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和風ファンタジー小説
花咲く夜に君の名を呼ぶ

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第四章 ()てられた姫(3)

 それは彼女の姿を見た瞬間から予想できていた言葉だった。だがそれでも、その言葉が花夜に与えた衝撃(しょうげき)(はか)り知れない。
 花夜は(こお)りついたように雲箇を見つめ、一瞬その身をふらりと(かたむ)かせた。だがすぐにハッとしたように表情を改め、胸を張り、雲箇に対抗するように名乗りを上げる。
「私の名は花夜。ヤトノカミの巫女にして、千葉茂る花蘇利国、萱津彦(かやつひこ)の娘です」
 その座を奪われ、もはや社首と名乗ることはできなくとも、それは精一杯の(ほこ)りと威厳(いげん)に満ちた、堂々とした名乗りだった。その名乗りに雲箇(うるか)は一瞬、(きょ)()かれたように無言になった後、怪訝(けげん)そうに問い返してきた。
「まぁ。ではそなた、国を追われた先代の社首(やしろおびと)ではありませんか。どうして今更(いまさら)ここへ戻って来たのですか?」
 その言葉に、花夜は信じられぬと言うように目を見開く。
「国を追われた?何ですか、それは。私は知りません。だって私は、花蘇利に鎮守神(ちんじゅしん)をお迎えするために旅に出されたはず……」
「これはまたおかしなことを。花蘇利国は(みずか)ら霧狭司の前に屈服(くっぷく)し、水神(すいじん)様の加護(かご)の下に入ることを決断したのです。それなのに、わざわざ危険な勧請(カンジョウ)の旅に姫を(つか)わすなど、ありえないではありませんか。そなたは()てられたのです。新しき神の信仰を広めるにあたり、古き信仰の象徴(しょうちょう)など不要。新しき社首(やしろおびと)を迎え入れるにあたり、先代の社首を『始末(しまつ)』するのは当然のことではありませんか」
 ひどく残酷(ざんこく)な言葉を、雲箇は表情一つ変えずに告げる。花夜はそれを否定するように(はげ)しく首を()った。
「そんなこと、(うそ)です!だって父さまは、旅立つ私の頭を()でて『()()』って言ってくれました!旅の無事を祈ってくれました!なのに……それが(いつわ)りだったなんて、そんなこと、あるはずが……」
 必死に叫びながらも、花夜は自分で自分の言葉を信じきれていないような、そんな目をしていた。
「……仕方がありません。信じられぬと言うならば、その目と耳で確かめるが良いでしょう。水神(すいじん)様の(おさ)める地に(まね)かれざる神を引き入れた罪は、本来ならば死に(あたい)するところですが、いたづらに死人を出し(けが)れを生んでは、私の霊力に支障(ししょう)が出ますので」
 どこまでも自分勝手なその発言に、俺は雲箇を(にら)みつけた。だが、それ以上どうすることもできなかった。雲箇の背後には水神がついている。到底(とうてい)俺の(かな)う相手ではない。
 花夜は迷うように視線をさまよわせた後、覚悟(かくご)を決めたように(うなず)いた。
「分かりました。会わせて下さい、父さまに」

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