返答に、フィグは目を鋭くする。
「『最重要機密』ってのはつまり、一般の島民に知られちゃならないような『何か』があるってことだよな?まさか、お前の身に危険が及ぶような何かがあるんじゃないだろうな?」
「や、やだなー。そんなことあるわけないよっ。フィグってば心配し過ぎ!」
 不自然に明るく笑って誤魔化すラウラに、フィグは疑念を強める。だが、それ以上追及してもラウラが口を割らないだろうことは、幼馴染であるフィグには実際に試してみるまでもなく分かっていた。
(こいつ、変なところで頑固だからな。ま、言う気が無いならそれでもいいさ。最後まで一緒について行ってこいつを守ればいいだけのことだ)
 フィグの脳裏にかつて夢の中で聞いた月下老人の言葉が過ぎる。
 ――運命でつながれた唯一無二の相手を失ってしまうと、それはそれは深い絶望を味わうことになるでな。
 胸の内で静かな決意を固めるフィグの様子には気づかず、ラウラは未だ動揺しているようにうろうろと視線を彷徨わせ続ける。その時、その視線がふとフィグの手に持つ缶に止まった。一瞬ぼーっと缶を眺めた後、ラウラは何かを閃いたようにパッとその目を見開き、グッと拳を握りしめた。
「そうだ!この手があった!」
 唐突な叫びにフィグは反応しきれず、思わず缶を取り落としかける。
「な、何だ?何の話だ?」
「あそこまで登るいい方法を思いついたんだよ」
 言ってラウラは世界樹の切株の頂を覆い隠す分厚い()を指差す。その視線はじっと、フィグの手に持つ()の缶詰へと注がれていた。
 

 
「じゃあ行くよ!夢より紡ぎ出されよ!『ジャックと豆の木』より“雲まで伸びる豆の木”!」
 ラウラが銀の匙杖を大きく振ると、その軌跡を描くように虹色の光の粒が次々と現れ、地面に吸い込まれていった。直後、土の中からひょこりと緑色の芽が顔を出す。それは凄まじいスピードで生長し、天へ向かって伸びていった。
「よ……っ、と」
 茎がある程度まで太くなったところで、二人は素早く豆の木に飛びついた。そのまま両手両足でしっかりとしがみつく。あとは生長する豆の木が自然と二人を雲の高さまで押し上げてくれるはずだった。
「自分で紡いでおいて何だけど……これ、思ったより怖いね」
 上昇のスピードに耐えるように必死に蔓につかまりながら、ラウラは恐怖を押し隠すように強張った笑みを浮かべていた。
「落ちるなよ、ラウラ。今は両手がふさがっていて助けられないからな」
 高みの景色を眺めるような余裕も無く、悪夢に妨害される間も無く、二人は気づけば雲の真下まで来ていた。
「あ、そうだフィグ。気をつけて。雲の中はきっと……」
 ラウラはそこでやっと思い出したというように口を開く。だが言い終わるよりも早く、二人は雲の海へと突入していた。
 密度の違う空気の層を突き破るような感覚とボフッという音とともに、視界が白一色に染まる。濃い水蒸気が体中の穴という穴からなだれ込んでくるようで、フィグは思わずきつく目を閉じていた。
 それからどれだけ経ったのか、ふいにフィグの手足から豆の木の感触が消え失せた。何が起こっているのか把握する間もないうちに、フィグの身体は空中に投げ出され、直後、妙にふわふわした綿のような物体の上に転がり落ちた。
「な、何だ !?」
 目を開けて辺りを見渡すが、そこはほんのわずかの先も見通せぬ深い霧の中だった。地面は綿のようにもこもこしていて柔らかく、おまけに水に浮いているかのように微妙に揺れていて安定感が無い。
「まさかここはあの雲の中なのか……!? おい、ラウラ。さっき言いかけてた、雲の中がどうのっていうのは何なんだ?ここのことを言ってたのか?」
 さっきまですぐそばにいたはずのラウラに、フィグは当然のように話しかける。だがいくら待ってみても答えは返らない。
「ラウラ……!?」
 立ち上がり、手探りで辺りを探ってみる。だが四方を探してもラウラの姿どころか気配さえも感じられない。
「ラウラ!おい、いないのか !? どこへ行ったんだ !?」
 一瞬で血の気が引く。フィグは突き動かされるように走り出していた。
「ラウラ!どこにいる !? 俺の声が聞こえないのか !?」
 両手で霧を掻き分けながら、走っては叫び、叫んでは走る。だがどこまで行っても白一色の世界の中、漂う霧が濃くなったり薄くなったりする程度で、景色は全く変わらない。真っ直ぐ走っているのか、そもそも先へ進んでいるのかどうかすら分からなかった。
 方向感覚も時間の感覚もまるで無く、ただ闇雲に走り回り、やがてフィグは疲れ果ててその場にへたり込んでしまった。
「くそ……っ!」
 苛立って地を叩くが、その拳はふわふわした綿のような物体にやんわりと受け止められ、物を殴りつけたという感触すら得られなかった。
(このままじゃ埒が開かない。考えろ、何か方法はあるはずだ。ラウラを見つけ出す方法……)
 頭を掻きむしりながら考えるが、どうしても使えそうな方法が思いつけない。
「くそ……っ、そもそも何で命綱の一本くらい結んでおかなかったんだ!」
 今更どうにもならないと知りつつ過去の自分をなじって叫び――、その自分自身の叫びにフィグはハッと目を見開いた。
命綱(・・)――二人を結ぶ縄、か……!もしあの夢(・・・)が本当なのだとしたら……)
 フィグは立ち上がり、自分の足首をじっと見つめた。母に渡されたペンダントを銀の匙杖に変化させ、腰に下げた瓶に手をかける。
(だが、あれが本当にただの夢だったらどうする?俺の相手があいつだっていうのが、単なる俺の願望が見せた夢なのだとしたら……)
 心に湧いた不安と迷いが、フィグにその先の行動を躊躇わせる。だがフィグは頭を激しく振ってそれを吹き飛ばした。
(考えても仕方のないことだろうが!今はこれしか方法が無いんだ。やってみるしかないだろう!)
 フィグは改めて銀の匙杖を構え直すと、そこに瓶の中の夢雪を振りかけ、叫んだ。
「夢より紡ぎ出されよ!『太平広記』より“紅線”!」
 直後、白銀の光がフィグの片足に絡みつき、その足首に微妙な重さが加わった。だが光が弾けた後そこに現れたのは、いつかの夢の中でみたあの赤色の縄ではなかった。
(これは……足枷と、鎖 !? どういうことだ !? 紅線は赤い縄のはず……。確かにこの足枷と鎖も赤い色をしているが……)
 フィグの足首には血のように鮮やかな赤色をした足枷が、がっしりとはまっていた。さらにその足枷からは、同じく赤い色をした鎖が白い地を這い遠く霧の向こうまで伸びている。
(足枷と、鎖……。これはどういう意味なんだろうな。縄より強い運命で結ばれているということか?それとも…………。いや、考えたところで答えなんて分かるはずもないか。とりあえずはこれを辿っていってみるだけだ)
 フィグは地面から鎖を拾い上げ、それを手繰るようにして歩き出した。どれくらい歩いたのか分からない。数時間にも、永遠のようにも思える時間の果てに、フィグはようやく見覚えのある輪郭を霧の向こうに見出した。
「ラウラ……!」
 その姿が地に横たわっているのに気づき、フィグは蒼白になって駆け寄る。抱き起こそうと肩に手をかけ……、だがすぐにフィグは脱力してその場に座り込んでしまった。
「……まったく。どこまで暢気な奴なんだ、お前は」
 口では文句を言いながらも、フィグは深い安堵の息を漏らす。そんなフィグの目の前で、ラウラはふわふわした地面の上に身を丸め、安らかな寝息をたてていた。フィグはそっとその頬に触れ、あたたかな血が通っていることを確かめる。そしておもむろにその耳元に口を寄せ、たっぷりと息を吸い込んでから、叫んだ。
「ラウラ!おい、ラウラ!起きろ!いくら何でもマイペース過ぎるぞ、お前!」
「え……っ !? 何、何……っ !? 何事……っ !?」
 ラウラはびくっと身体を揺らし、慌てふためいて跳ね起きた。そして寝ぼけ眼で辺りを見回した後、不思議そうにフィグを見つめる。
「ん……?あれぇ?フィグ?どうしてここにいるの?」
「どうしてって、お前の方こそ、どうして思いきり寝てるんだ。こっちは必死に探し回ってたってのに」
 それまでの焦燥感と苦労を思うと、ついつい口調が厳しくなる。そのあからさまな叱責口調にラウラは頬をふくらませた。
「私だってちゃんと探し回ってたよ。でもそのうちに歩き疲れて、少し休もうと思って横になったら、地面があまりにふかふかで気持ち良くて………………その、気がついたら眠っちゃってた、みたい……?」
 言いながら、さすがに自分でも悪いと思ったのか、ラウラの視線は申し訳なさそうに下へ下へと下がっていった。その目がふと、足首にはまった赤い足枷をとらえる。
「あれ……?何、これ」
 ラウラは不思議そうに赤い鎖を持ち上げる。フィグはぎくりとしたようにラウラから目を逸らした。それに呼応するように、赤い鎖と足枷も白銀の光を散らして消滅する。
「フィグが紡いだ夢晶体だったの?何かの神話とか伝説に由来するもの?足と足をつなぐ鎖なんて、そんな話あったっけ?」
「えーと……それは、その……な。いわゆるアレだ。運命の赤い糸ってのは、大元のオリジナルでは小指じゃなくて足首に結ばれてるものらしいぞ。本当は鎖じゃなくて縄のはずなんだが。つまり、その……そういうことだ!」
 誤魔化すように早口に説明するフィグの顔は、真っ赤に染まっていた。ラウラは初め意味が分からないというように呆けた顔をしていたが、すぐにその顔がフィグと同様真っ赤に染まる。だがそれは一瞬のことだった。すぐにその顔は思いつめたような険しいものへと変化していったが、目を逸らしたままのフィグには全く見えていなかった。
「足枷と鎖、か……。まるで、呪いみたいだね」
 呟かれたその囁きはラウラにしては珍しく、暗く翳りを帯びていた。
「ラウラ?」
 思わず聞き返すフィグに、ラウラはわざとのように明るい笑顔を向ける。
「ううん、何でもない。ゴメンね、説明が間に合わなかったよね。ここは“迷いの雲海”。普通の島民が無闇に夢見の女神様に近づかないように創られた雲の迷宮なんだ。ただ一つだけある正しい出口に辿り着かないと、先へは進めないんだよ」
「迷宮……?これが、か?霧でよく見えないが、さっき走り回った時には何も無いだだっ広い空間としか思えなかったんだが」
「でも、すぐそばにいたはずの私ともはぐれちゃったでしょ?この迷宮の霧の壁にはいくつものワープゲートが仕込まれてて、知らずにくぐると全然別の場所へ転送されちゃうんだよ。だから正しい道順で行かないとダメなんだ」
 言いながらラウラは前髪からヘアピンを引き抜き、銀の匙杖に変化させて叫んだ。
「夢より紡ぎ出されよ!“アリアドネの糸”!」
 杖から飛び出した虹色の光は一本の長い麻糸を束ねた糸玉へと変化し、ラウラの手の中に落ちてくる。
「“アリアドネの糸”……英雄テセウスミノタウロスの迷宮を脱出する時に使った糸、か」
 呟くフィグの目の前で糸はひとりでにするすると解け、道筋を示すように二人の行く先に向かって伸びていく。
「夢見の女神様がアリアドネの糸を使って正しい道を教えてくれてるよ。行こう、フィグ」
「ああ。だが、その前に……」
 フィグは歩き出そうとするラウラの手をとっさに捕まえ、握りしめた。
「……フィグ?」
 きょとんとした顔で振り向くラウラに、フィグはそっぽを向いたまま口を開く。
「……またはぐれたら困るだろうが」
 そのぶっきらぼうな物言いに、ラウラはこっそり笑った後、ぎゅっと手を握り返した。
「うん、そうだね」 


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このページは津籠 睦月による冒険・アクション系オリジナル・ファンタジー小説「夢の降る島」第1話夢見の島の眠れる女神の本文ページです。
 ジャンル(構成要素)はアクション・冒険・恋愛(純愛/初恋/幼馴染)などです。
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【ミニ内容紹介】二人は“悪夢”に抗いながら世界樹の切株の頂を目指すが…。
恋と魔法(っぽい)の、アクション・冒険・恋愛系オリジナル・ファンタジー・ネット小説。
 
 
 
 
 
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