ヒーリング系ファンタジー小説「夢の降る島」    
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タイトルロゴ「夢見の島の眠れる女神」

 第八章 悪夢の予兆(よちょう)

 
 

 夢見の娘(フィーユ・レヴァリム)が決まると、島ではすぐに祭の準備が始まる。
 夢見の娘(フィーユ・レヴァリム)衣裳(いしょう)作りに祭の会場や沿道(えんどう)(かざ)りつけなど、準備は島民総出(とうみんそうで)で行われる。そしてこの準備期間は小女神(レグナース)たちにとって年に一度の里帰りの機会でもある。小女神(レグナース)たちも家に帰り、祭の準備をする家族を手伝うのだ。


「ねぇ、本当に大丈夫(だいじょうぶ)なの?ずっと顔色が悪いじゃない」
 アプリコットが旅行(かばん)を手に、(まよ)うようにアメイシャの顔を見つめる。
「大丈夫だと言っているだろう。朝からほんの少しだけ、(はら)が痛いような気がするだけだ。放っておけばそのうち(なお)る」
「でも……」
「大丈夫だと言っているだろう。郷長(さとおさ)の娘が(さと)に帰らないでどうする。これ以上はもういい。さっさと帰れ」
 アメイシャは祭当日の予行演習(よこうえんしゅう)のためずっと小女神宮(レグナスコラ)に残っていたのだが、最近はずっと体調が悪い。同室のアプリコットはそれを(ほお)っておくことができず、ずるずると里帰りの予定を()ばしていた。
「じゃあ、行くけど……本当に無理はしないでね。せっかく夢見の娘(フィーユ・レヴァリム)になれたのに当日熱でも出したら大変よ」
心配無用(しんぱいむよう)だ。たとえ高熱(こうねつ)が出ようと、意地(いじ)でも夢見の娘(フィーユ・レヴァリム)はやり()げる」
「そういうことを言ってるんじゃないの」
 アプリコットは真剣(しんけん)な顔でアメイシャをたしなめると、何度も心配そうに()り返りながらやっと小女神宮(レグナスコラ)を出て行った。その姿が見えなくなった途端(とたん)、アメイシャはよろりと(かべ)にもたれかかる。実はアプリコットの前では相当なやせ我慢(がまん)をしていたのだ。
「何なんだ、一体(いったい)。なぜこうも腹が痛い」
 アメイシャは舌打(したう)ちし、(だれ)もいない部屋の中で(どく)づく。彼女はこの時、(おのれ)の身に何が起きようとしているのか、まるで気づいてはいなかった。


「おいラウラ、こんな所で何してるんだ。(とり)()(ぐも)が出たら海辺(うみべ)から(はな)れなきゃいけないってことを(わす)れたのか?」
 フィグの声にラウラはぼんやり()り返った。
 純白(じゅんぱく)の砂が太陽の光を()びて(あわ)く七色に輝くここは、夏風岬(なつかぜみさき)からほど近い虹砂海岸(にじずなかいがん)翡翠色(ひすいいろ)の海の向うには、ソフトクリームのように白く高くそびえる“鳥の巣雲”が()かんでいる。
「まったく。嵐の精霊鳥(サンダーバード)が生まれたらどうする気だ。海岸(かいがん)での落雷(らくらい)(こわ)いんだぞ」
 フィグが説教(せっきょう)をしながら(あゆ)()ってきてもラウラは一向(いっこう)反応(はんのう)を返さない。フィグがラウラの正面に立って(はじ)めて、今気づいたとでも言うように声を上げた。
「あれ?フィグ、どうして私がここにいるって分かったの?」
 今までの問いかけを一切(いっさい)無視(むし)したその台詞(せりふ)に、フィグは大きく脱力(だつりょく)する。
「お前な……。ぼーっとし()ぎだろう。どうしたんだ一体」
「うん。ここ最近いろいろあり過ぎて、頭がこんがらがってて」
 あの日以来、ラウラの頭の中のシスター・フレーズの記憶(きおく)は日に日に(うす)れていく。最後に会った日に、とても重要で不吉(ふきつ)な何かを聞いた気がするのに、そのことすら今はぼんやりした不安としてしか脳裏に残っていなかった。忘れたくないのに忘れていく、思い出したいのにぼんやりとしか思い出せないそれがひどくもどかしく、ラウラはここ数日、忘れそうなその記憶(きおく)をつなぎとめようとするように必死に頭に浮かべては悶々(もんもん)としていた。
 一方(いっぽう)、何も知らないフィグはその『いろいろ』を夢見の娘(フィーユ・レヴァリム)選考会のことだと解釈(かいしゃく)していた。
「ラウラ、そんなに落ち込むなよ。お前の(つむ)いだ夢はすごかった。他の(だれ)が何と言おうと、俺はお前の(つむ)いだ夢が一番だと思った」
「……見てくれたんだ。私の夢」
 ラウラの問いにフィグはただ深くうなずいた。
「私ね、今まで夢見の娘(フィーユ・レヴァリム)になることを第一目標(もくひょう)頑張(がんば)ってきたんだ。夢見の娘(フィーユ・レヴァリム)になることだけを目指(めざ)して、その先のことは何も考えてなかった」
 (おのれ)の人生を()り返るようなその言葉(ことば)に、フィグはラウラが()(ごと)を言い出すのだろうと思った。だが、(ちが)っていた。
「あの夢を思いついた時、私、すごく幸せだった。あの夢を見た時の(みんな)反応(はんのう)が……笑顔(えがお)(なみだ)が頭に浮かんできて、それを想像(そうぞう)するだけで、私も幸せになれた。私の(つむ)ぐ夢で(だれ)かの心を動かせるかもしれない――それは、夢見の娘(フィーユ・レヴァリム)になる自分を夢見るより、ずっとずっと幸せな“夢”だったんだ。結局(けっきょく)選考会では負けちゃったけど、私あれ以来考えるんだ。この世界にはきっと、私にしか(つむ)げない夢があるんじゃないかって。もし無かったとしても、見つけてみせる。そして、私にしか(つむ)げない夢で、(だれ)かを幸せにしたいんだ」
「それがお前の新しい夢か」
「うん。私、小女神宮(レグナスコラ)を卒業したら夢術師になる。それで、誰かの心を動かして、その心に希望を芽吹(めぶ)かせて、その人の人生に“優しい”影響(えいきょう)(およ)ぼせるような、そんな夢を(つむ)ぎたい」
「そうか……」
 フィグはラウラのきらきらした(ひとみ)から()()らした。ラウラの(かた)る夢があまりに(まぶ)しくて、それに比べて自分の(いだ)く現実的な将来計画があまりに小さく思えて、いたたまれなかった。(おさな)い日の(おのれ)の夢が、ちくちくとその(むね)()す。
『いつか俺は……ここよりもっと広い“()てのない”世界を旅するんだ!』
 フィグがその夢を()てたのは、四年前。夢を(かな)えるために記憶(きおく)の森じゅうの本を読み(あさ)り、聞けるだけの大人(おとな)たちに話を聞き、(ため)せる(かぎ)りの夢術を(ため)し、それでもこの島の外へ行くことが(かな)わないと知ってしまった時だった。
 夢を叶えようと知識(ちしき)()やせば増やすほど、「それは不可能なのだ」とその知識が思い知らせてくる。実際(じっさい)、今までの島の歴史上、フィグより知識も能力もある島民が何人、何十人と島の外へ出ようと挑戦(ちょうせん)しているが、成功(せいこう)した者は一人もいない。
 夢を叶える(すべ)を見失い、絶望(ぜつぼう)(むな)しさに(おそ)われ(つか)()てたフィグが選んだのは、夢を(あきら)めることだった。それまで()がれるほどに切望(せつぼう)し、人生のほとんどを(ささ)げてきた夢を捨て、現実的で手の(とど)く夢を新しく見つけることだった。だが、捨てたはずのその夢は今でもフィグの心の奥にくすぶり続け、時々こうして胸を()す。まるで捨てられたことへの復讐(ふくしゅう)のように。
「どの夢術師の所へ弟子入(でしい)りするにしろ、卒業後は流星(りゅうせい)(たに)行きってことだな。俺は鉱石谷(こうせきだに)修行(しゅぎょう)することになるから、どっちみちまた(はな)(ばな)れになるな」
 うつむいた(くちびる)から(こぼ)された言葉にラウラは目を見開(みひら)いた。
「え?なんで?鉱石谷ってことは、夢鉱技師になるってこと?フィグも夢術師になるんじゃなかったの?……あ、そうか!今までに夢術で成功した人がいないから、夢鉱機械で(ため)してみるつもりなんだね。さすがフィグ。目のつけ(どころ)(ちが)……」
 いかにも彼女らしく、ラウラはフィグの言葉に勝手(かって)に前向きな解釈(かいしゃく)をつけ始める。それを(さえぎ)りフィグは声を上げた。
「そうじゃない。もう(あきら)めたんだ。この島の外へ出ることは」
 ラウラは(こお)りついたようにぴたりと口をつぐんだ。その(ひとみ)戸惑(とまど)うように()れ、無言(むごん)でフィグに向けられる。フィグは()らした目を(もど)せないまま、何も言えずに(くちびる)()ざしていた。ラウラはためらうように何かを言いかけては()めた後、無理矢理(むりやり)のようにぎこちない()みを作って言った。
「……そっか。そうなんだ。すごく、残念」
 その言葉に、(ぎゃく)にフィグは戸惑(とまど)った。
「言わないのか?『(あきら)めたらダメ』だとか、『やればできるはずだよ』とか」
 思わず『ラウラが言いそうなこと』を(なら)べて問うと、ラウラは静かに首を()った。
「言えないよ。だって、夢を追うのがどんなに大変なことなのか、私はもう知ってしまっているもの。楽しいことばかりじゃない。(きず)ついて、ボロボロになるまで努力して……それでも(むく)われなくて、目の前で夢が(やぶ)れていく(つら)さを、もう知ってしまっているもの。それなのに『(あきら)めるな』なんて、そんなこと、私には言えない。夢を(かな)えるのは結局その本人にしかできないことで、その(つら)さも、苦しさも本人にしか分からないことだもの」
 本当は、悲しくてたまらなかった。フィグの夢はラウラの夢でもあったのだから。けれど今のラウラには、その夢を(あきら)めざるを()なかったフィグの苦しみが容易(たやす)く想像できてしまう。自分もその苦しみを味わったばかりだからだ。だから、それまで心の(ささ)えにしてきた幼い約束が(はかな)(くだ)けた痛みを胸に(かく)し、ラウラは微笑(ほほえ)み続ける。
 その微笑(ほほえ)みと言葉に、フィグはハッとして(おのれ)の発言を()やんだ。
「……すまない」
「ううん。フィグが(あやま)ることじゃないよ」
 ラウラはそう言って(さみ)しそうに微笑(わら)った。そして、フィグが今まで見たことのない静かな、まるでもう何十年も生きてきた賢者(けんじゃ)のような(ひとみ)でこちらを見つめてきた。
「でも、フィグは本当に、島の外へ出る夢を(あきら)められたの?」
「それは……」
「自分の全てを(そそ)いで追いかけてきたような夢って、一度や二度(やぶ)れたくらいで胸の中からいなくなってくれるほど、(なま)やさしいものじゃないでしょう。(あきら)めたフリをしても、別の夢を追いかけようとしても、ずっと心の奥に(とげ)みたいに()きささって忘れられない、そういうものじゃない?」
 あまりにも自分の心の(うち)を言い当てられて、フィグは何も言えなかった。同時に(さと)る。ラウラもまた、簡単(かんたん)に新しい夢へ()み出せているわけではないのだと。
「あのね、たとえ(かな)わなくても、他人に嘲笑(わら)われるほど無謀(むぼう)な夢だとしても、持ち続けていいと思うんだ。それはきっと無意味なことなんかじゃないよ。よく、夢を星に(たと)える人がいるでしょう。(なん)とかの星を目指(めざ)せ、みたいなの。あれって本当だと思うんだ。夢ってきっと、夜空に光る北極星(ポラリス)なんだよ。旅人を(みちび)くように、人生の行き先を()らす道標(みちしるべ)なんだよ。だから、見失ってしまったら自分がどこへ向かっていったらいいのか分からなくなって、途方(とほう)()れちゃうんだよ。手の(とど)かない遠い目的地でも、無いよりはマシだし、そこに辿(たど)()くことだけが全てじゃないよ。星には届かなくても、歩いているうちに自分が本当に居心地(いごこち)が良いと思える場所に辿(たど)()けるかもしれないから」
 目の前の小女神(レグナース)を、フィグはまるで(はじ)めて見る相手のように見つめる。それはフィグの知っていたラウラ――(いな)、知っていると思っていたラウラではなかった。ラウラが急に、手を()れてはいけない、ひどく(とうと)存在(そんざい)になってしまったような気がして、フィグは(あせ)った。気づいたら、手を()ばしていた。
「え……」
 小さな声とともに、ラウラの身体(からだ)がフィグの胸に(たお)()む。無理矢理(むりやり)引いた手をそのまま(にぎ)()み、フィグは自分がどうしたいのかも分からぬまま、ラウラの顔をのぞき込む。その視線と沈黙(ちんもく)に、ラウラはあからさまにうろたえる。
「あ、ああああ、あのね、フィグ。フィグのことは好きだし、将来結婚してもいいって思ってるけど、でも私、まだ小女神(コドモ)なんだよ。そ、そういうのは、いろいろと早いって言うか……」
 混乱(こんらん)極致(きょくち)にあるラウラは、自分がうっかり何を言ってしまっているのかもまるで分かっていない。一方、フィグはラウラのその反応から、自分が何をしたかったのかを(さと)った。
「べつに小女神(コドモ)だってキスくらいはしてもいいだろ」
「な、何言ってんの!?」
 ラウラの顔が一瞬(いっしゅん)で赤く()まる。その顔にフィグはぎこちなく自分の顔を近づけていった。
 そうして()れてしまえば(おのれ)所有物(モノ)にできるなどと、そんな考えで行為(こうい)(およ)ぼうとしたわけではない。ただ、そうでもして引きとめておかなければ大変なことになってしまいそうな、そんな(くら)(いや)な予感がフィグを()き動かしていた。
 (あつ)吐息(といき)(くちびる)にかかり、ラウラはぎゅっと目を()じた。フィグは残ったわずかの距離(きょり)()め、その(くちびる)()れようとした。だが――できなかった。
「ひゃあぁぁあっ!?」
 二人の行為(こうい)(とが)めるように突然(とつぜん)()(ひび)いた雷鳴(らいめい)に、ラウラは悲鳴(ひめい)を上げフィグから身を(はな)した。フィグも身を強張(こわば)らせて水平線(すいへいせん)の方を見つめる。
 にわかに黒雲の集まりだした空では、今まさに鳥の巣雲を()(やぶ)り、全身にプラズマの光をまとった巨鳥が生まれ出ようとしていた。風雨(ふうう)を呼び()(かみなり)を巻き起こす精霊(せいれい)の鳥“嵐の精霊鳥(サンダーバード)”だ。その(つばさ)()ばたくたびに雷鳴(らいめい)(とどろ)き、金色の(ひとみ)からは光線のように稲妻(いなずま)がほとばしる。
「まずい!こっちへ来る前に()げるぞ、ラウラ!」
「うん!」
 つないだ手をそのままに、二人は夏風岬(なつかぜみさき)へ向け()け出した。()げている間にも黒雲はどんどん量を()し、やがて空一面を(おお)いつくす。闇夜(やみよ)のように(くら)くなった空からは土砂降(どしゃぶ)りの雨が()り始めた。会話を()わす(ひま)も何かを考える余裕(よゆう)もなかった。
「じゃあね、フィグ。また明日(あした)、お祭で!」
 雷鳴にかき()されぬよう大声で(さけ)び、びしょ()れのまま家へと飛び()んでいくラウラに、フィグは大きくうなずいてみせた。
 どんなに(はげ)しく荒れ(くる)う嵐でも、一晩(ひとばん)()てば(うそ)のように消え()る。二人はそれを知っていた。そして、信じて(うたが)っていなかった。明日、ともに祭の日の朝を(むか)えることを。だがこの時、(すで)事態(じたい)は大きく変わろうとしていた。


 世の(すべ)てに絶望(ぜつぼう)するかのような悲鳴(ひめい)が、小女神宮(レグナスコラ)(ひび)(わた)った。
 ()けつけた尼僧(シスター)たちの目に映ったのは、顔を(おお)い信じられないというように首を()る一人の()の姿。そしてその純白(じゅんぱく)の衣を(すそ)からじわじわと()めていく、血のような赤い色。
 尼僧(シスター)たちは(だれ)もがすぐに事態を(さと)り、顔面を蒼白(そうはく)にして立ち()くした。
「なぜだ。こんなことがあって良いのか?祭はもう明日だというのに……」
 女性は女神へ(のろ)いを吐くように天へ向け(うら)(ごと)(さけ)び続ける。
「誰か……!早く流星(りゅうせい)(たに)連絡(れんらく)を!審査官の皆様(みなさま)においで(いただ)いて判断(はんだん)をあおがねば……!」
 尼僧(シスター)たちは青ざめた顔のまま、あわただしく動き始める。尼僧(シスター)()きかかえられるようにして歩き出した女性は、一瞬(いっしゅん)振り返って部屋の片隅(かたすみ)を見つめた。そこには明日の祭で使われるはずの夢見の娘(フィーユ・レヴァリム)衣裳(いしょう)が、薄闇(うすやみ)()まり始めた部屋の中でほのかな光を宿(やど)(かがや)いていた。


 夏風岬の嵐は深夜(しんや)になっても()まずにいた。フィグは窓辺(まどべ)にもたれ、ぼんやりと黒天(こくてん)()い飛ぶ嵐の精霊鳥(サンダーバード)の姿を(なが)めていた。昼間のラウラとのことが神経を(たか)ぶらせ、眠れる気分ではなかったのだ。
 その時、フィグはふと異変(いへん)に気づいた。時折雷光により青白く()め上げられる大地に、亡霊(ぼうれい)のように白くひらひらとうごめくものが見える。目を()らしてその正体に気づいた瞬間(しゅんかん)、フィグは戦慄(せんりつ)した。
 雨()けの白い外套(コート)に身を包んだ幾人(いくにん)もの尼僧(シスター)たちが、ラウラの家の方へと歩いていく。それは八年前に見たのと全く同じ光景だった。
「なぜだ?なぜ今更(いまさら)また、小女神宮(レグナスコラ)からの使者(ししゃ)が来る!?」


 突然(とつぜん)訪問者(ほうもんしゃ)戸惑(とまど)ったのはフラウラ()の人間たちも同じだった。
「あの……こんな夜分遅(やぶんおそ)くに、一体何のご用件でしょう」
 不安げに問うラウラの父に尼僧(シスター)の一人が無表情に告げる。
「我々は小女神(レグナース)ラウラ・フラウラ様をお(むか)えに(まい)りました」
「は?ラウラが祭のお手伝いに上がるのは、明日のお昼前のはずでは……」
「手伝いとしてではありません。我々はラウラ・フラウラ様を“夢見の娘(フィーユ・レヴァリム)”としてお(むか)えに上がったのです」
 カタン、と奥の部屋につながるドアが開き、ネグリジェ姿のラウラが強張(こわば)った顔で現れた。
「それ、どういうこと?夢見の娘(フィーユ・レヴァリム)はメイシャちゃんに決まったじゃない」
「本日の夕刻(ゆうこく)小女神(レグナース)(ローブ)がアメイシャ・アメシスの資格喪失(しかくそうしつ)を告げました。よって、選考会で次点をとられたあなたが、(あら)たな夢見の娘(フィーユ・レヴァリム)選定(せんてい)されたのです」
 今までとは(ちが)う、まるで女神(レグナリア)その人に対するような(うやうや)しい態度で、尼僧(シスター)たちはラウラの前に(ひざ)まづく。
資格喪失(しかくそうしつ)小女神(レグナース)(ローブ)?それって……」
 言いかけ、ラウラはハッと気づいた。
 小女神(レグナース)が必ず身につけさせられる純白の“小女神(レグナース)(ローブ)”には、一つの重要な機能(きのう)付与(ふよ)されている。それは小女神(レグナース)肉体(からだ)の変化に反応してその色を変化させるというものだ。たった一つのその機能が知らせるものは……。
 ラウラは「まさか」という顔で尼僧(シスター)たちを見る。尼僧(シスター)たちはうなずいて告げた。
「アメイシャ・アメシスは初潮(しょちょう)(むか)え、小女神(レグナース)ではなくなりました。よって、夢見の娘(フィーユ・レヴァリム)になることはできません」


我々(われわれ)は、間違(まちが)っておったのかのう?」
 洋燈(ランプ)の明かりの()れる小女神宮(レグナスコラ)の一室で、審査官の一人が重苦しい声で()いた。
「そもそも我々が選ぼうとしていたこと自体が(あやま)りだったのですよ。『真の夢見の娘(フィーユ・レヴァリム)女神(レグナリア)の御手により選ばれる』――(いにしえ)よりの伝承(でんしょう)の本当の意味がやっと分かったような気がします。夢見の娘に選ばれた小女神(レグナース)が祭の前に資格を失うなど、前代未聞(ぜんだいみもん)のこと。しかも、不吉(ふきつ)(きざし)の多く現れているこの時期に、です。これはとても偶然(ぐうぜん)とは思えません」
左様(さよう)。これは偶然(ぐうぜん)などではない。女神の御意思と見なすべきだ。我々の選んだ候補(こうほ)を女神はお認めにならなかった。それゆえ、このような形で御意思を(しめ)されたのであろう」
「これは我々の(おご)りが(まね)いた結果じゃ。己の価値観を絶対と信じ、いつの間にか目をくもらせてしまっていたのじゃ。島の(たみ)たちの方がよほど確かな目を持っていたということよ」
「しかし、こうして女神の御手による介入(かいにゅう)があった以上、最早(もはや)時が来るのは確実ということですな」
「ああ。(そな)えねばならぬ。島は()れるぞ。……悪夢の(うたげ)の始まりだ」


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