噛みしめるように少女の願いを頭の中で巡らせた後、“彼”は静かに告げた。
「では、お前たちに“世界”をもう一つ贈ろう」
その言葉の意味を、少女はすぐには理解できなかった。
「もう一つの世界?それは一体どのような
「理に縛られたこの世界とは異なり、無限の自由が得られる世界だ。物理法則にも肉体の限界に縛られることなく、過去と未来ですら混在する。強く思い描けばどのようなことでも叶う世界だ。お前たちを、一日のうちの何時間か、その世界へ行って過ごせるようにしてやろう」
「あぁ……何と素晴らしい……。そのような世界に行くことができるのであれば、どれほど皆、心癒やされ、救われることでしょう……」
少女はうっとりと呟き、感謝の言葉を口にしようとした。だが“彼”は首を振り、それを押し止めた。
「“強く思い描けば叶う”ということは、悪い
「そんな……。それではあんまりです。どうか、その世界では
「……それはできぬ。
「けれど……そのような悪い
「そうだ。だから私はその世界に、一人の管理者を置こうと思う」
「管理者、ですか?」
「そうだ。人々の心より生み出される悪い
そう言い“彼”はじっと少女を見つめた。その眼差しに、少女は“彼”の言わんとすることを悟り青ざめる。
「お待ちください!まさか、私がそうだとでもおっしゃるのですか?私は到底そのような器ではありません!」
「……いいや。お前はこの世界の絶望を知りながら、そこから希望を見出そうと、その術を私に願った。それも自分だけが救われる術ではなく、この世界の全ての人間が救われる術を求めて……。お前よりふさわしき者は、今この世界には存在しない」
「ですが……そのような大任、
少女は必死に訴える。だが“彼”は首を横に振った。
「それはできぬ。我が手で
だが、少女はなおも訴え続ける。
「ですが、
「分かっている。だから何も永久にその役目を続けよとは言わぬ。限界だと思ったならば、再び
少女は思いつめたような表情で黙り込んだ。長い沈黙の後、か細い声で少女は訊いた。
「……私の“希望”は、どうなりますか?人類全ての絶望を希望に塗り替えられるとして、それを行い続ける“管理者”には、何か希望があるのですか?」
少女のひたむきな眼差しを“彼”は真っ向から受けとめた。
「希望になるかどうかは分からぬが、管理者には“島”を一つ与えよう。この世界と新たなる世界との間、そのどちらでもあり、どちらでもない場所に、管理者の望みを形とした美しき箱庭を」
「箱庭の島……ですか?」
「ああ。ただ眺めるだけでも、己の分身を創りそこに住まわせても良い。寂しくなったならその島に、この世界で居場所を失くした人間たちを導き寄せ、住人としても良い。君はそこで女神として崇められ、島の行く末を見守り続けることになる。……君の失う本来の人生の代わりにはならぬだろうが、せめてもの慰めにはなるだろう」
少女はしばらく無言でうつむき、一滴だけ涙を零した。
「分かりました。その役目、お引き受け致します」
そうやってようやく顔を上げた少女の顔には、覚悟を決めたような微笑みがあった。
「……それで、我々はこれから、その新たなる世界を何と呼べばよろしいのでしょうか?」
少女の微笑みを見つめ“彼”は厳かに告げる。その“世界”の名を。
「“夢”と呼ぶが良い」
「“夢”――。未来への願いや理想……“希望”と同じ意味を持つ名ですね」
「ああ。その名がふさわしかろう。そこは何ものであっても実体を持つことのできぬ世界。しかし、それゆえに何ものにも縛られず、無限の自由が得られる世界。眠りの間に肉体から離れ出た魂だけが行き来することのできる世界。そして……現の世界で傷ついた魂が、その中で癒やされ、生きる希望を取り戻すための世界なのだから……」