TOP(INDEXページ) 小説・夢の降る島|もくじ 第1話: 小説|夢見の島の眠れる女神 :第9章(後) 
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第九章 悪夢の宴(後編)


 
 ラウラを呑み込んだ悪夢は、まるで巨大な繭か蛹のようにその場にわだかまり、黒い泡を吐き出し続ける。ラウラはその中に閉じ込められ、溺れるようにもがいていた。
(……つめたい。暗い。これが、悪夢……)
 視界は黒い泡に覆われて何も見えず、全身は氷水に浸かってでもいるかのように冷たく冷やされていく。その暗さ、冷たさは、肉体だけでなく心すらじわじわと蝕んでいくようだった。
(どうしよう、私の“夢”が通じない。メイシャちゃんを悪夢から救い出してあげられないよ。どうしたらいいんだろう。私、何か間違ってたのかな?もっと違う方法じゃなきゃダメだったのかな?)
 一度湧き出した不安や疑念は、泡がふくらむように次々とふくれ上がり、ラウラの心を苛む。否定的なことばかりが頭をめぐり、ラウラは為す術もなく瞳に涙をにじませた。
 だがその時、そんなラウラを宥めるかのように、優しい声が闇に響いた。
『いいえ、あなたの考えは間違っていません。ただ、少し過程が足りなかっただけ。絶望の闇に沈んだ者は、すぐには希望を信じることなどできません。何かを信じるということは、とてもエネルギーの要ることですから。まずは彼女が抱えている傷を癒し、心を回復してあげなければ』
 その声は、まるでラウラの頭の中に直接響いているかのようだった。ラウラはすぐにその声の主を悟る。
(シスター・フレーズ。……でも、どうすれば……)
 心の中で問いかけると、ラウラの戸惑いや迷いを読み取ったかのように、諭すような強い声が返ってきた。
『その答えは、既にあなたの中にあります。力を解き放ちなさい、私の夢見の娘。他の誰でもないあなた自身が、その人生の中で悩み苦しんで掴み取ったその力を、今こそ目覚めさせるのです』
(私の中の答え……?メイシャちゃんの傷を癒すもの……。これまでの人生の中で掴み取った、私の力?)
 ラウラの脳裏に、これまで辿ってきた人生が走馬灯のように流れる。浮かんでは消える幾千もの日々の中、一瞬浮かんだある光景に、ラウラはハッと目を見開いた。
(――そうだ。私、知ってた。夢が破れた悲しみや絶望を、私、もう知ってる。忘れずに覚えてる)
 それは、いつかの夕暮れの情景だった。必死に追いかけてきた夢が破れた日、茜色に染まった花びらを見つめながら、ラウラは途方も無い無力感や胸の痛みと静かに戦っていた。過去の思い出として薄れることもなく、まるでその日のままのように鮮やかに生々しく蘇ったその感情に、ラウラの両目から涙が溢れた。その涙は頬を滑り、だが、そのまま泡の中に溶け混じることはなく、まるで水晶の粒のように涙の形を保ったまま、その場に漂う。
(許せない気持ちも、悔しい気持ちも、分かる。私もあの時は、私の夢を壊した人たちに怒りを覚えたり、恨んだりしたもの。……それから、どうしたんだっけ?私、どうやって立ち直ったんだっけ?)
 ラウラは夢破れた日から今日までの自分を、順を追ってゆっくりと思い出す。
(シスター・フレーズに慰められて、私の紡いだ夢を一番だって言ってくれる人もいるんだって知って、少し心が癒されて……。それから、思い出したんだ。私があの夢を思いついた時のこと。夢見の娘よりもっと素敵な夢……私の紡いだ夢で皆が笑顔になったり、喜びの涙を流してくれるなら、それで私も幸せになれるんだってこと……)
 ラウラの顔にはいつしか笑みが浮かんでいた。泣き笑いの顔で、ラウラは涙を流す。いつの間にかその周りには水晶のような涙の雫が七粒漂い、淡い光を放ち始めていた。
 それは一つとして同じ色はなく、皆違う色を宿して輝いている。悲しみを宿したかのような切ない青の光に、絶望を映したかのような深い藍の光、怒りに燃えているかのような赤、怨みにゆらめく紫、心癒されるような緑、喜びに溢れた明るい黄、そして、灯火のようにあたたかく優しい、橙色の光……。
(……そっか。そういうことなんだね。あの日の悲しみ、絶望、怒り、恨み……何もかも全部、無駄なものなんかじゃなかった。その気持ちを知っている私だから、できることがある。記憶の中にあるそれが、同じように苦しむ誰かを癒す力になるんだね。……ううん、違う。『なる』のを待つんじゃなくて、自分で『する』んだ。私は何一つ、無駄になんかしないよ。今まで覚えた全ての感情、全ての記憶。私の歩んできた人生の全て……きっと、力に変えられる。変えてみせる!)
 ラウラは祈るように両手を組む。その手のひらに、引き寄せられるように七色の涙が集まってくる。それは一つの大きな光となり、プリズムの光のように虹色にきらめいた。
 

 
 ラウラを包んでいた黒泡の繭の隙間から、まるで雲間から陽の光が零れ出すように虹色の光が洩れだした。それは見る間に眩さを増していき、黒い泡をゆっくりと溶かし消していく。その中から現れたラウラはまるで、闇色の蛹から七色の光をまとって生まれてきた蝶のようだった。
 その場にいた誰もが皆、呆然とその姿に見入る。暗がりの中でもはっきりと輝く空織のドレスは、悪夢に呑み込まれる前とはまるで違っていた。星の瞬く夜空を映していたはずのドレスは今や、島の誰もが見たことのない景色を映し出している。
 それは、夜明け間際の空に無数の雪が降り注ぐ光景。しかもそれは見慣れた白銀の雪ではなく、陽の光にきらめくクリスタルガラスのようにきらきらと虹色の光を放ちながら降る雪だった。
「何、あの模様……。あんな空、見たことない。一体この島のどこにあんな空模様があるって言うの?」
 呆然と呟くキルシェの背後で、夢術師の一人が感極まったように涙をながし、膝をつく。
「あれこそ、真の夢見の娘の証……。今現在の空ではなく、未来を暗示する空模様……。あれは、やがてこの島に訪れる数百年に一度の夜明けの光景だ」
 ラウラは閉じていたまぶたを上げ、真っ直ぐにアメイシャを見つめた。アメイシャは怯えたように身を震わせ後ずさる。ラウラはそんなアメイシャへ向け再び手を差し伸べ、唇を開いた。
「ねぇ、メイシャちゃん。私がメイシャちゃんに手を差し出すのは、『憐れみ』なんかじゃないよ。だって、私もその悪夢を知ってるから。苦しいよね。辛いよね。すぐには希望を信じられないよね。でもね、世界がそんな悪夢だけじゃないことも、私はもう知ってるよ」
 それは母が赤子に語りかけるような、優しい、優しい声だった。
「この世界は、全ての夢が叶うような世界じゃない。自分自身のせいだけじゃなくて、他人の都合や運命のせいで夢が壊されることもある。だけどね、きっと誰にも壊せない夢だってあるよ。他人の作った夢、誰かに用意された夢じゃなく、自分自身で描きあげた夢なら。それはきっと、自分が諦めない限りは誰にも壊せない。だから、大丈夫だよ。安心して夢を見ていいんだよ」
 それでもアメイシャは首を横に振る。駄々をこねる子のように、どこか幼げな仕草で懸命に首を振る。
「……無理だ。私にはもう夢など見られない。私の中は空ろだ。もう何もかも失われてしまったのだ」
 強張った顔で訴えるアメイシャに、ラウラは微笑みかけた。
「ねぇ、メイシャちゃん。夢って、破れてしまえばそれでお終いなのかな?もう何の価値もなくなっちゃうものなのかな?メイシャちゃんは『もう何もかも失われた』って言ったけど、私はそうは思わないよ。だって、今のメイシャちゃんには“力”があるはずだから。夢を追う日々の中で、努力して、苦しんで、少しずつ身につけてきた力が確かにあるはずだから。それは自分でもあるかどうか信じられないような種類の力かも知れない。目に見える実力とかじゃなく、感性とか精神力とかそういう自分でもその存在に気づけないような力かも知れない。でもきっと、何かの力になってるよ。何一つ生み出さない努力なんて無いよ」
 アメイシャの顔が泣きそうに歪む。
「力、だと?そんなもの、今更もう何の役にも立たないではないか。私は既に夢見の娘の資格を喪失してしまったのだから」
「役に立つか立たないかはメイシャちゃん次第だよ。その力は夢見の娘という夢を叶えることはできなかった。でも、別の新しい夢を叶える力にはなるかも知れない。きっとどんなすごい力だって、メイシャちゃんが諦めてしまえば何も果たせずに朽ちていくだけだよ。でも、そんなのもったいないよ。悲しいよ」
 頬に微笑を刻んだまま、ラウラは切なげに眉を寄せてアメイシャを見つめる。それは夢破れる苦しみや痛みを知ってなお、そこから何かをすくい上げようともがいたラウラがたどり着いた、精一杯の微笑みだった。
 アメイシャは一瞬、その笑みに吸い寄せられるように手を伸ばしかけた。だが、すぐにその手を引っ込め、きつく握り込む。その身を包む黒い泡が、彼女の動揺を表すように激しく音を立てて泡立った。
「嫌、だ……。君に救われるのは嫌だ。どんなに苦しくても、君に救われるくらいなら……っ!」
 アメイシャにとって、ラウラに救われることは『負け』を意味していた。今だけでなくこれまでもずっと、アメイシャは他の誰でもない、ラウラにだけは絶対に負けたくなかった。
 だが、ラウラは静かに首を横に振る。
「ううん、違うよ。メイシャちゃんを救うのは私じゃない。メイシャちゃん自身だよ。今、そんな風に泣いて苦しんでいるメイシャちゃんを救ってあげられるのは、きっと未来のメイシャちゃんだけだから」
 ラウラは世界の全てを見通し、慈しむかのような眼差しで言葉を続ける。
「メイシャちゃんの追ってきた夢の軌跡は、きっとメイシャちゃん自身にしか分からない。メイシャちゃんが今までどれだけ努力して苦しんできたのかは、メイシャちゃんだけしか知らない。たとえどんなに近くにいた人でも、親しい友達でも、決してその全部を知ることはできないよ。だからせめて自分だけはちゃんと覚えていて、愛しんであげなきゃ、一生懸命頑張ってきたこれまでの自分が可哀相だよ。その努力や苦しみを無駄で無意味なだけの思い出にしちゃわないで、何かに生かしてあげようよ。そうすれば、いつかの未来でその日々を振り返った時、自分自身に言ってあげられるよ。『あの時の涙や苦しみは無駄なんかじゃなかった』って。だから、ねぇ、いつまでも悪夢の中でもがかないで、夢を見よう。新しい夢を探そう。夢見ることは無駄になんてならないから。夢はきっと、お星様みたいに人生を照らしてくれるから」
 差し伸べられたままの小さな手のひらを、アメイシャはじっと見つめた。在りし日の記憶が、その脳裏に蘇ってくる。
 

 
 小女神宮で出会ったばかりの頃、アメイシャはラウラのことを本気で馬鹿にし、見下していた。
『君の夢術は欠点だらけだな。そんなことでは到底、夢見の娘になど選ばれまい』
 アメイシャにとって、同世代のレグナースは全て夢見の娘を狙うライバルでしかなかった。だからその欠点をつつき、夢見の娘を目指す気など失くしてしまうほど心を傷つけることに何のためらいも抱いてはいなかった。落ちこぼれで欠点だらけのラウラはそんなアメイシャにとって恰好の標的に見えたのだが……。
『そっかぁ……欠点だらけかぁ。じゃあ、その欠点を一個一個克服していかなきゃ、だね!』
 アメイシャの言葉に、初めのうちこそ落ち込んだように項垂れていたラウラだったが、次の瞬間にはもう前向きなことを言い笑っていた。予想外の反応に面食らいながらも、アメイシャは攻撃の手をゆるめなかった。
『なぜそんな風に笑っていられる?私は君に夢見の娘の可能性が無いと言ったのだぞ』
『え?だって、今はそうでも将来は分からないでしょ?欠点があるってことは、それを乗り越えれば、その分確実に成長できるってことだし。自分のやるべきことがはっきり分かってるってことだから、何て言うか、えっと……『便利』な気がするけどな』
 そう言ってへらへらと笑ったラウラを、アメイシャはただ白けた顔で見るばかりだった。
(『便利』って、この子、馬鹿なのか?)
『分かっていないな。欠点をいくら克服したところで、所詮やっと人並みになれるだけだ。他人と同じ才能で選ばれるわけなどない』
 止めを刺すくらいのつもりで言い放った言葉は、だがラウラにきょとんとした顔で受け止められただけだった。ラウラは不思議そうな表情で何事か考え込んだ後、ぱっと顔を輝かせた。その後告げられた言葉は、完全にアメイシャの理解を超えていた。
『そっか。他人に言われたからって、自分でもダメだと思い込んですぐに欠点扱いしちゃうのって、良くないよね。もしかしたらその中に、思ってもみなかったスッゴイ長所に化ける“何か”があるかもしれないのに』
 その時アメイシャは、自分の言った台詞を思いもよらなかった方向へ曲解されたことよりも、ラウラのその言葉の内容の方にすっかり気を取られていた。
『何を言っているのだ、君は。他人からけなされたことが長所に化けるだと?そんなこと、あるものか』
『え?あるものかも何も、普通にあることだよね?アヒルの子としてはみにくくて、周りから馬鹿にされてばかりだったヒナが、大きくなったら他のヒナたちよりずっと美しい白鳥になった、みたいなこと』
 間髪入れずにあっさりとそう返され、アメイシャは絶句した。すぐには言い返す言葉も見つからず、アメイシャは、今の今までただの馬鹿だと思っていた相手の顔をまじまじと凝視することしかできなかった。
(この子は、もしかしたら……我々とは全く違う次元で物事を視ているのかもしれない)
 ただ幼く考えなしなだけだと思っていたレグナースが、アメイシャにはその時、得体の知れない化け物のように見えた。
 その時からアメイシャは、密かにラウラのことを畏れていた。だが、そんな畏れを抱いていることすら認めたくなくて、アメイシャは徹底的にラウラを拒み、ことあるごとにわざと傷つけるような言葉ばかりぶつけてきた……つもりだった。
(なのに君は、私の悪意にさえ気づかない。出会った頃と変わらぬまま、こうして私に手を差し伸べて……)
 差し伸べられた手のひらを見つめたまま、アメイシャは覚悟を決めたように深く溜め息をついた。出会って以来、何度も何度も拒んできたその手のひらに、アメイシャは初めて自らの意思で触れる。想像していた以上に小さく、頼りなく、けれどひどくあたたかな手のひらだった。
(……ずっと知っていた。君が、私が決して持ちえぬ“何か”を持っていることを。だからこそ、私は君にだけは絶対に負けたくなかった)
 負けたくないと、頑ななまでに思うのは、心のどこかで『この子には負けるかもしれない』という思いがあったからだ。アメイシャは今まで必死に目を背けてきたその心に向き合い、受け入れる。
(今更なことだな。私はもう、とっくの昔に君に負けていたのだ。それを認めたくなくて、君という存在を拒絶してきただけのことだ)
 次の瞬間、つないだ手を伝って虹色の光がなだれ込んできた。その光に包まれて、アメイシャの身を覆っていた悪夢の黒い泡は洗い流されるように消えていく。そうして悪夢が消え去った後、アメイシャの姿はそれまでと全く違うものに変わっていた。
 黒い泡のドレスは金銀の星のラメを散りばめた夜空の色のドレスに、そして足には透明な革靴、耳にはフクシアの耳飾り、頭上には涙珠宝冠。それはアメイシャが身につけるはずだった、夢見の娘の衣裳だった。
「……“夢見の娘になったアメイシャ・アメシス”か」
 アメイシャは己の姿を見下ろし、小さく呟く。それは悪夢に呑み込まれる直前にラウラがアメイシャにかけた夢術だった。
「なぜ、私にこの夢術をかけた?」
 それが単なる憐れみによる施しなどでないことは既に知っている。だがそうでなければ何なのか、ラウラの真意がどうにもつかめず、アメイシャは問いかけた。
「え?だって、運命とか他人の都合とか、そんな自分ではどうにもならないことで夢が失われるなんて、他人事だとしてもやっぱり許せないと思ったから。元々、夢見の娘が一人じゃなきゃいけないなんてルールはないはずだし、レグナースじゃなくなったって夢見の力を失うわけじゃないんだもん。皆でなっちゃえばいいんじゃないのかなって思ったんだよね」
 ラウラはあっさりととんでもないことを言い放つ。
「それに、そもそも皆それぞれ夢術の個性も得意分野も違うんだもん。無理に取捨選択することばっかり考えるんじゃなくて、全部を上手く生かせる方法を考えてみてもいいんじゃないかな。この世に万能な人なんていないから、ひとりだけじゃ足りない部分がきっとあるはずだし、それを皆で補い合っていけば、今までに誰も紡げなかったようなすごい夢が紡げるかもしれないでしょ?それこそ、夢追いの祭のフィナーレにふさわしいって思うんだけどな」
 あまりにもラウラらしい言葉に、アメイシャは一瞬沈黙した後、思わず下を向いて吹きだしていた。あまりにも珍しいその笑いに、逆にラウラの方がきょとんとした顔になる。
「……まったく君は本当に、常識に囚われないにもほどがあるな」
「え?え?何、それ。私、何かヘンなこと言ったかな?」
 ラウラはなぜ笑われているのか分かっていないというようにうろたえる。アメイシャはそんなラウラから顔を背け、なおも笑い続けた。その頬を涙が一滴、そっと流れ落ちる。
「本当に……そんなだから私は、君が『嫌い』なんだ」
 いつも繰り返してきた言葉を、アメイシャはラウラに聞こえないように小さく告げる。だがその声音は言葉の内容とはうらはらに、ひどく優しくあたたかい響きをしていた。
 

 
「えっと……一体、何がどうなってそうなったの?」
 アメイシャの手を引き戻ってきたラウラを、キルシェが疑問符だらけの顔で迎える。
「うん。だから、メイシャちゃんを悪夢から取り戻したんだよ」
「それは分かってるけど、あんた一体何したのよ?皆があんなに苦戦してる悪夢をあんな風に消しちゃうなんて」
「うん、だからね、悪夢を消すにはそれに負けないくらい素敵な“夢”を紡げばいいってことだよ。不安には安心を、絶望には希望を、ストレスには癒しを与えれば消えるでしょう?だから悪夢には“夢”をぶつければいいんだよ」
 言いながらラウラはアメイシャとつないだままの手をキルシェとアプリコットの方へ差し出す。
「キルシェちゃんとアプリちゃんも手伝って。この島の全ての悪夢を夢で上書きするには、私とメイシャちゃんだけじゃ足りないから。一緒に夢見の娘になって夢追いの祭のフィナーレをやり直そう」
 頷いて手を重ねようとし、キルシェはふと引っかかりを覚えて動きを止めた。
「『一緒に夢見の娘になって』……ってあんた、まさか私とアプリまで夢見の娘にするつもり!?」
「うん。だって私とメイシャちゃんだけじゃ不公平だし」
「そういう問題じゃないでしょ!って言うか、夢術に協力するだけならわざわざ夢見の娘になる必要なんてないじゃない!」
「必要はないかもしれないけど、その方が楽しいと思うし。楽しい夢を紡ぐには、まず夢の紡ぎ手が思いきり楽しまないとダメだもん。キルシェちゃんはなりたくないの?夢見の娘に」
 キルシェはぐっと詰まった後、くしゃくしゃと髪をかき混ぜ叫ぶ。
「ああ、もうっ!あんたには負けたわ。なりたいに決まってるでしょ。ずっと憧れてたんだから!」
「アプリちゃんは?」
「なりたくないと言ったら嘘になるけど……いいのかしら?前代未聞よ。夢見の娘が一度に四人なんて」
「良いではないか。前例などいつかは破られるものだ」
 ためらうアプリコットにアメイシャが笑いかける。キルシェとアプリコットは顔を見合わせた。
「なんか……アメイシャ、感じが変わった?」
「ええ。何だか雰囲気が柔らかくなったみたい」
「べつに何も変わってはいない。ただ、今まで囚われていた些細なこだわりを一つ捨てただけだ」
 言ってアメイシャは眩しいものでも見るようにラウラを見つめる。ラウラは四人の手を無理矢理一つに重ね、空いた方の手で杖を振り上げた。
「じゃあ行くよ!夢より紡ぎ出されよ!“夢見の娘になったキルシェ・キルク及びアプリコット・アプフェル”!」
 重ねられた手を中心に七色の光を帯びた風が巻き起こり、キルシェとアプリコットを一瞬で夢見の娘の姿に変える。
 四人の夢見の娘は右手を高く掲げ、四本の銀の匙杖の先を重ね合わせた。杖の先で光が渦巻く。キルシェ、アプリコット、アメイシャの杖の先から立ち上る三本の光の帯を、ラウラの杖の先から出る七色の光が一つにまとめ、より合わせ、一本の巨大で眩い光の束に変え、高く高く上っていく。
「夢より紡ぎ出されよ!」
 ラウラは微笑みを浮かべて叫ぶ。
「“ラピュータの浮かぶ天の海を泳ぐ、カンブリアの海洋生物、そしてその中に漂う思い出の幻影”!」
 ラウラが叫び終わるのと同時に四人の真上で光がはじけた。それは島全体を覆いつくすような巨大な閃光だった。誰もが眩しさに視力を奪われる。そして光が止み皆が視力を取り戻したその時、誰もが言葉を失った。
 広場は一瞬のうちにすっかり変貌を遂げていた。周囲を取り囲んでいた悪夢たちは跡形もなく消え去り、それどころか地面も会場も谷の建物も何もかもが消え、そこにはただ果てもなく広がる星の海が在った。彼方には無数の灯りを点したラピュータが浮かび、間近には三葉虫やオバピニアなどカンブリア紀を生きた海洋生物たちがゆったりと泳ぎ回る。そして……。
「うわ!これ、昔なくした超合金ロボじゃん!何でこんな所に浮いてんだよ!?」
「あれ!?あのアノマロカリスの背中にいるの、俺のひいばあちゃんだ!何で!?」
 リモンとカリュオンが不思議そうに何もない空間を指差す。その周りで他の島民たちも、口々に何か騒ぎながら辺りを見渡している。
「これは……“思い出の走馬灯”の変化形だね。その人の記憶の中にある、今は失くした懐かしく愛しいものたちが幻影として辺りに投影されているんだ」
 ビルネは他の人間には見えない懐かしい何かを見つめながら、そんな考察を口にする。フィグは汗を拭い、その場にへたり込みながら口を開いた。
「天の海に、ラピュータに、カンブリアの生物に、思い出……。つまりこれは選考会で四人が紡いだ夢の『全部盛り』ってことか。さすが、ラウラらしいと言えばラウラらしい発想だが……なんてカオスな光景なんだ」
 呆れたようなフィグの隣でビルネが笑う。
「でも、今まで見た夢追いの祭の中でも最高のフィナーレだと思うけどな。皆、さっきまでの戦いも忘れて夢中だし」
「そうかぁ?」
 懐疑的な声とは対照的に、フィグの目は優しく細められていた。
 その視線の先には昔なくしたオモチャや絵本、憧れていたヒーローや小さい頃に紡いだことのある数々の夢晶体に混じり、一緒に時狂いの森を冒険した日の幼いラウラとフィグの姿があった。
 幼いラウラとフィグは当時と変わらぬ無邪気な笑顔で、周りのオモチャや夢晶体と戯れている。見つめていると、記憶とともにその頃の気持ちまでもが自然と蘇ってくる。夢を見ることに何の不安もなかった頃のこと、自分の力や可能性を何の疑問もなく信じていられた頃の気持ちが……。
 フィグはにじんでくる涙もそのままに、忘れかけていた愛しい思い出たちを飽きることなく見つめ続けた。
 

 
 その夜、ラウラは夢の中でシスター・フレーズと再会した。
 彼女はラウラに己の正体を明かし、島の悪夢が未だ収まってはいないことと、この悪夢を終わらせるためにラウラが果たすべき真の役割を告げる。
 それは淡い恋心を支えに新しい夢へ向け歩み出そうとしていたラウラにとって、あまりにも重く、過酷な役割だった。


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このページは津籠 睦月によるオリジナル・ネット小説「夢の降る島」第1話夢見の島の眠れる女神の本文ページです。
 ジャンル(構成要素)はファンタジー・コメディ・青春(成長物語)・友情・ほのぼの(癒やし系)・バトルアクションなどです。
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【ミニ内容紹介】悪夢に呑まれたラウラは、“ある声”に導かれ、夢見の娘の真の力を解き放つ…。
夢を追うことに疲れた方々に贈る、ハチャメチャだけど心ほっこりする(?)
笑いアリ・涙アリの青春ファンタジー小説。
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