第三章 岐路 に立つもの(1)
「あれが花蘇利 の国府 か」
国境間際の丘の上、わずかに開 けた木々の隙間 から集落を見下ろし、俺はつぶやいた。
『千葉 茂 る花蘇利国 』は湾に面した平野 に広がる、その名の通り千の葉が生 い茂る緑豊かな国だった。国府は高い木の塀でぐるりと囲われ、その中にさらに、二重の柵 で守られた国庁 と、二重の空堀 に囲まれた神社が見える。遠目に見ただけでは他国の侵略 の様子などは見てとれず、集落は奇妙な静寂 に満ちていた。
「まずはとにかく、ある程度 まで国府に近づき、神使 の蛇達に中の様子を探 らせよう。俺はこの辺りのことには詳 しくないから、案内してくれ」
「はい」
花夜は気丈 にうなずくが、その瞳には動揺 と不安が浮かんでいた。まだ年若い娘には酷 な状況だ。だが花夜はためらいや迷いを一気に呑 み込むように深く息を吸うと、強い決意を秘めた眼差 しで歩き出した。その小さな背中を見つめながら、俺も一つの決意を固めていた。
(……あの時のようにはさせぬ。今度こそ守ってみせる。せめて、ただ一人だけでも……) 俺達は国府へ向け慎重 に歩みを進めた。だが、わずかに進んだ後、ふいに花夜が足を止めた。
「どうした、花夜」
「……変です。この辺りには確か、国境の目印となる杖があったはずですのに……」
花夜は何かを探すように周囲を見渡しながら、何度も首をひねる。
「霧狭司 の国の人間によって引き抜かれでもしたのではないか?行くぞ」
「はい……」
花夜は釈然としない顔をしながらも、再び先に立って歩きだした。
直後、その身がふいに宙に浮いた。
「きゃあっ!?」
身動き一つもできない間に、花夜の身体 が元来た方角へと吹き飛んでいく。それはまるで、視 えざる手につまみ上げられ、放り投げられたかのようだった。俺は血相 を変えて駆 け寄る。
「花夜っ!無事か!?」
「……はい、なんとか。でも、一体何が……」
花夜は手足に負った擦 り傷に顔をしかめながら、よろよろと立ち上がる。その時、俺たちの行く手から声が上がった。
「外より来たりし者達よ。ここより先、一歩でも中に踏み入ることは、我が許さぬ」
視線を移せば、先ほど花夜が踏み越えようとしていた辺りに、いつの間にか一人の男が立っていた。道を塞 ぐようにして立つその見知らぬ男は、頭にヒサゴの葉と蔓 でできた冠をかぶっていた。
「ここより先は、水を司る尊 き姫神・水波女神 の治 められる国。他国の者は即刻立ち去られよ。さもなくば、力づくで排除する」
びりびりと空気を震わせるその声には、聞く者の心に畏 れを抱かせる強い言霊 が籠 もっていた。俺はハッと男の顔を凝視する。この男は、人間ではない。神だ。人の姿をとった男神 なのだ。
「花蘇利が水神 様の治める国……?そんな……、それでは、もう既 に国府は陥落 していると……?」
男神の言葉に、花夜は目を見開き、糸が切れたようにくたりとその場に膝 をついた。
国境間際の丘の上、わずかに
『
「まずはとにかく、ある
「はい」
花夜は
(……あの時のようにはさせぬ。今度こそ守ってみせる。せめて、ただ一人だけでも……) 俺達は国府へ向け
「どうした、花夜」
「……変です。この辺りには確か、国境の目印となる杖があったはずですのに……」
花夜は何かを探すように周囲を見渡しながら、何度も首をひねる。
「
「はい……」
花夜は釈然としない顔をしながらも、再び先に立って歩きだした。
直後、その身がふいに宙に浮いた。
「きゃあっ!?」
身動き一つもできない間に、花夜の
「花夜っ!無事か!?」
「……はい、なんとか。でも、一体何が……」
花夜は手足に負った
「外より来たりし者達よ。ここより先、一歩でも中に踏み入ることは、我が許さぬ」
視線を移せば、先ほど花夜が踏み越えようとしていた辺りに、いつの間にか一人の男が立っていた。道を
「ここより先は、水を司る
びりびりと空気を震わせるその声には、聞く者の心に
「花蘇利が
男神の言葉に、花夜は目を見開き、糸が切れたようにくたりとその場に
※このページは津籠 睦月によるオリジナル和風ファンタジー小説「花咲く夜に君の名を呼ぶ」のモバイル版本文ページです。
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