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和風ファンタジー小説
花咲く夜に君の名を呼ぶ

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第三章 岐路(きろ)に立つもの(2)

「花夜……」
 俺は花夜の震える肩に、そっと手を置いた。
「どうする、花夜。守るべき国が既になくなったとなれば、お前が今、命を()けてまで戻ることはないと思うが。一度退()いて万全(ばんぜん)の準備をした後に戻るのも一つの手段ではないのか?」
 言いながらも、花夜がここで退くはずがないと、俺には分かっていた。そしてその予想に(たが)わず、花夜は首を横に振って立ち上がった。
「いいえ。今行かねばなりません。今行かねば救えぬ命もあるでしょう。それに、たとえ国が滅んだとしても花蘇利の民の最後の一人までを守り抜くのが花蘇利の姫たる私の義務です」
 花夜はまだ震える足で男神の前へ進み出て、精一杯声を張り上げた。
「私は千葉茂る花蘇利国の社首(やしろおびと)・花夜です。そこをお通し下さい」
 花夜の名乗りを、男神は鼻で嘲笑(わら)った。
「花蘇利の首長(おびと)の娘か。(なんじ)はもはや、社首ではない。花蘇利の神社には既に霧狭司の八乙女(やおとめ)の一人が入っている」
「八乙女……。そうか、汝を()んでここを守らせたのは、その八乙女なのだな」
 八乙女は、霧狭司の有力氏族(しぞく)の姫達により構成される、高位の巫女集団だ。幼い頃より神宮でひたすら祈道(キドウ)の修行に(はげ)み、その霊力は並の巫女が十人(たば)になっても(かな)わないと言われている。
 花夜はきゅっと唇をひき結び、俺を見た。
「ヤト様、御力を貸して下さい。私はどうしても花蘇利へ戻らなくてはいけないんです。だから……っ」
 力を貸せば、花夜を戦いへ向かわせることになる。俺はわずかの間、ためらった。だが結局は、花夜のすがるような目にうなずかざるを得なかった。
「……ああ。俺はお前の神だ。その()がい、叶えよう」
「良いか花夜、しっかりと(にぎ)っていろ」
 俺は花夜の手のひらに己の手を重ね、()を閉じた。その瞬間、俺の身体は銀の光と化し、()けるように形を()くす。光は一瞬、蛇のように長く細く伸びた後、一振(ひとふ)りの大刀(たち)へと変わる。銀色に光る刀身には(きん)象嵌(ぞうがん)で龍の姿が()り込まれ、柄頭(つかがしら)には透彫(すかしぼり)(ほどこ)した()っか状の(かざ)りがきらめく。花夜の肩の高さに達するほどの長さの直刀(ちょくとう)――それが、俺の本性だった。
「なんて見事な御神刀……。それに、なんて軽いのでしょう……。まるで空気をつかんでいるようです」
 花夜は見惚(みと)れたようにつぶやいた後、ハッとしたように顔色を変えた。
「お待ち下さい、ヤト様!私、大刀を握ったことなどありません!私ごときの(うで)で神に(いど)むなど、無理です!」
『心配するな。お前は巫女。戦士のように(やいば)(まじ)える必要はない。魂振(タマフリ)で戦うのだ』
 その言葉に、花夜は目をみはり、驚いたように俺を見つめた。
魂振(タマフリ)を……!?よろしいのですか?」
 魂振を許すということは、神体と神の霊力をともにその手にゆだねるということ。よほど信頼している相手でなければ許すことができない。だが俺に迷いは無かった。
『ああ。お前にならば許そう。お前は俺が(ちぎ)りを()わしたただ一人の巫女だからな』
 俺の言葉に花夜は神妙に頭を下げると、柄を(にぎ)り直し、改めて男神を見据えた。
「男神様、どうかそこをお退()き下さい。でなければ、力づくで通らせて頂きます」
「我に戦いを挑むか。少女と言えど、容赦(ようしゃ)はせぬぞ」

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※このページは津籠 睦月によるオリジナル和風ファンタジー小説「花咲く夜に君の名を呼ぶ」のモバイル版本文ページです。

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