TOP(INDEXページ) 小説・夢の降る島|もくじ 第1話: 小説|夢見の島の眠れる女神 :断章
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断章 忘れられた創世神話Ⅱ

 ()みしめるように少女の願いを頭の中で(めぐ)らせた後、“彼”は静かに告げた。
「では、お前たちに“世界”をもう一つ(・・・・)(おく)ろう」
 その言葉の意味を、少女はすぐには理解できなかった。
「もう一つの世界?それは一体どのような世界(もの)なのですか?」
(ことわり)(しば)られたこの世界とは(こと)なり、無限(むげん)の自由が()られる世界だ。物理法則(ぶつりほうそく)にも肉体の限界に(しば)られることなく、過去と未来ですら混在(こんざい)する。強く思い(えが)けばどのようなことでも(かな)う世界だ。お前たちを、一日のうちの何時間か、その世界へ行って()ごせるようにしてやろう」
「あぁ……(なん)素晴(すば)らしい……。そのような世界に行くことができるのであれば、どれほど(みな)、心(いや)やされ、(すく)われることでしょう……」
 少女はうっとりと(つぶや)き、感謝(かんしゃ)の言葉を口にしようとした。だが“彼”は首を()り、それを()(とど)めた。
「“強く思い(えが)けば(かな)う”ということは、悪い想像(イメージ)でさえ、強く思えば形になってしまうということだ。人間(ひと)は、良い想像(イメージ)ばかりを(つね)に頭に思い()かべていられるような簡単(かんたん)な生物ではない。日々の生活の中で受けた心の傷(トラウマ)や不安は無意識(むいしき)のうちに(マイナス)想像(イメージ)(そだ)て、やがてはその(あら)たな世界すら(むしば)んでいくであろう。それは下手(へた)をすると今のこの世界よりずっとひどい地獄(じごく)()すであろうな」
「そんな……。それではあんまりです。どうか、その世界では人間(ひと)の頭に悪い想像(イメージ)()かばぬようにしてはいただけませんか?」
「……それはできぬ。(マイナス)想像(イメージ)にも存在(そんざい)する意味があるからだ。未来への不安を()くしてしまえば、人間(ひと)はそれを変えようと努力(どりょく)することをやめてしまう。それは人類(じんるい)存続(そんぞく)すら(あや)うくする重大な損失(そんしつ)だ」
「けれど……そのような悪い想像(イメージ)(あふ)れた世界では、(あら)たに世界を創造(そうぞう)していただく意味がありません」
「そうだ。だから私はその世界に、一人の管理者(かんりしゃ)()こうと思う」
「管理者、ですか?」
「そうだ。人々の心より生み出される悪い想像(イメージ)(マイナス)の感情を受け入れ、浄化(じょうか)し、絶望(ぜつぼう)希望(きぼう)()()える者だ。――それを、人類(ヒト)のうちより一人……そうだな、できれば(けが)れを知らぬ無垢(むく)なる者のうち、子を(いつく)しむ母のように他者(たしゃ)(いつく)しむ心を持つ者、絶望の中にあっても(くっ)することなく希望の道を(さが)し求められる者を(えら)び出し、その(にん)()えよう」
 そう言い“彼”はじっと少女を見つめた。その眼差(まなざ)しに、少女は“彼”の言わんとすることを(さと)り青ざめる。
「お()ちください!まさか、私がそうだとでも(おっしゃ)るのですか?私は到底(とうてい)そのような(うつわ)ではありません!」
「……いいや。お前はこの世界の絶望(ぜつぼう)を知りながら、そこから希望を見出そうと、その(すべ)を私に(ねが)った。それも自分だけが(すく)われる(すべ)ではなく、この世界の全ての人間が救われる(すべ)を求めて……。お前よりふさわしき者は、今この世界には存在(そんざい)しない」
「ですが……そのような大任(たいにん)人間(ひと)の身には(あま)ります!どうかもっとふさわしい管理者を、あなたの手で一から創造(そうぞう)してはいただけませんか?」
 少女は必死に(うった)える。だが“彼”は首を横に()った。
「それはできぬ。()が手で人間(ひと)ならぬものを(つく)り、その世界を()べる者として()えたところで、救いにはならぬ。なぜなら人類(ヒト)より上の立場の者には、人類(ヒト)(あわ)れむことはできても、その悲しみ、苦しみを(しん)に理解することはできないからだ。同じ人間(ひと)として同じ悲しみや苦しみを味わってこそ、それを()やし、(なぐさ)めることができるのだ」
 だが、少女はなおも(うった)え続ける。
「ですが、人間(ひと)の身で他人の――それも、世界中の人間の絶望(ぜつぼう)()やしていくなど、とても()えきれるとは思えません。たとえどのような強固(きょうこ)精神力(せいしんりょく)を持っていたとしても、いずれは絶望に(むしば)まれ、心を(くる)わせてしまうことでしょう」
「分かっている。だから何も永久(とこしえ)にその役目を続けよとは言わぬ。限界(げんかい)だと思ったならば、(ふたた)人類(ヒト)のうちより(あら)たな管理者を(えら)び、その(にん)()わるが良い」
 少女は思いつめたような表情(ひょうじょう)(だま)()んだ。長い沈黙(ちんもく)の後、か(ぼそ)い声で少女は()いた。
「……私の“希望”は、どうなりますか?人類(じんるい)(すべ)ての絶望を希望に()()えられるとして、それを(おこな)い続ける“管理者”には、何か希望があるのですか?」
 少女のひたむきな眼差(まなざ)しを“彼”は()(こう)から受けとめた。
「希望になるかどうかは分からぬが、管理者には“島”を一つ(あた)えよう。この世界と(あら)たなる世界との(はざま)、そのどちらでもあり、どちらでもない場所に、管理者の(のぞ)みを形とした美しき箱庭(はこにわ)を」
箱庭(はこにわ)の島……ですか?」
「ああ。ただ(なが)めるだけでも、(おのれ)の分身を(つく)りそこに()まわせても良い。(さみ)しくなったならその島に、この世界で居場所(いばしょ)()くした人間たちを(みちび)()せ、住人としても良い。君はそこで女神として(あが)められ、島の()(すえ)を見守り続けることになる。……君の(うしな)う本来の人生の()わりにはならぬだろうが、せめてもの(なぐさ)めにはなるだろう」
 少女はしばらく無言(むごん)でうつむき、一滴(ひとしずく)だけ(なみだ)(こぼ)した。
「分かりました。その役目、お引き受け(いた)します」
 そうやってようやく顔を上げた少女の顔には、覚悟(かくご)を決めたような微笑(ほほえ)みがあった。
「……それで、我々(われわれ)はこれから、その(あら)たなる世界を(なん)()べばよろしいのでしょうか?」
 少女の微笑(ほほえ)みを見つめ“彼”は(おごそ)()げる。その“世界”の名を。
「“夢”と()ぶが良い」
「“夢”――。未来への(ねが)いや理想(りそう)……“希望”と同じ意味を持つ名ですね」
「ああ。その名がふさわしかろう。そこは何ものであっても実体(じったい)を持つことのできぬ世界。しかし、それゆえに何ものにも(しば)られず、無限(むげん)の自由が()られる世界。(ねむ)りの間に肉体から(はな)れ出た(たましい)だけが行き来することのできる世界。そして……(うつつ)の世界で(きず)ついた(たましい)が、その中で()やされ、生きる希望を取り(もど)すための世界なのだから……」


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このページは津籠 睦月によるオリジナル・ネット小説「夢の降る島」第1話夢見の島の眠れる女神の本文ページです。
 ジャンル(構成要素)は恋愛・青春・冒険・アクションなどです。
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個人の趣味による創作物のため、全章無料でお読みいただけますが、
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【ミニ内容紹介】これは、世界の真ん中で眠り続ける女神と、彼女の守る世界の物語。
メーテルリンクの青い鳥と、赤毛のアンと、諸々の外国製ファンタジー映画を
全部ミキサーにかけてミックスジュースにしたような(?)ピュアでイノセントで時々カオスな
児童文学風癒やし系ファンタジーWeb小説(オリジナル)!
 
 
 
 
 
※この物語はフィクションです。
実在の人物・団体・事件・歴史的事実等とは関係ありません。
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