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和風ファンタジー小説
花咲く夜に君の名を呼ぶ

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第四章 ()てられた姫(5)

 それは花夜の父・萱津彦(かやつひこ)が父親を(いくさ)で亡くし、まだ二十歳(はたち)にもならぬ若さで首長の座に()いてから、しばらく()った頃のことだった。花蘇利の浜辺に一艘(いっそう)刳舟(くりぶね)が流れ着いた。中にいたのは気を失って倒れ伏した一人の少女。
 それは白鷺(しらさぎ)を思わせるほっそりとした首と真珠(しらたま)のように白い肌を持つ、繊細(せんさい)に整った顔立ちの少女だった。
 しかも彼女は花蘇利の民が今までに目にしたことも無いような衣裳(いしょう)に身を包んでいた。胸元を赤い(ひも)で結んだ白い上衣は極上(ごくじょう)の柔らかさを持つ練絹(ねりぎぬ)で織られ、しかもその(そで)は細かなひだを重ね、鳥の翼を()したかのような不思議な形をしていた。足先までを(おお)う長い()は色鮮やかな朱華(はねず)。肩に()けられた生絹(すずし)領巾(ひれ)には鳥の羽根の模様が()りつけられ、高く()った髪の根元にも、やはり大きな鳥の羽根が(かざ)られていた。幅広(はばひろ)の腰帯には五つの鈴を持つ鈴鏡(れいきょう)。高い身分を(うかが)わせるように、耳には金の耳飾りが()れ、首にも勾玉(まがたま)と丸玉の首飾りが二重に巻かれていた。
 腰に鈴鏡を()びるのは東国(とうごく)では巫女の(あかし)(どろ)(よご)れてはいても、その衣裳が神()まぬ国には到底(とうてい)作れぬような高度な技術で作られた上等な巫女装束(しょうぞく)であり、それを身に着ける少女が何処(どこ)かの国で神に仕える高貴な巫女姫であることは誰の目にも明らかだった。
 話を聞き()けつけてきた萱津彦は、少女の姿を見るなり言葉を失った。しばらくの間は少女以外は目に入らず、何も考えられないような有様(ありさま)だったと言う。そして敵国の(わな)を疑う臣下たちの反対も聞き入れず、彼は少女を自らの(やかた)に運ばせると、侍女(じじょ)たちに命じ彼女を手厚く看護(かんご)した。
 そんな萱津彦の姿に、臣下たちは悟らざるを()なかった。この若き首長が、美貌(びぼう)の少女に一目(ひとめ)で心(うば)われてしまったことを。しかもそれは、萱津彦にとって生まれて初めての恋。それまでに彼が経験してきた(たわむ)れの恋などとはまるで(ちが)う、自分でも制御(せいぎょ)しきれないほどの、狂おしく(あや)うい恋だったのだ。
 ()れて汚れた衣裳を着替えさせられ、きれいに整えられた寝床(ねどこ)の中で、やがて少女は目を覚ました。だが目覚めた彼女は一切を忘れ、自分が何者であるのかも分からなくなっていた。
 萱津彦は少女に記憶が無いことを知ると、彼女が花蘇利に流れ着いた時に身につけていた一切のものを、首長と臣下以外は立ち入ることの許されない米蔵(こめぐら)の奥深くに(かく)した。そして彼女に真実を思い出させぬよう、周りの者全てに口封じをした上で、(いつわ)りの過去を少女に教えたのだ。偽りの名を与え、偽りの身分を与え、少女がいづれ首長(おびと)の妃となる運命(さだめ)なのだと信じ込ませた。そして記憶を()くして不安がる彼女の心に付け込み、甲斐甲斐(かいがい)しく世話を焼き……ついには本当に彼女を己の妃としてしまった。
 神と(ちぎ)りを結んだ(カンナギ)はそのほとんどが、己の神以外に()れられると霊力を(うしな)ってしまう。それは大概(たいがい)の巫がその神を生涯(しょうがい)伴侶(はんりょ)とする契りを結んでいるからであり、神以外の者と契りを結ぶことが神に対する裏切りとなるからである。
 しかし神と巫との関係性はそれだけが全てではなく、たとえば伴侶としてではなく、親子や友人のような関係性を結んでいる神と巫も少なくはない。そうした場合は巫が神以外の人間と結ばれようと霊力を喪いはしないのだが、鳥羽もまた、そうした巫の一人だった。

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※このページは津籠 睦月によるオリジナル和風ファンタジー小説「花咲く夜に君の名を呼ぶ」のモバイル版本文ページです。

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