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和風ファンタジー小説
花咲く夜に君の名を呼ぶ

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第三章 岐路(きろ)に立つもの(4)

 叫んだが、遅かった。花夜は跳ね飛ばされ、悲鳴を上げて倒れる。
『大丈夫か!?』
 俺の声に、花夜はむくりと起き上がる。だがその目は俺ではなく、男神にひたと向けられていた。何か重大なことに気づいたかのような顔で。
「『クナ』……。そうでしたか。その言霊にも意味があったのですね。分かりました。あなたの正体が」
 花夜は男神を正面から見据え、毅然(きぜん)と告げた。
「国の境の岐路に()き立ち、外から来るモノを『来な(クナ)』と阻む、視えざる戸――あなたは、国境の目印に立つ杖の神ですね。……『衝立岐神(ツキタツクナトノカミ)』様」
 それは、国の境目を守る境界神の名だった。国境を示し、そこを守るために突き立てられる杖に宿る神の名――花夜がその名を口にした途端(とたん)、男神の顔が苦しげに(ゆが)みだした。
「よくも……我が真名を……っ!」
 男神は怒りに顔を染め、花夜に(つか)みかかろうと手を伸ばす。しかし、その腕は(どろ)のようにぐにゃりと曲がり、胴体と同化して消え失せた。(いな)、腕だけでなく、男神の全身が、くねり、歪み、色を変え、別のものへと変わっていく。驚き立ちすくむ花夜の目の前で、男神は地に突き立つ一本の杖へと姿を変えた。上部にヒサゴの(つる)がからまった、大きな木の杖だ。
 花夜はおそるおそるその杖に近づき、触れてみる。
「これは間違いなく、花蘇利の国境にあった杖……!でも、どうして元に戻ったのでしょう?」
 花夜は何が起きたのか全く分かっていない顔で俺を見る。
化生(けしょう)の神は、(けが)れを知らぬ幼子(おさなご)にその本性を見破られると、変化(へんげ)を保てなくなると聞いたことがある。俺もこの目で見るのは初めてだが……』
 軽い感動さえ覚えて言うと、花夜は(ほお)をふくらませた。
「『幼子』って……、私はもう十四です。幼くなどありません!」
「そういうことではない。お前の心が幼子のように無垢(むく)で穢れがないという話だ」
 俺は大刀から人の姿へと戻り、杖に歩み寄る。そして手指を真っ直ぐに伸ばし、杖の上部へ向け一閃させた。杖に巻きつけられたヒサゴの(つる)だけが、手刀(しゅとう)に切り裂かれ地に落ちる。花夜はそれをじっと見つめ、(かた)い声で言った。
「ヒサゴは水神様の象徴、でしたよね」
「ああ。おそらく、この(つる)に霧狭司の巫女の呪術がかけられていたに違いない。これを断ち切った以上、岐神(クナトノカミ)が霧狭司側に味方することは、もう無いと思うが」
「神さえも従わせるほどの霊力の持ち主なのですね、霧狭司の八乙女は」
 花夜の声には(かく)しきれない恐怖がにじんでいた。
「今からでも遅くはない。引き返すか?」
 国境の岐路(わかれみち)の上で、俺は問う。だが花夜は、自らを(ふる)い立たせるように強く(こぶし)を握り、首を振る。
「いいえ、行きます。行かなければならないのです」
「……そうか」
 俺はただうなずいた。胸を(ふさ)ぐ暗い予感から目をそらしながら。

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