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和風ファンタジー小説
花咲く夜に君の名を呼ぶ

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第五章 花に()がう(4)

「……おはよう、ございます。ヤト様……」
 明くる日、朝の挨拶(あいさつ)をしてきた花夜の(ほお)は、ほのかに赤く染まっていた。言葉もどこかぎこちなく、俺と目を合わせようともしない。
「あ、あの……、昨夜は、失礼(いた)しました。神様に対し、あのような真似(まね)を……」
「俺にしがみついて泣いたことか?(かま)わん。そもそも先に抱いたのは俺の方だったであろうが」
 その言葉に、花夜の顔がさらに赤みを()す。花夜はしばらく口もきけない様子でうろうろと視線をさまよわせた後、俺に聞こえないと思ったのか、小さな声でつぶやいた。
「ヤト様って、罪作りな(かた)……」
 年頃(としごろ)の少女らしく照れているのだと判断し、俺はその話題にそれ以上は触れなかった。
 朝食用の食材を集めて来させるべく、おもむろに神使(カミツカイ)の蛇達を()び出すと、それを見た花夜がハッとしたように腰に下げた小袋に手をやった。
「朝食の支度(したく)ですね。確かまだ袋の中に乾飯(ほしいい)が残っていたはず……」
 言いかけ、花夜はふいに言葉を止めた。その指が袋の中から、木の皮に包まれた何かを取り出す。
「何だ、それは」
花蘇利(かそり)へのおみやげにしようと思っていた花の種です。あの日、木霊(コダマ)の少女からもらった……」
 包みを()き、その花の種を手のひらの上に乗せ、花夜は故郷を振り返った。
 朝霞(あさがすみ)のたなびく花蘇利(かそり)の国府は、(あけぼの)の光に照らされ、炎のような朱金(しゅきん)の色に(あわ)く輝いていた。(いま)だ人の起き出す気配はなく、ただ遠くから(かす)かに(にわとり)の鳴く声が聞こえてくる。
 花夜は何かを決意した顔で、その場に身を(かが)めた。
「ヤトノカミの巫女・花夜の名において、今よりこの花を『幸有(さくあら)(はな)』と名付けます。幸有(さくあら)の花よ、我が()がいを叶えたまえ。その名にかけて、花蘇利国(かそりのくに)にこの先も()()らんことを……」
 花夜は種を両手で包み込み、目を閉じて(いの)る。その手のひらの内に一瞬、蛍火(ほたるび)のような光が(うま)れるのが見えた。花夜の()がいを込めた祈魂(ホギタマ)が、幸有(さくあら)の花の種に宿った瞬間だった。
 花夜はそのまま素手(すで)で地を()り、幸有の花の種を一つ()めた。
「なぜ、そのようなことをする?」
 問うと、花夜は立ち上がり微笑(ほほえ)んだ。
「国内に植えてくることはできませんので、ここに植えて行きます。ここならばいずれ、国の(みんな)にも見てもらえると思うのです」
「そうではない。なぜ、お前を()てた国の幸せなど祈るのだ?国民達は皆、お前のことを簡単に見放(みはな)したのだぞ」
「はい。正直に言って、複雑な気持ちはありますけど……。でも、仕方(しかた)がないのかも知れません。今になって思うと、私、自分が本当に国の皆を救いたいと思ってきたのか、自分でも分からないんです。もしかしたら私は、社首(やしろおびと)としてあるべき理想の姿をただ演じていただけなのかも知れません。皆に認めてもらって、母さまと同じように愛してもらうために」
「しかし、それで国民達のしたことが(ゆる)されるわけではないだろう。真意がどうであったとしても、お前が、お前を(うと)ましがってきた国民達を(いのち)()けで守ろうとしていたことは事実だというのに」
「だからと言って、それであの人達を(にく)むのでは『負け』だと思うのです」

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