TOP(INDEXページ) 小説・夢の降る島|もくじ 第1話: 小説|夢見の島の眠れる女神 :第12章(前)
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第十二章 夢路(ゆめじ)()

 ラウラの(うで)の中で、フィグの身体(からだ)(ふる)えは少しずつ(おさ)まっていった。
 やがてその身からこぽこぽと黒い(あわ)()き出し、一箇所(いっかしょ)に集まっていく。それと同時に()れて()らばっていた(から)破片(はへん)もその黒い泡を取り(かこ)むように集まり、元の卵の形へと(もど)っていった。
 落ち()きを取り(もど)したフィグはおそるおそる顔を()げる。そして、そこに()ったラウラの姿に目を見張(みは)った。
「……ラウラ、お前……その姿(すがた)……」
 フィグは思わずラウラから身を(はな)し、その姿をしげしげとながめる。ラウラはそんなフィグの視線に気づき、両手でスカートの(はし)をつまんでくるりと一回転(いっかいてん)して見せた。
 (いちご)の花びらのように真っ白なドレスの(すそ)がふわりと広がる。そのウエストにはベルトの()わりのように苺の(つる)果実(かじつ)()した装身具(アクセサリー)()きつけられ、(うで)首元(くびもと)にも同じ形の腕飾り(ブレスレット)首飾り(ラリエット)()れている。そして(かみ)には同じく(いちご)をモチーフとした宝冠(ティアラ)が輝いていた。
夢見の女神(レグナリア・レヴァリム)なった(・・・)のに、今までと同じ姿のままじゃ、カッコつかないでしょう?」
 そう言って微笑(ほほえ)むラウラの顔は、どこか(さび)しげに見えた。
「お前が夢見の女神(レグナリア・レヴァリム) !? どういうことだ !?」
「言葉の(とお)りよ。ラウラ・フラウラは新しい夢見の女神(レグナリア・レヴァリム)となった。役目を終える私の()わりに、ね」
 フィグの疑問(ぎもん)に答えを返したのは、(みずうみ)の中央から(あゆ)()ってきたフレアだった。
「ラウラが(えら)ばれた“夢見の娘(フィーユ・レヴァリム)”というのはね、本来(ほんらい)は次の“夢見の女神(レグナリア・レヴァリム)”となるべく選ばれた小女神(レグナース)のことを言うの。夢見の女神(レグナリア・レヴァリム)は数百年に一度、代替(だいが)わりするのよ。夢見の女神(レグナリア・レヴァリム)の役目は過酷(かこく)だから、何百年も()つうちに、(みずか)らも悪夢(コシュマァル)がもたらす絶望(ぜつぼう)汚染(おせん)され、夢見る力を(うしな)ってしまうことが多いの。だから女神は、(みずか)らが悪夢(コシュマァル)(おさ)えきれなくなってしまったことを(さと)ると、島にいる小女神(レグナース)の中から後継者(こうけいしゃ)を選び出して自らの元へ()()せるの。もう何代(なんだい)にも(わた)り続けられてきたことよ」
 岸に辿(たど)()いたフレアの姿は、(あわ)い光を()びてうっすらと()け始めていた。
(なん)だと……?じゃあ、あんたも……?」
「ええ。私も元は小女神(レグナース)であり、夢見の娘(フィーユ・レヴァリム)だった。小女神(レグナース)たちを隔離(かくり)し教育している“小女神宮(レグナスコラ)”っていう施設(しせつ)はね、本当は夢見の女神(レグナリア・レヴァリム)後継者(こうけいしゃ)を育てるための育成機関(いくせいきかん)なの。小女神(レグナース)たちを無闇(むやみ)(こわ)がらせないために、真実は()せられているのだけど……」
 言って、フレアは小女神宮(レグナスコラ)のある方角(ほうがく)へ顔を向け、(なつ)かしむように目を細めた。
夢見の女神(レグナリア・レヴァリム)後継者(こうけいしゃ)も、初代(しょだい)から(かぞ)えて何代かの間は“向こう(がわ)”から(さが)し出していたらしいのだけれど、向こう側の状況(じょうきょう)過酷(かこく)になるにつれ、夢見の女神(レグナリア・レヴァリム)になれるほどの夢見の力を持った“(けが)れなき乙女(おとめ)”が見出(みいだ)せなくなっていってしまったらしいの。だから何代目かの夢見の女神(レグナリア・レヴァリム)が決心して、こちら側に“育成機関(いくせいきかん)”を(つく)ることにしたの。“こちら側”に夢見の力を(はぐく)みやすいような環境(かんきょう)の島を(つく)り、“向こう側”で居場所(いばしょ)()くした人々を(まね)()せ、夢見の女神(レグナリア・レヴァリム)後継者(こうけいしゃ)たる人材(じんざい)を生み出す“住民”を(つく)った。さらに、そんな女神としての資質(ししつ)を持った小女神(レグナース)が生まれたとして、(いたずら)恋情(れんじょう)に走ってその資格(しかく)(うしな)わぬようにと、小女神(レグナース)年頃(としごろ)異性(いせい)から“隔離(かくり)”する施設(しせつ)(つく)った。そうやって“夢見の女神(レグナリア・レヴァリム)候補(こうほ)”を途切(とぎ)れることなく生み出し(つづ)けられる仕組み(システム)構築(こうちく)したの。それが、この島の真実」
「……ちょっと()て。何言ってるんだ、あんた……。(つく)られた?仕組み(システム)?それじゃ、まるでこの島が夢見の女神(レグナリア・レヴァリム)を生み出すためだけに存在(そんざい)しているみたいじゃないか。どういうことなんだ?この島は、一体(なん)なんだ?」
 フィグは混乱(こんらん)(おさ)えようとするかのように頭を(かか)()んでつぶやく。その様子(ようす)にラウラが(かな)しく(わら)う。
混乱(こんらん)するのも無理(むり)ないよ。私も、最初(さいしょ)にこの島の真実を知った時はそんな感じだったもの。……この島は、女神(レグナリア)のために(つく)られたもの。女神のために存在(そんざい)する、夢と現実(げんじつ)との(はざま)(つく)られた箱庭(はこにわ)なんだって。でもね、今はもう、女神のためだけ(・・)のものだなんて私は思わないよ。この島にはもう、たくさんの人間が住んでいて、それぞれの人生を生きているんだもの。私は女神になっても、そのことを(わす)れるつもりはないよ。だから、大丈夫(だいじょうぶ)だよ」
 その言葉に、フィグはハッと表情(ひょうじょう)を変え、(あらた)めてラウラの顔を見つめる。
「そうだ、ラウラ……!お前、夢見の女神(レグナリア・レヴァリム)になったってどういうことだ !? もうすぐ俺の前からいなくなるって……お前は、これからどうなる(・・・・)って言うんだ !?」
 ラウラは目を()らすこともうつむくこともなく、()()ぐにフィグを見つめていた。わずかの時間も()しむように。その姿を()()()けておこうとでもいうように。
夢見の女神(レグナリア・レヴァリム)の役目は、(みんな)の夢が悪夢(コシュマァル)支配(しはい)さることのないように、夢見の力で浄化(じょうか)すること。だから、その(たましい)は夢の中を(ただよ)い続けるんだよ。……役目が終わる、その日まで。そして、魂を(うしな)って(から)っぽになる肉体(からだ)は、この島と同化して世界の一部になるんだって」
(なん)だと……?」
 フィグは呆然(ぼうぜん)としてラウラを、そして徐々(じょじょ)透明度(とうめいど)()すフレアを見る。フレアはそれが真実だと(しめ)すように(うなず)いて見せた。
「ええ。あなた(たち)の見ている私のこの姿も、夢の中を(ただよ)うフレア・フレーズの(たましい)(つむ)いだ夢晶体(まぼろし)()ぎないわ」
 フィグは目を見開(みひら)き、青ざめた顔でふらふらとラウラに近づいていく。
「そんなことってあるかよ !? お前はそれでいいのか !? 一生(だれ)かの夢の中をさまよって、身体(からだ)さえ()くして、そんな、幽霊(ゆうれい)みたいな生涯(しょうがい)……。なぜ他人の夢を守るためにそんな犠牲(ぎせい)(はら)わなければならないんだ !? それはお前の人生と引きかえにするほど価値(かち)のあるものなのかよ !?」
 フィグはラウラの(かた)につかみかからんばかりの形相(ぎょうそう)()いつめる。だがラウラは表情を変えることもなく、ただ静かに首を(たて)()った。
「少なくとも私は、価値のあるものだって信じてるよ。夢って、人間の意識(いしき)の深いところと(つな)がっているから。人によっては“()くても問題(もんだい)の無いもの”くらいに思われてるかも知れないけど、夢って、(つら)い現実の世界を忘れられる大切な世界だと思う。現実の中で()ちのめされて『もう立ち直れない』くらいに絶望(ぜつぼう)しても、その夜に、もし優しい夢が(おとず)れて心を(なぐさ)めてくれたなら、翌朝(よくあさ)には『また頑張(がんば)ってみようか』って気になれるかも知れない。楽しい夢や優しい夢は、きっと人生を(すく)ってくれるし、世界を優しくしてくれるって、私は信じてる」
 ラウラの顔にこれから()ち受ける運命(うんめい)への悲嘆(ひたん)など欠片(かけら)も無かった。その(ひとみ)には静かで()るぎない決意(けつい)の色だけが宿(やど)っていた。
「ねぇ、フィグ。前に私、話したよね?いつか、私にしか(つむ)げない夢で(だれ)かを幸せにしたいって。その目標(ゆめ)は、今も変わってないよ。私は、私の(つむ)ぐ夢で(みんな)の世界を守りたい。たとえ夜に見る夢の記憶(きおく)のように(みんな)から(わす)れられて、(だれ)にも私のしていることを気づいてもらえなくても。人間としての人生を(うしな)ってしまうことになっても。それでも私はこの道を進むって、決めたんだ。ただ、一つ……。この目標(ゆめ)を選んだことで、私とフィグの道が()かたれてしまうことだけが……すごく、(かな)しいけど……」
 静か()ぎるラウラの(ひとみ)に、フィグは(さと)った。もう何を言ってもラウラの決意を変えることはできないのだと。フレアの分身(シスター・フレーズ)の言った通り、フィグにできるのはもうその決意を受け入れ、見守ることだけだった。
 無力感にうなだれるフィグに、フレアがふと思い出したように声を掛けた。
「それで、フィグ・フィーガ。あなたの覚悟(かくご)は決まったの?」
覚悟(かくご)?」
「もうッ!(わす)れちゃったの?私の分身があなたに()いたでしょ?夢を()う覚悟はあるかって」
 きょとんとしたフィグの顔に、フレアは「信じられない」とでも言いたげに(こし)に手を当て、ぷりぷりと(おこ)り出す。
「こんな時に何を言ってるんだ?今、そんなことを考える心の余裕(よゆう)があるはずないだろ?」
「余裕なんて()ろうが無かろうが、チャンスは今しかないのよ。この島から“向こう側”へ(わた)れるのは、夢現剥離(むげんはくり)()きている今しかないんだから!」
 その発言(はつげん)に、フィグとラウラはぎょっとしてフレアに注目(ちゅうもく)する。
「渡れるのか !? 向こう側へ !? だって、今まで成功(せいこう)した人間は一人もいないのに……」
「それはそうよ。だって今までこの島を出たいと夢見た人間の中で、運良く(・・・)女神の代替(だいが)わりに(めぐ)()わせた人間なんて一人もいなかったんだもの。夢見る力も実力も充分(じゅうぶん)に持ってるのに、唯一(ただひと)時機(タイミング)が合わないという不運のせいで夢(やぶ)れていく人を見るのは、私も(つら)かったわ。だからあなたには(かな)えて()しいの。『この島から自力(じりき)で出ることは絶対(ぜったい)にできない』という常識(じょうしき)を、()(やぶ)って欲しいのよ」
 フィグは戸惑(とまど)い、(すく)いを(もと)めるようにラウラを()(かえ)った。
「何を(まよ)ってるの、フィグ。(かな)えられないと思ってた夢が叶うんだよ?迷わず進めばいいじゃない」
「だけど俺は、こんな形で夢を(かな)えたかったわけじゃない。向こう側へ行く時はお前も一緒(いっしょ)にって、ずっと思ってきたのに……」
「私はもう道を選んだんだよ。フィグとは一緒(いっしょ)にいられない道を。だから、今度はフィグが自分の道を選ぶ番。フィグの人生はこれからも続いていくんだから、どうしたいのか自分で決めなくちゃ」
「……お前のいない道を、一人で(あゆ)めって言うのか?」
「そうだよ。これは私が女神じゃなくても、ただの人間でも普通(ふつう)に起こることだよ。お(たが)いがそれぞれの夢を()っていれば、その道が()かたれてしまうことはある。一緒(いっしょ)にいられなくなることはある。特別(とくべつ)なことなんかじゃない、当たり前のことなんだよ」
 だがフィグは答えを出すことも、言葉を(はっ)することすらもできず、ただ()てられた仔犬(こいぬ)のような目でラウラを見つめ、立ち()くす。その表情にラウラは苦笑(くしょう)し、安心させるように優しい声で()げた。
「……大丈夫(だいじょうぶ)だよ。私たちは、もう会えなくなるわけじゃない。(はな)(ばな)れになっても、(つな)がっているものがあるから。フィグが信じて、本気(ほんき)で会いに来てくれるなら、私たちはまた出会うことができる。だから、フィグはフィグの夢見た道を行って」
「本当に、また会えるのか?俺が、向こう側に(わた)っても……?」
「うん。会えるよ。だから、会いに来て。私、ずっと()ってるから」
 フィグはラウラの顔をじっと見つめた。物心(ものごころ)ついた時からずっと見つめてきたその顔は、(うそ)をついている時の顔ではなかった。
 しばし無言(むごん)でラウラの言葉を反芻(はんすう)すると、フィグは強く(こぶし)(にぎ)()め、フレアを()(かえ)った。
(おし)えてくれ、フレア・フレーズ。どうすれば向こう側へ(わた)ることができる?」
 フレアはその()いに、微笑(ほほえ)んで天を指さす。そこには(いま)()がれ落ち続ける(そら)があった。
「あの“(あな)”よ。この島は夢だけでできているわけでも、現実(げんじつ)だけでできているわけでもない、その両者(りょうしゃ)()じり()う場所。2つの世界をつなぐ場所。夢現剥離(むげんはくり)とは、この島を構成(こうせい)するその“夢”と“現実”の2つの要素(ようそ)分離(ぶんり)しようとしている状態(じょうたい)を言うの。あの(そら)の穴も、そうして夢と現実が引き()かれることによりできたもの。すなわち、あの“穴”の向こうにあるのが現実世界(げんじつせかい)――私たちが“向こう側”と()ぶ場所よ。あそこへ()()めば向こう側へ(わた)れるわ」
「何だと……っ !?」
 フィグは目を()いて空を(あお)いだ。穴は(すで)にかなりの大きさにまで(ひろ)がっているが、それはあまりにも高い場所にあり、地上(ちじょう)からどれほどの距離(きょり)があるのか見当(けんとう)もつかない。
 フィグの心の(うち)(さっ)してか、フレアは(ちから)づけるように微笑(ほほえ)みかける。
大丈夫(だいじょうぶ)よ。夢見の女神(レグナリア・レヴァリム)継承(けいしょう)完了(かんりょう)すれば、この山のカルデラ――つまりここ(・・)から、火山(かざん)噴火(ふんか)するみたいに大量(たいりょう)夢雪(レネジュム)()き出すの。その(いきお)いに()せて、ある程度(ていど)の高さまでは(はこ)んであげられるわ。そこから先は、あなたの実力(じつりょく)次第(しだい)だけどね。……一生に一度のチャンスに、()けてみる気はある?」
 フレアの()いに、フィグは銀の匙杖(シルヴァースプーンワンド)(にぎ)()め、強く(うなず)いた。
 



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このページは津籠 睦月によるオリジナル・ネット小説「夢の降る島」第1話夢見の島の眠れる女神の本文ページです。
 ジャンル(構成要素)は恋愛・青春・冒険・アクションなどです。
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【ミニ内容紹介】島と女神の真実を知らされたフィグ。
混乱するフィグにフレアはある決断を迫る…。
 
 
 
 
 
※この物語はフィクションです。
実在の人物・団体・事件・歴史的事実等とは関係ありません。
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