第四章 棄てられた姫(8)
淡々と話されたその内容に、俺は激昂した。
「なんという身勝手な話だ。花夜、お前は国の皆を憎まなかったのか?なぜ、お前をそんな目に遭わせた国のために、危険な勧請の旅など引き受けたのだ!?」
「憎んでいないと言ったら、嘘になるのかも知れません。でも、私は皆を憎みたいわけではありません。だって、誰かを憎むのは苦しいことだから……。憎まれるだけでも苦しいのに、自分まで憎しみに染まってしまったら、心の内が痛くて、苦しくて、自分で自分を傷つけてばかりで、とても生きていけません。私はきっと、ただ哀しいだけなのです。憎まれるのが、哀しくて、辛くて、憎しみではなく愛を向けて欲しくてたまらないのです」
それは皮肉も苦みも何もかもが消えた、ただひたすらに静かで穏やかな声だった。絶望などもはや味わい尽くし、憎しみも何もかも既に乗り越えてしまったとでもいうような声だった。
「私は、これまでずっと母のようになろうと努力してきました。言葉や仕草を真似てみたり、母のような霊力を得ようと巫女の修行に励んだり……。母のようになれれば、皆が母に向けていたのと同じ想いを、私にも向けてくれると思ったからです。けれど、どれほど努力を重ねても、誰も私のことを顧みてはくれませんでした。もうこれ以上、何を努力すれば良いのか分からなくて、苦しくて……ですから、父から勧請の旅を命じられた時、私は何のためらいもなくそれを承諾したのです。鎮守神をお迎えすることができれば、皆が私を見る目を変えてくれると思ったから……」
そこまで言って、花夜は顔を伏せた。
「ごめんなさい、ヤト様。私はこのように卑小な人間です。国のため、戦を避けるためと言いながら、本当は国民に私のことを認めさせたいだけだったのです。……私のことを、軽蔑なさいますか?」
泣きそうな顔で、おそるおそる花夜が問う。俺は深々とため息をついた。
「するわけがないだろう。一緒にいたのは短い間だが、お前の心根が歪んでいないことくらい、とうの昔に知っている。皆に認められたい、愛されたいと思うことの何が悪いと言うのだ。お前が国を守り、争いを無くしたいと望んでいるのは本当のことだろう。そこに少しばかり個人的な望みが加わったところで大したことではない」
「ヤト様……」
花夜は潤んだ目で俺を見た。遠慮がちに俺の衣を握り、花夜は溜め息のように囁いた。
「ありがとうございます。……ヤト様が、私の神様で良かった」
※このページは津籠 睦月によるオリジナル和風ファンタジー小説「花咲く夜に君の名を呼ぶ」のモバイル版本文ページです。
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