オリジナル小説サイト|言ノ葉ノ森

和風ファンタジー小説
花咲く夜に君の名を呼ぶ

TOPもくじ
 
本文中の色の違う文字部分をタップすると別窓に解説が表示されます。

第四章 ()てられた姫(2)

 血の()が引いていくのが自分でも分かった。
「花夜、今すぐ俺のそばから離れろ!……いや、ここで一人にさせるのは、かえって危ないか。しかし……」
 考えもまとまらぬままに、とにかく花夜だけは逃がそうと俺は必死に怒鳴(どな)る。だが花夜は当然戸惑(とまど)うばかりだった。
「何を(あせ)っておいでなのですか、ヤト様。何故(なぜ)、離れろなどとおっしゃるのですか?」
「とにかく行くぞ!少しでも神社の場所から距離をとらねばならん」
 俺は花夜の手をとり立ち上がらせると、すぐに(しげ)みを()き分け、森の奥へと()け出した。花夜は何も分からぬまま、それでも(だま)って俺について来る。だが、ただでさえ長旅で(つか)れている上、岐神(クナトノカミ)との闘いの傷も()えてはいないのだ。花夜は次第(しだい)に呼吸を荒くしていき、ついには足をもつれさせ、転んでしまった。
「花夜!」
「大丈夫、です……。先へ行って下さい」
「何を言う!お前、(ひざ)が震えてまともに立てていないではないか!」
 俺は己の不甲斐(ふがい)なさに歯噛(はが)みした。いつもそうだ。精霊だったあの(ころ)も、神となってからも、俺はただ一人の人間すら守りきれていない。
 俺はその場に腰を(かが)め、()り傷だらけの花夜の手当てを始めた。
「すみません。私がもっとちゃんと走れれば……」
「お前が(あやま)ることではない。悪いのは俺だ」
「あの、私にはまだ分からないのですが、何故(なぜ)逃げなければならないのですか?」
「神使の一匹を捕らわれたと言っただろう。神使と俺は(タマ)()で結ばれているのだ。それはすなわち……」
「すなわち、魂の緒をたどれば、その主の元へ行き着けるということ」
 ふいに(りん)とした声が森に響いた。ぎょっとして振り返ると、そこにはいつの間に現れたのか、一人の巫女の姿があった。つややかな黒髪を頭上高くから()()らし、白い上衣と燃えるような深紅(しんく)()に身を包んだ、年の(ころ)十七、八と(おぼ)しき巫女だ。その手には、ヒサゴの(つる)で全身を(しば)り上げられた、俺の神使の一匹が(にぎ)られていた。
「そなた達ですね。この白蛇(はくじゃ)を神社に(はな)ったのは」
 巫女は音も無くこちらに歩み寄って来る。兵士の一人も連れていないというのに、こちらを(おそ)れる様子など全く無く、それどころかその顔にはどんな表情も浮かんではいなかった。無駄(むだ)な動きが一切無く、感情ですら表さないその(さま)は、生きている人間のものとは思えず、まるで神か精霊か、あるいはよくできた人形でも目にしているかのような不気味さを(かも)し出していた。
「……あなたは、霧狭司国(むさしのくに)の八乙女の一人ですね」
 花夜が警戒心(けいかいしん)(あらわ)に問う。目の前の巫女が相当に高い身分の姫であることは、その身につけた(あざ)やかな()の色からも明らかだった。『(くれない)八入(やしお)』と呼ばれるその色は、高価な紅花を()しみなく使い、さらにその染液に何度も何度も数えきれぬほど(ひた)し入れなければ出せない。花夜が身につけていた裳のような、(あかね)で染める茶色がかった緋色(ひいろ)とは根本からして(ちが)う、(ぜい)と手間を()くしたものなのだ。
 巫女は花夜の問いにほんのわずか、美しい(まゆ)をひそめた。
「自らは名乗らず、私に名乗りを求めるのですか。まあ、良いでしょう。たとえ礼を欠いていようとも、問われたからには答えて差し上げます。私は水響(みずとよ)む霧狭司国の八乙女が一人、雲箇(うるか)。国を(おさ)める二十一氏族が一つ、葦立氏(あだちし)の姫。そして霧狭司の国王の命により(つか)わされた、花蘇利国(このくに)の新しき社首(やしろおびと)です」

戻るもくじ進む

※このページは津籠 睦月によるオリジナル和風ファンタジー小説「花咲く夜に君の名を呼ぶ」のモバイル版本文ページです。

ページ内の文字色の違う部分をクリックしていただくと、別のページへジャンプします。
個人の趣味による創作のため、全章無料でご覧いただけますが、著作権は放棄していませんので、無断転載等はおやめください。

モバイル版はPC版とはレイアウトが異なる他、ルビや機能が少なくなっています。

 

 

inserted by FC2 system