TOP(INDEXページ) 小説・夢の降る島|もくじ 第1話: 小説|夢見の島の眠れる女神 :第1章
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第一章 夢の降る島

 灯台の二階にあるその部屋には、一年を(つう)じて夏風が吹き込んでくる。窓辺に()るしたウィンドチャイムが白い日差しを反射させながら、きらきらした音を(かな)でていた。
 風が運んでくる海の(にお)いに包まれながら、フィグはベッドに身をもたせ耳を澄ませている。頭に(かぶ)った大きなヘッドフォンからは鉱石(こうせき)ラジオの(かす)かな音が聞えてきていた。
『昼の白い月が〝世界樹の切株〟の左肩にかかる(ころ)
影追いの森の奥、(いちご)ロウソクの()夢雪(ゆめゆき)()るでしょう』
 潮騒(しおさい)のようなノイズの合間(あいま)、まるで歌うように響くのは、赤子をあやす母のように優しく美しい声。この島のどこかで眠っているという〝夢見(ゆめみ)の女神〟の睡語(すいご)だ。
 フィグは目を開け、机に向かう。便箋(びんせん)を一枚取り出し、ペンで何かを書きつけると、彼はそれを丁寧(ていねい)に折り始めた。
 でき上がったのは、先の(するど)(とが)った紙ヒコーキ。フィグは窓辺に立ち、空を見上げて言葉を(はな)つ。
花曇(はなぐも)りの(みやこ)のレグナース、ラウラ・フラウラの元へ」
 言葉と同時に右手から放たれた白い紙ヒコーキは、すい、と風に乗り、まるで予め用意された見えないレールの上を(すべ)るかのように島の中心へ向かい飛んでいった。
 見えなくなるまで見送って、フィグは階段を下りる。
「あら、フィグ。出掛(でか)けるの?」
「ああ。ちょっと苺ロウソクの野まで夢雪を集めに行ってくる」
 母親の声にそう答え、フィグはイスに引っかけてあったカバンと壁に立てかけてあったデッキブラシを手に取り灯台を出た。
 (みさき)から島の中心へ向けて()びる道には、いくつもの白い風車(かざぐるま)が、からからと音を立て回っている。その向こうには一面のひまわり畑。季節が変わることのないこの夏風岬(なつかぜみさき)では一年を通し当たり前に見られる光景だ。
 暑いほどに照りつけていた日差しは道を行くにつれ徐々(じょじょ)に弱まり、森の入口にたどり着く頃には初夏のそれに変わっていた。
 森に入ろうとしたフィグの頭に、ふいにこつん、と軽いものがぶつかって落ちた。それはどこか丸みを()びた形のピンク色の紙ヒコーキ。フィグはためらいなくその紙ヒコーキを広げた。
 広げた紙には、やはりどこか丸みを()びた字でこう書かれていた。

『フィグへ。
  わかった!すぐ行くね。今度は負けないから!
                    ラウラより』

 フィグは軽くため息をつき、たたんだその手紙をポケットにしまった。
「あいかわらず下手クソな字……。こんなんで本当に〝夢見(ゆめみ)(むすめ)〟になる気かよ」
 頭を()きながら森へと足を()み入れる。
 そこは昼とは思えぬ暗闇の世界だった。茂り合い絡み合う木々の枝が空を完全に(おお)(かく)し、わずかの日光さえも()()まぬようにしている。だが、そんな暗闇を照らすように、ところどころに光が(とも)っていた。それは木々の枝で白く発光しながら咲き乱れる花々と、淡いライムグリーンの光を放ちながら宙を舞う(ちょう)()れ。
 たくさんの光源に照らされて、フィグの足下にはいくつもの影ができては消える。()らめく影たちを追いかけるようにして進む森――これが〝影追(かげお)いの(もり)〟という名の所以(ゆえん)である。
 森を抜けると、そこは一面に(いちご)の実を()きつめたかのような赤い野原だった。ロウソクに(とも)る炎のような形で()れるそれは、赤花詰草(クリムソン・クローバー)の花穂。苺ロウソクの野と呼ばれるその野原には、(すで)に一人先客がいた。極彩色(ごくさいしき)刺繍(ししゅう)にふちどられた純白のローブを身にまとい、ふわふわした長い髪を苺の形の髪留(かみど)めでとめたその人物は、フィグの姿を見ると不敵に微笑(ほほえ)んだ。
「フィグってばおっそーい!都から来た私の方が早く()いてるってどういうことよ!?」
 フィグはムッとして言い返す。
「俺はちゃんと最短ルートを通ってきた。お前が早過ぎなんだ。どうせまた俺を(おどろ)かすために無茶な方法で先回りして来たんだろう?ローブの(すそ)(よご)れてるぞ、ラウラ」
「えっ!?(うそ)っ!どこどこ!?まずいよ。またシスターに怒られちゃうっ!」
自業自得(じごうじとく)だ。全く、もう十四だろう。そろそろ小女神宮(しょうめがみきゅう)も卒業だってのに落ち着きのない……」
 そのまま説教(せっきょう)を始めそうなフィグに、ラウラは「しまった」という顔で目をうろうろさせる。その時、ラウラの視界にあるものが映った。
「あーっ!」
 ラウラの(さけ)びに、フィグはぎょっとしてその視線を追う。そこには島の中央にそびえる巨大な山の姿があった。(いただき)(つね)に白い雲に(おお)われたその茶色い岩山は、その外観がまるで巨木の切株のように見えることから〝世界樹(せかいじゅ)切株(きりかぶ)〟の名で呼ばれている。今、その山頂を(おお)う雲からひとかたまりの雲が分かれ、翼の()えた船の形に変化してこちらへ飛んでこようとしていた。
「もう〝女神(めがみ)雲船(くもふね)〟ができてる!早く準備しなきゃ!」
 言いながらラウラは前髪をとめていた髪留(かみど)めをはずす。それは(またた)()にラウラの()(たけ)の半分はあろうかという長さの(つえ)に変化した。杖の先が丸く湾曲(わんきょく)した独特の形状のそれは、まるで()の先に苺の形の(かざ)りのついた一本の巨大な(ぎん)(さじ)に見えた。この島でレグナースとして(せい)()けた者のみに(おく)られる〝(しろがね)匙杖(しじょう)〟だ。
 これからその巨大なスプーンで何かをすくおうとでもするように杖を(かま)え、ラウラはフィグを見つめる。
「ルールは前と同じでいいよね?お題はどうする?」
 フィグもカバンを地に置き、デッキブラシを(かま)える。
「じゃあ今回は『世界の幻獣(げんじゅう)』ってことで」
 山から飛んできた船型の雲が見る間に二人の頭上を(おお)う。そしてそこから砂糖粒(さとうつぶ)のようにきらきら輝く白銀(はくぎん)の雪が無数に()り始めた。
「じゃあ、しりとり夢術(むじゅつ)合戦(がっせん)古今東西(ここんとうざい)世界の幻獣スタートだ。まずは俺から」
 次々と()()りてくる雪は、タンポポの綿毛(わたげ)のようにふわふわと宙に遊ぶ。フィグが空中でデッキブラシを一閃(いっせん)させると、それは磁石(じしゃく)で引きつけられたかのようにブラシの先に集まってきた。フィグはそのまま鋭く言葉を発する。
「〝夢より(つむ)()されよ〟!北欧神話(ほくおうしんわ)より〝フェンリル〟!」
 瞬間、白銀の光が(はじ)けた。ブラシの先にかき集められた雪の粒たちが、光を放ち、融合(ゆうごう)し、形を変えていく。やがてそれは、四肢(しし)足枷(あしかせ)、全身にリボンのように細い不思議な素材(そざい)(くさり)(から)みつかせた一匹の狼の姿となった。しゃらしゃらと鎖の音を響かせながら野を駆け回る〝フェンリル〟の姿にラウラは「おぉー」と感嘆の声を上げ拍手する。
「さすがフィグ!すごくリアルな夢晶体(むしょうたい)だね」
 この島には、女神の夢見の力が溶け込んだ目には見えぬ細かな粒〝夢粒子(むりゅうし)〟を(ふく)んだ雪が降る。〝夢雪〟と呼ばれるその雪は島の人間の夢見る力に反応し、形を変える。人々は己の夢を具現化させるその技を夢術と呼び、夢術により紡ぎ出したものを、夢粒子の結晶〝夢晶体〟と呼んでいた。
「感心してる場合か。次はお前の番だぞ」
「そうだった。んー……。フェンリルか……。ル、ル……。よし!決めた!」
 ラウラは地に降り()もった夢雪にスプーン状の杖の先端を差し込み、すくうように持ち上げた。
「夢より紡ぎ出されよ!千夜一夜物語(アラビアンナイト)より〝ルフ(ちょう)〟!」
 先ほどと同じように、杖の先で光が(はじ)ける。それは宙に舞う他の雪片をも巻き込みながら大きくなっていき、そのまま空高く飛び上がった。
 現れたのは、両翼の長さが十五メートルはあろうかという巨鳥。象でも持ち上げられそうな太い(あし)(ウロコ)(おお)われ、そこだけ見るとまるで恐竜の脚のようにさえ見える。体だけ見れば恐ろしい怪鳥。しかし、その首の上についた顔は……
「お前……っ、なんだあの鳥の顔はっ!何で象をも()い殺す怪鳥があんなつぶらな瞳をしてるんだ。どこの文鳥だあれはっ!ルフは(わし)に似た猛禽類(もうきんるい)のはずだぞ!」
「えー?だってカワイイ方がいいじゃない。(こわ)い顔の鳥さんなんて私、想像できないし」
「……何のための練習だと思ってるんだ、全く。まあいい。ちゃっちゃと次行くぞ。夢より紡ぎ出されよ!『妖精の書』より〝ウンディーネ〟」
「ウンディーネ……。ネ、ネ……。夢より紡ぎ出されよ!『画図百鬼夜行』より〝猫また〟!」
「じゃあ、『今昔百鬼拾遺(こんじゃくひゃっきしゅうい)』より〝滝霊王(たきれいおう)〟」
 フィグが猫またが完全に紡ぎ出されるより早く言葉を()()すと、ラウラは途端(とたん)にうろたえ、(あせ)ったように杖を振り回した。
「う!?えっと……えっと……夢より紡ぎ出されよ、ウンディーネ!」
 ラウラの出現させたどことなく(おさな)げなウンディーネのそばに、フィグの出現させていた妖艶(ようえん)なウンディーネが、仲間を見つけたとでも言いたげに(うれ)しそうに近寄っていく。ラウラはハッとしたようにそれを見た後、がくりとうなだれた。
「そうだった……。ウンディーネはもう出ちゃってたんだっけ……」
「ばーか。こっちにつられてペースを崩すからそういうことになるんだ。今回で何敗目だ?ラウラ」
「うー……っ、次は負けないもん!もう一回勝負しようよ!」
「……いや、今日はもう無理そうだぞ」
 フィグはそう言って空を(あお)ぐ。頭上に浮かんでいた女神の雲船は、いつの間にか見る影もなく小さくすぼみ、そこから降る雪も見えるか見えないかほどの小降りになっていた。
「えぇ!?まだ一時間も()ってないのに!?最近夢雪やむの早くない!?」
「俺に文句を言われても何もできんが、確かに早いな。昔は一日中降っていたこともあったのに……」
 フィグは地に積もっていた雪をデッキブラシで()き集め、カバンから取り出した虹色に透き通った小瓶(こびん)()めだした。ラウラも杖の先で雪をすくい、それを手伝う。やがて雲船は完全に姿を消し、それと同時に野に積もっていた雪やフィグとラウラの紡ぎ出した幻獣たちも()の光に()けるように消えた。だがフィグが小瓶に詰めた雪だけは溶けずにふわふわと(びん)の中で揺れ動き続けている。
 フィグは小瓶の(ふた)をそっと開け、中身をデッキブラシ全体にまんべんなく振りかけた。
「夢より紡ぎ出されよ。千夜一夜物語(せんやいちやものがたり)より〝魔法の木馬(もくば)〟」
 言いながらデッキブラシから手を(はな)すと、ブラシは白銀に輝きながら形を変え、金細工(きんざいく)や宝石をちりばめた黒い木馬へと変化した。
「花曇りの都まで送る。乗れよ」
「うん。ありがとう。……ゆっくりでいいからね」
 二人を乗せた木馬は音もなく宙に浮き上がり、ラウラの希望通りゆっくりと走り出した。
 影追いの森をフィグが入ってきたのとは逆方向へと抜けると、そこは〝花歌(はなうた)(その)〟だった。チューリップによく似た形の花が咲き乱れるそこでは、吹く風の音が他所(よそ)とは(ちが)っている。何かを(ささや)くような音で吹くその風が花弁を揺らすと、花たちは一斉(いっせい)に歌を歌い出す。それは囁くように小さな、しかし一つ一つが重なり合って花園中に響き渡る、ひどく耳に心地良い合唱だった。
「この歌、小さい頃の思い出を歌った歌だね。今日の〝歌伝風(かでんふう)〟はどこの国から吹いてきたのかな」
 フィグの背に(ひたい)(あず)け、ラウラが囁く。
「〝記憶(きおく)(もり)〟で()いた(おぼ)えがある。確か日本あたりの歌で『思い出のアルバム』とかいう名前の歌だったような気がするが」
「この歌の『イチネンセイ』ってさ、この島で言う小女神宮の一年目と同じことだよね?フィグは覚えてる?私が小女神宮に上がる前のこと」
「……忘れるものか」
 フィグの(つぶや)きはラウラの耳には届かなかった。
 花歌の園を抜けると、(あざ)やかな色彩(しきさい)(たも)ったまま風化した花びらたちにより生み出された〝葬花(そうか)砂漠(さばく)〟が現れる。この砂漠のちょうど中央に位置するオアシスが、この島の中枢(ちゅうすう)であり、ラウラの暮らす〝花曇(はなぐも)りの(みやこ)〟だ。都は常に淡い黄色や薄紅色をした〝花雲(はなぐも)〟に(おお)われ、そこからはいつも雲と同じ色をした花びらが降っている。葬花砂漠の砂は全て、この都の花びらが風に乗り外へ運ばれてできたものだ。
「じゃあ、ここで」
 都の外で木馬を降り、ラウラはフィグに手を()る。フィグは都の中へは一緒(いっしょ)に行けない。都に入ることを(ゆる)されているのは小女神宮の関係者と、特別に許可(きょか)をもらった者だけなのだ。
 都へ向かい走り出す小さな背中を、フィグは見えなくなるまでその場で見送った。ラウラは一度も()り返らなかった。


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このページは津籠 睦月によるオリジナル・ネット小説「夢の降る島」第1話夢見の島の眠れる女神の本文ページです。
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【ミニ内容紹介】これは世界の中心で眠る女神をめぐる物語。
そして、空から夢降る幻想の島の冒険譚。
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