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 第十章 悪夢に(むしば)まれる島(後)

 
  
 

「さて、と。ようやく世界樹の切株(ユグドラシル・スタンプ)()いたわけだが……」
 フィグは言いながら雲に包まれた世界樹の切株(ユグドラシル・スタンプ)頂上(ちょうじょう)付近(ふきん)を見上げ、しばらく沈黙(ちんもく)した。
「これからどうするんだ?地道(じみち)登山(とざん)していくのか?」
 なるべくなら(ほか)手段(しゅだん)があって()しい、と言いたげな顔でフィグはラウラを見た。
 世界樹の切株(ユグドラシル・スタンプ)草木(くさき)の一本も()えていない岩山で、しかもその斜面(しゃめん)はかなりの傾斜(けいしゃ)を持っている。普通(ふつう)に登山するとしたら、とてつもない苦難(くなん)()ち受けていることは目に見えていた。
「ううん、道を(ひら)いてもらうから大丈夫(だいじょうぶ)。ちょっと()ってて」
 落下(らっか)衝撃(しょうげき)から立ち直り、ようやく呼吸(こきゅう)(ととの)えたラウラがその()に立ち()がり、世界樹の切株(ユグドラシル・スタンプ)(いただき)へ向け声を()り上げる。
夢見の女神(レグナリア・レヴァリム)様!夢見の娘(フィーユ・レヴァリム)・ラウラが来ました。あなたの元へ続く道を(ひら)いてください!」
 直後、何もなかったはずの虚空(こくう)から蛍火(ほたるび)のようにふわふわと無数(むすう)虹色(にじいろ)の光が()き出してきた。それは螺旋状(らせんじょう)世界樹の切株(ユグドラシル・スタンプ)を取り()き、何かの形を()していく。
 やがて光が(おさ)まると、そこには世界樹の切株(ユグドラシル・スタンプ)(いただき)へ向かって()びる螺旋(らせん)階段が出来上(できあ)がっていた。しかもその材質(ざいしつ)は鉄でもコンクリートでもなく、蛋白石(オパール)のように光の加減(かげん)で虹色にきらめく白い石。おまけにその階段は何の(ささ)えも無く(ちゅう)()かんでいた。
「これが……夢見の女神(レグナリア・レヴァリム)の元へ(つづ)く道?」
「うん。行こう、フィグ。ぐずぐずしてたら、また悪夢(コシュマァル)(おそ)われちゃうし」
「ああ」
 (うなず)き、フィグはラウラに続いて虹色の石の階段を(のぼ)り始めた。
 
 
 整然(せいぜん)(なら)んだ石の階段とは言え、それは山を取り()延々(えんえん)(つづ)いている。(はじ)めのうちこそ軽口(かるくち)(たた)き合っていた二人も次第(しだい)口数(くちかず)()り、今はひたすら黙々(もくもく)と階段を(のぼ)り続けていた。
 階段の真下には世界樹の切株(ユグドラシル・スタンプ)を取り囲む深い谷、そしてその谷を(おお)う緑の森が見えている。そしてそのさらに外側には谷をドーナツ(じょう)に取り囲む山々が、()(かさ)なるように青々(あおあお)(つら)なっていた。
 これまでに見たこともなかった高所(こうしょ)からの絶景(ぜっけい)に、フィグは思わず足を止めた。まるで天上からの(なが)めのようなその景色(けしき)()(わた)(すず)やかな風は、一時(いっとき)フィグに疲労(ひろう)や不安を(わす)れさせた。これまでずっと歩き(どお)しで休憩(きゅうけい)もとっていなかったせいもあり、フィグはしばらくの間、時も忘れてその景色に(ひた)っていた。だから、気づくのが(おく)れた。
「フィグ……っ!あれ……!」
 後ろからやや(おく)れてついてきていたラウラの(するど)い声にフィグがハッとして()り返ると、(はる)か後方の階段からポッと黒い(あわ)()き出しているのが見えた。
 泡は見る()増殖(ぞうしょく)し、その一段を黒く()()くす。浸蝕(しんしょく)された階段は虹色(にじいろ)(かがや)きを失い、灰色(はいいろ)(どろ)(かたまり)()してぼろぼろと(くず)()っていった。
「また悪夢(コシュマァル)か……!走れ、ラウラ!」
 フィグはラウラの元へ()()りると、すぐにその手を取って階段を()(のぼ)り始めた。
「ま、また、走るの……っ !?」
 ラウラは(すで)()きそうな顔になっていた。
 これまでに相当(そうとう)な段数を(のぼ)ってきた二人の足は、思うように動いてはくれない。そして悪夢の黒い(あわ)は二人を追うように、階段を一段一段浸蝕(しんしょく)しながら上へ上へと(のぼ)ってくる。
()っ……、フィグ!」
 ろくに距離(きょり)(かせ)ぐこともできぬまま、ラウラは足をもつれさせて(ころ)んでしまう。
「ラウラ……っ!」
 フィグは咄嗟(とっさ)にその手を引き、()(ささ)える。階段を(ころ)げ落ちずに()んだことにほっとしたのも(つか)()、その時二人の行く先――これから(のぼ)ろうとしていた十数段先の階段の上にもポッと黒い(あわ)()き出すのが見えた。
「な……っ !? (はさ)()ちかよ !? 卑怯(ひきょう)だぞ!」
 言ってもどうにもならない文句(もんく)(さけ)びながらも、フィグは必死に頭を回転(かいてん)させる。
(くそ……っ、どうにかこの()を切り()けないと、このままじゃ階段を(どろ)に変えられて谷まで()(さか)さまだ。……あの悪夢(コシュマァル)を上回る夢は何だ?どんな夢術(レマギア)をぶつければアレを上書(うわが)きできるんだ……?)
 だが、どれほど頭をひねっても、有効(ゆうこう)そうなアイディアは()かばない。その時、フィグの(となり)無言(むごん)悪夢(コシュマァル)を見つめていたラウラが、おもむろに銀の匙杖(シルヴァースプーンワンド)を取り出した。
「夢より(つむ)ぎ出されよ!日本神話より“木花之佐久夜毘売(コノハナノサクヤヒメ)”“木花知流比賣(コノハナチルヒメ)”!」
 だがその夢術(レマギア)にフィグは唖然(あぜん)とした。
「何やってんだ、ラウラ !? そんな夢術(レマギア)を今(つむ)いで一体何になるって言うんだ !? 」
 フィグにはラウラの夢術(レマギア)意図(いと)がまるで理解(りかい)できなかった。だがそうして()いつめている間も悪夢(コシュマァル)進攻(しんこう)は止まらない。上下からじわじわと近づいていた悪夢(コシュマァル)たちは、ついに二人まであと数段の所まで(せま)っていた。
「フィグ、私と一緒(いっしょ)斜面(しゃめん)へ向かって飛び下りて」
 ラウラが石と土ばかりの世界樹の切株(ユグドラシル・スタンプ)斜面(しゃめん)指差(ゆびさ)し、静かに()げる。フィグは目を()いた。
正気(しょうき)か、ラウラ!あんな岩だらけの急斜面(きゅうしゃめん)に飛び下りたら怪我(けが)だけじゃ()まないぞ!もし谷底まで(ころ)がり落ちでもしたら……」
大丈夫(だいじょうぶ)!私を信じて!もう時間が()い!」
 悪夢(コシュマァル)はもう目の前まで(せま)っていた。フィグは覚悟(かくご)を決めると、ラウラの身を(ふたた)び引き()せ、あらゆる衝撃(しょうげき)から守ろうとするかのようにその全身を自分の身で(つつ)()んだ。そのまま階段を()り、斜面(しゃめん)へと飛び下りていく。
 (なな)めに(かたむ)きながら落下(らっか)していくフィグの目に、(まわ)りを取り囲む深い谷が、そしてそれを()める緑の森が(うつ)る……はずだった。
 だが、その目に(うつ)った森の姿(すがた)は、つい先刻(せんこく)まで目にしていたものとはまるで(ちが)っていた。フィグは思わず状況(じょうきょう)(わす)れて目を見張(みは)る。
 先ほど(なが)めた時には緑一色(いっしょく)だったはずの森の木々は、いつの()にか(あざ)やかな色彩(しきさい)()()えられていた。そしてそこから二人めがけて、色とりどりの何かが一斉(いっせい)に飛んでくる。まるで(ちょう)()れのようにも見えるそれは――おびただしい数の花びらだった。
「……花びら、だと?花が()くような時季(じき)でもないのに、どうして急に……」
 花びらは岩山の斜面(しゃめん)に何千重、何万重にも()(かさ)なり、分厚(ぶあつ)いクッションとなって二人の身を受けとめた。衝撃(しょうげき)(すべ)て花びらに吸収(きゅうしゅう)され、二人は(いた)みもなく、斜面(しゃめん)(すべ)り落ちることもなく、花びらのベッドに(ころ)がった。
 全身花びらまみれで(ちゅう)を見上げると、そこには()()る花に囲まれて二つの(かげ)()かんでいた。その姿(すがた)を見とめ、ラウラは満面(まんめん)()みで口を(ひら)く。
「ありがとう!“木花之佐久夜毘売(コノハナノサクヤヒメ)”“木花知流比賣(コノハナチルヒメ)”!」
 容姿(ようし)のよく()二柱(ふたはしら)の女神はラウラの礼に微笑(ほほえ)んで(うなず)くと、七色の光を()らして消えた。
木花之佐久夜毘売(コノハナノサクヤヒメ)木花知流比賣(コノハナチルヒメ)……花の開花(かいか)落花(らっか)(あらわ)すという姉妹神(しまいしん)か。だから急に花が()いて、その花びらがこうしてここに()ってきたのか。さっきの夢術(レマギア)悪夢(コシュマァル)上書(うわが)きするためのものじゃなく、落下(らっか)による怪我(けが)(ふせ)ぐためのものだったんだな」
「うん。あの悪夢(コシュマァル)を上書きするアイディアがどうしても思い()かばなかったから。(じつ)はさっきの橋の時に思いついてたんだけど、さっきは使う(ひま)()かったんだよね」
 ラウラはてへへ、と(わら)いながら答える。
「しかし、階段は(すべ)(どろ)に変えられてしまったな」
 フィグは今まで階段の()った場所を(なが)め、ため息をついた。虹色の階段は(すで)に全て悪夢(コシュマァル)()()えられ、(どろ)()して崩落(ほうらく)していた。ラウラは腕組(うでぐ)みし、考え()むように(うな)(ごえ)を上げる。
夢見の女神(レグナリア・レヴァリム)様に(たの)めばもう一度階段を出してはもらえるだろうけど、また途中(とちゅう)悪夢(コシュマァル)(おそ)われるのがオチだし、こんなことでこれ以上、女神(レグナリア)様の夢見の力を消耗(しょうもう)してもらいたくはないんだよね。ただでさえ女神様の御力が()りなくて島に悪夢(コシュマァル)(あふ)れちゃってる状況(じょうきょう)なわけだし」
「なるほどな。で、これからどうする?」
 その()いにラウラは(ふたた)(うな)(ごえ)を上げた後、ぱっと顔を上げ明るくこう言った。
「うーん……。じゃあ、とりあえずご(はん)にしようか!」
「は !?」
「いっぱい歩いたり走ったりして(つか)れたし、お(なか)()いたし、この(へん)で一休みしよう。大丈夫(だいじょうぶ)、あそこまで大規模(だいきぼ)悪夢(コシュマァル)(あらわ)れたんだから、次に(おそ)ってくるまでにはしばらく時間が()くはずだから」
「お前は……本当に、暢気(のんき)と言うか、ポジティブ()ぎると言うか……」
(でも、だから(すく)われたりもするんだよな。こいつがこんな性格(せいかく)だから、こんな状況(じょうきょう)でも気が滅入(めい)らずにいられる)
 心の中で思ったことを口には出さず、フィグはただ(あき)れたような表情で微笑(わら)った。
 
 
「ところで、お前が夢見の女神(レグナリア・レヴァリム)(とど)けるあるもの(・・・・)って何なんだ?」
 (わた)された缶詰(かんづめ)缶切(かんき)りで()けながらフィグが()うと、ラウラはあからさまにぎくりとした表情(ひょうじょう)になった。
「えっと、えっとね……それは、その……ナ、ナイショ、だよ。えっと……真の夢見の娘(フィーユ・レヴァリム)にしか()かされない最重要機密(トップ・シークレット)だから」
 いかにも『何か(かく)してます』と言わんばかりのしどろもどろな返答(へんとう)に、フィグは目を(するど)くする。
「『最重要機密(トップ・シークレット)』ってのはつまり、一般(いっぱん)島民(とうみん)に知られちゃならないような『何か』があるってことだよな?まさか、お前の身に危険(きけん)(およ)ぶような何かがあるんじゃないだろうな?」
「や、やだなー。そんなことあるわけないよっ。フィグってば心配(しんぱい)()ぎ!」
 不自然(ふしぜん)に明るく(わら)って誤魔化(ごまか)すラウラに、フィグは疑念(ぎねん)を強める。だが、それ以上追及(ついきゅう)してもラウラが口を()らないだろうことは、幼馴染(おさななじみ)であるフィグには実際に(ため)してみるまでもなく分かっていた。
(こいつ、変なところで頑固(がんこ)だからな。ま、言う気が無いならそれでもいいさ。最後まで一緒(いっしょ)について行ってこいつを守ればいいだけのことだ)
 フィグの脳裏(のうり)にかつて夢の中で聞いた月下老人(ユエシアラオレン)の言葉が()ぎる。
 ――運命でつながれた唯一無二(ゆいいつむに)の相手を失ってしまうと、それはそれは深い絶望(ぜつぼう)を味わうことになるでな。
 (むね)の内で(しず)かな決意を(かた)めるフィグの様子(ようす)には気づかず、ラウラは(いま)動揺(どうよう)しているようにうろうろと視線(しせん)彷徨(さまよ)わせ続ける。その時、その視線がふとフィグの手に持つ(かん)に止まった。一瞬(いっしゅん)ぼーっと缶を(なが)めた後、ラウラは何かを(ひらめ)いたようにパッとその目を見開(みひら)き、グッと(こぶし)(にぎ)りしめた。
「そうだ!この手があった!」
 唐突(とうとつ)(さけ)びにフィグは反応(はんのう)しきれず、思わず(かん)を取り落としかける。
「な、何だ?何の話だ?」
「あそこまで(のぼ)るいい方法を思いついたんだよ」
 言ってラウラは世界樹の切株(ユグドラシル・スタンプ)(いただき)(おお)(かく)分厚(ぶあつ)()指差(ゆびさ)す。その視線(しせん)はじっと、フィグの手に持つ()缶詰(かんづめ)へと(そそ)がれていた。
 
 
「じゃあ行くよ!夢より(つむ)ぎ出されよ!『ジャックと豆の木』より“(くも)まで()びる豆の木”!」
 ラウラが銀の匙杖(シルヴァースプーンワンド)を大きく()ると、その軌跡(きせき)(えが)くように虹色の光の(つぶ)が次々と(あらわ)れ、地面(じめん)()()まれていった。直後、土の中からひょこりと緑色の()が顔を出す。それは(すさ)まじいスピードで生長(せいちょう)し、天へ向かって()びていった。
「よ……っ、と」
 (くき)がある程度(ていど)まで太くなったところで、二人は素早(すばや)く豆の木に()びついた。そのまま両手両足でしっかりとしがみつく。あとは生長する豆の木が自然(しぜん)と二人を雲の高さまで()し上げてくれるはずだった。
「自分で(つむ)いでおいて(なん)だけど……これ、思ったより(こわ)いね」
 上昇(じょうしょう)のスピードに()えるように必死に(つる)につかまりながら、ラウラは恐怖(きょうふ)を押し(かく)すように強張(こわば)った()みを()かべる。
「落ちるなよ、ラウラ。今は両手がふさがっていて助けられないからな」
 高みの景色(けしき)(なが)めるような余裕(よゆう)()く、悪夢(コシュマァル)妨害(ぼうがい)される()も無く、二人は気づけば雲の真下まで来ていた。
「あ、そうだフィグ。気をつけて。雲の中はきっと……」
 ラウラはそこでやっと思い出したというように口を(ひら)く。だが言い終わるよりも早く、二人は雲の海へと突入(とつにゅう)していた。
 密度(みつど)(ちが)う空気の(そう)()(やぶ)るような感覚(かんかく)とボフッという音とともに、視界(しかい)が白一色(いっしょく)()まる。()水蒸気(すいじょうき)が体中の(あな)という(あな)からなだれ()んでくるようで、フィグは思わずきつく目を()じていた。
 それからどれだけ()ったのか、ふいにフィグの手足から豆の木の感触(かんしょく)()()せた。何が起こっているのか把握(はあく)する()もないうちに、フィグの身体(からだ)は空中に投げ出され、直後、(みょう)にふわふわした綿(わた)のような物体(ぶったい)の上に(ころ)がり落ちた。
「な、(なん)だ !?」
 目を()けて(あた)りを見渡(みわた)すが、そこはほんのわずかの先も見通(みとお)せぬ深い(きり)の中だった。地面(じめん)綿(わた)のようにもこもこしていて(やわ)らかく、おまけに水に()いているかのように微妙(びみょう)()れていて安定感(あんていかん)が無い。
「まさかここはあの雲の中なのか……!? おい、ラウラ。さっき言いかけてた、雲の中がどうのっていうのは(なん)なんだ?ここのことを言ってたのか?」
 さっきまですぐそばにいたはずのラウラに、フィグは当然(とうぜん)のように話しかける。だがいくら()ってみても答えは(かえ)らない。
「ラウラ……!?」
 立ち上がり、手探(てさぐ)りで(あた)りを(さぐ)ってみる。だが四方(しほう)を探してもラウラの姿(すがた)どころか気配(けはい)さえも感じられない。
「ラウラ!おい、いないのか !? どこへ行ったんだ !?」
 一瞬(いっしゅん)()()が引く。フィグは()き動かされるように走り出していた。
「ラウラ!どこにいる !? 俺の声が聞こえないのか !?」
 両手で(きり)()き分けながら、走っては(さけ)び、叫んでは走る。だがどこまで行っても白一色の世界の中、(ただよ)(きり)()くなったり(うす)くなったりする程度(ていど)で、景色(けしき)(まった)く変わらない。()()ぐ走っているのか、そもそも先へ(すす)んでいるのかどうかすら分からなかった。
 方向(ほうこう)感覚(かんかく)も時間の感覚もまるで無く、ただ闇雲(やみくも)に走り回り、やがてフィグは(つか)()ててその場にへたり()んでしまった。
「くそ……っ!」
 苛立(いらだ)って地を(たた)くが、その(こぶし)はふわふわした綿(わた)のような物体(ぶったい)にやんわりと()()められ、物を(なぐ)りつけたという感触(かんしょく)すら()られなかった。
(このままじゃ(らち)()かない。考えろ、何か方法はあるはずだ。ラウラを見つけ出す方法……)
 頭を()きむしりながら考えるが、どうしても使えそうな方法が思いつけない。
「くそ……っ、そもそも(なん)命綱(いのちづな)の一本くらい(むす)んでおかなかったんだ!」
 今更(いまさら)どうにもならないと知りつつ過去(かこ)の自分をなじって(さけ)び――、その自分自身の叫びにフィグはハッと目を見開(みひら)いた。
命綱(・・)――二人を結ぶ(ロープ)、か……!もしあの夢(・・・)が本当なのだとしたら……)
 フィグは立ち上がり、自分の足首をじっと見つめた。母に(わた)されたペンダントを銀の匙杖(シルヴァースプーンワンド)変化(へんか)させ、(こし)()げた(びん)に手をかける。
(だが、あれが本当にただの夢だったらどうする?俺の相手があいつだっていうのが、単なる俺の願望(がんぼう)が見せた夢なのだとしたら……)
 心に()いた不安と(まよ)いが、フィグにその先の行動を躊躇(ためら)わせる。だがフィグは頭を(はげ)しく()ってそれを()()ばした。
(考えても仕方(しかた)のないことだろうが!今はこれしか方法が無いんだ。やってみるしかないだろう!)
 フィグは(あらた)めて銀の匙杖(シルヴァースプーンワンド)(かま)え直すと、そこに(びん)の中の夢雪(レネジュム)()りかけ、(さけ)んだ。
「夢より(つむ)ぎ出されよ!『太平広記(タイピンクァンチィ)』より“紅線(ホンシェン)”!」
 直後、白銀(はくぎん)の光がフィグの片足に(から)みつき、その足首に微妙(びみょう)(おも)さが(くわ)わった。だが光が(はじ)けた後そこに(あらわ)れたのは、いつかの夢の中でみたあの赤色の(なわ)ではなかった。
(これは……足枷(あしかせ)と、(くさり) !? どういうことだ !? 紅線(ホンシェン)は赤い(なわ)のはず……。(たし)かにこの足枷(あしかせ)(くさり)も赤い色をしているが……)
 フィグの足首には血のように(あざ)やかな赤色をした足枷(あしかせ)が、がっしりとはまっていた。さらにその足枷(あしかせ)からは、同じく赤い色をした(くさり)が白い地を()い、遠く(きり)の向こうまで()びている。
足枷(あしかせ)と、(くさり)……。これはどういう意味なんだろうな。(なわ)より強い運命で(むす)ばれているということか?それとも…………。いや、考えたところで答えなんて分かるはずもないか。とりあえずはこれを辿(たど)っていってみるだけだ)
 フィグは地面(じめん)から(くさり)(ひろ)い上げ、それを手繰(たぐ)るようにして歩き出した。どれくらい歩いたのか分からない。数時間にも、永遠(えいえん)のようにも思える時間の()てに、フィグはようやく見覚(みおぼ)えのある輪郭(りんかく)(きり)の向こうに見出(みいだ)した。
「ラウラ……!」
 その姿(すがた)が地に横たわっているのに気づき、フィグは蒼白(そうはく)になって()()る。()()こそうと(かた)に手をかけ……、だがすぐにフィグは脱力(だつりょく)してその()(すわ)()んでしまった。
「……まったく。どこまで暢気(のんき)(やつ)なんだ、お前は」
 口では文句(もんく)を言いながらも、フィグは深い安堵(あんど)の息を()らす。そんなフィグの目の前で、ラウラはふわふわした地面(じめん)の上に身を丸め、(やす)らかな寝息(ねいき)をたてていた。フィグはそっとその(ほお)()れ、あたたかな血が(かよ)っていることを(たし)かめる。そしておもむろにその耳元に口を()せ、たっぷりと息を()()んでから、(さけ)んだ。
「ラウラ!おい、ラウラ!起きろ!いくら何でもマイペース()ぎるぞ、お前!」
「え……っ !? 何、何……っ !? 何事(なにごと)……っ !?」
 ラウラはびくっと身体(からだ)()らし、(あわ)てふためいて()ね起きた。そして()ぼけ(まなこ)(あた)りを見回した後、不思議(ふしぎ)そうにフィグを見つめる。
「ん……?あれぇ?フィグ?どうしてここにいるの?」
「どうしてって、お前の(ほう)こそ、どうして思いきり()てるんだ。こっちは必死に(さが)し回ってたってのに」
 それまでの焦燥感(しょうそうかん)と苦労を思うと、ついつい口調(くちょう)(きび)しくなる。そのあからさまな叱責(しっせき)口調(くちょう)にラウラは(ほお)をふくらませた。
「私だってちゃんと(さが)し回ってたよ。でもそのうちに歩き(つか)れて、少し休もうと思って横になったら、地面があまりにふかふかで気持ち良くて………………その、気がついたら(ねむ)っちゃってた、みたい……?」
 言いながら、さすがに自分でも悪いと思ったのか、ラウラの視線(しせん)(もう)(わけ)なさそうに下へ下へと()がっていった。その目がふと、足首にはまった赤い足枷(あしかせ)をとらえる。
「あれ……?何、これ」
 ラウラは不思議(ふしぎ)そうに赤い(くさり)を持ち上げる。フィグはぎくりとしたようにラウラから目を()らした。それに呼応(こおう)するように、赤い(くさり)足枷(あしかせ)白銀(はくぎん)の光を()らして消滅(しょうめつ)する。
「フィグが(つむ)いだ夢晶体(レクリュスタルム)だったの?何かの神話とか伝説に由来(ゆらい)するもの?足と足をつなぐ(くさり)なんて、そんな話あったっけ?」
「えーと……それは、その……な。いわゆるアレだ。運命の赤い糸ってのは、大元(おおもと)のオリジナルでは小指じゃなくて足首に(むす)ばれてるものらしいぞ。本当は(くさり)じゃなくて(なわ)のはずなんだが。つまり、その……そういうことだ!」
 誤魔化(ごまか)すように早口(はやくち)説明(せつめい)するフィグの顔は、()()()まっていた。ラウラは(はじ)め意味が分からないというように(ほう)けた顔をしていたが、すぐにその顔がフィグと同様(どうよう)真っ赤に()まる。だがそれは一瞬(いっしゅん)のことだった。すぐにその顔は思いつめたような(けわ)しいものへと変化していったが、目を()らしたままのフィグには(まった)く見えていなかった。
足枷(あしかせ)(くさり)、か……。まるで、(のろ)いみたいだね」
 (つぶや)かれたその(ささや)きはラウラにしては(めずら)しく、暗く(かげ)りを()びていた。
「ラウラ?」
 思わず聞き(かえ)すフィグに、ラウラはわざとのように明るい笑顔(えがお)を向ける。
「ううん、(なん)でもない。ゴメンね、説明(せつめい)()に合わなかったよね。ここは“(まよ)いの雲海(うんかい)”。普通(ふつう)島民(とうみん)無闇(むやみ)夢見の女神(レグナリア・レヴァリム)様に近づかないように(つく)られた雲の迷宮(めいきゅう)なんだ。ただ一つだけある正しい出口に辿(たど)()かないと、先へは(すす)めないんだよ」
「迷宮……?これが、か?(きり)でよく見えないが、さっき走り回った時には何も無いだだっ(ぴろ)空間(くうかん)としか思えなかったんだが」
「でも、すぐそばにいたはずの私ともはぐれちゃったでしょ?この迷宮の(きり)(かべ)にはいくつもの転送門(ワープゲート)仕込(しこ)まれてて、知らずにくぐると全然(ぜんぜん)(べつ)場所(ばしょ)転送(てんそう)されちゃうんだよ。だから正しい道順(みちじゅん)で行かないとダメなんだ」
 言いながらラウラは前髪(まえがみ)から髪留め(ヘアピン)を引き()き、銀の匙杖(シルヴァースプーンワンド)変化(へんか)させて(さけ)んだ。
「夢より(つむ)ぎ出されよ!ギリシャ神話より“アリアドネの糸”!」
 (ワンド)から飛び出した虹色(にじいろ)の光は一本の長い麻糸(あさいと)(たば)ねた糸玉へと変化し、ラウラの手の中に落ちてくる。
「“アリアドネの糸”……英雄(えいゆう)テセウスミノタウロス迷宮(ラビュリントス)脱出(だっしゅつ)する時に使った糸、か」
 (つぶや)くフィグの目の前で糸はひとりでにするすると(ほど)け、道筋(みちすじ)(しめ)すように二人の行く先に向かって()びていく。
夢見の女神(レグナリア・レヴァリム)様がアリアドネの糸を使って正しい道を(おし)えてくれてるよ。行こう、フィグ」
「ああ。だが、その前に……」
 フィグは(ある)き出そうとするラウラの手をとっさに(つか)まえ、(にぎ)りしめた。
「……フィグ?」
 きょとんとした顔で()()くラウラに、フィグはそっぽを向いたまま口を(ひら)く。
「……またはぐれたら(こま)るだろうが」
 そのぶっきらぼうな物言(ものい)いに、ラウラはこっそり(わら)った後、ぎゅっと手を(にぎ)り返した。
「うん、そうだね」

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このページは津籠 睦月によるファンタジー・アクション小説「夢の降る島」第1話夢見の島の眠れる女神の本文ページです。
 ジャンルは異世界風(?)ファンタジー、構成要素は恋愛・青春・冒険・魔法的(だが魔法ではない)アクションなどです。
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