オリジナル小説サイト|言ノ葉ノ森

和風ファンタジー小説
花咲く夜に君の名を呼ぶ

TOPもくじ
 
本文中の色の違う文字部分をタップすると別窓に解説が表示されます。

第五章 花に()がう(1)

 半日ほども待った後、ようやく花蘇利(かそり)首長(おびと)萱津彦(かやつひこ)は現れた。
 どことなく花夜に似た顔立ちのその男は、身体(からだ)つきや顔のつくりは聞いていた年齢より若く見えるほどだったが、その瞳は若々しさとはほど遠く、どこか(つか)れたように暗く(うつ)ろに(かげ)っていた。
「花夜……。戻って来てしまったか」
 命()けの旅から帰って来た娘に対し、彼は表情一つ動かすことなく、ただ『戻って来て欲しくはなかった』とでも言いたげにそう言った。その声音(こわね)から感情は一切読み取れなかった。
「父さま、答えて下さい。雲箇(うるか)姫の言葉は本当なのですか?花蘇利は自ら霧狭司(むさし)の支配を受け入れたのですか?」
 花夜が飛びつかんばかりの勢いで問う。萱津彦は静かに答えを返した。
「今ならば、単なる属国としてではなく、霧狭司を(おさ)める(あら)たな氏族(しぞく)の一つとして(むか)え入れてくれるそうだ。これは破格(はかく)厚遇(こうぐう)だ。この機会を(のが)せば次は無いかも知れない。花蘇利という国はなくなってしまうが、氏族の一つとして霧狭司の政治に関われるのであれば、花蘇利の住民の生活も維持(いじ)できるだろう。それにこれでもう、霧狭司の影に(おび)えて生きていくことはなくなるのだ」
「そのために、私を()てたのですか?霧狭司国(むさしのくに)に私を始末(しまつ)するように言われて、それをそのまま受け入れたのですか?」
「私も努力はした。殺せと言うのを追放に(とど)めてもらうことができた。だが、それ以上はどうにもならなかった。私は首長(おびと)だ。娘一人よりも国のことを優先させる義務がある」
 花夜はそれを聞きながら、ぎり、と(くちびる)()みしめた。
「ならば、なぜ私に(うそ)をついたのですか?花蘇利に鎮守神(ちんじゅしん)(むか)えて来いだなどと、生きて戻って来れぬかもしれぬ危険な旅を、なぜ私にお命じになったのですか!?」
 萱津彦は何も答えない。花夜は泣きそうな顔で言葉を続けた。
「真実を話して私になじられるのが(いや)で、その場しのぎの(うそ)をついたのですか!?あの時、私の頭を()でて『()()れ』と言ってくださった、あれも(いつわ)りだったのですか?」
 萱津彦はなおも沈黙(ちんもく)を続ける。花夜は消え入るような声で告げた。
「……(うれ)しかったのに。母さまがいなくなってから、初めて優しい言葉をかけてもらえて……。勧請(カンジョウ)の旅を無事(ぶじ)に果たすことができれば、(みんな)(ゆる)してもらえて、また昔のような暮らしに戻れると、信じていたのに……」
「……すまぬ」
 萱津彦が返したのはたった一言だけだった。悲しみと(いか)りに(ふる)える花夜を納得(なっとく)させるには、到底(とうてい)()りぬ言葉だ。
 花夜は泣きそうに表情を(ゆが)め、さらに何かを言おうと口を(ひら)きかけた。その時、花夜の(こし)五鈴鏡(ごれいきょう)にぼんやりと光が宿った。

戻るもくじ進む

※このページは津籠 睦月によるオリジナル和風ファンタジー小説「花咲く夜に君の名を呼ぶ」のモバイル版本文ページです。

ページ内の文字色の違う部分をクリックしていただくと、別のページへジャンプします。
個人の趣味による創作のため、全章無料でご覧いただけますが、著作権は放棄していませんので、無断転載等はおやめください。

モバイル版はPC版とはレイアウトが異なる他、ルビや機能が少なくなっています。

 
inserted by FC2 system