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和風ファンタジー小説
花咲く夜に君の名を呼ぶ

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第九章 土の下の女神(6)

『我は水波女神(ミヅハノメノカミ)が筆頭巫女・雲箇(うるか)瀬織津比売(セオリツヒメ)速開津比売(ハヤアキツヒメ)気吹戸主(イブキドヌシ)速流離比売(ハヤサスラヒメ)祓戸之大神(ハラエドノオオカミ)たちに聞こしめせと(かしこ)み申し上げます。神域を(おか)せし諸々(もろもろ)禍事(マガコト)罪穢(ツミケガレ)(はら)いたまい、清めたまえと』
 (よど)みなく流れるように、しかも(した)をもつれさせないのが不思議なほどの速さで(とな)えられるその(ことば)に、海石が顔色を変える。
「これは……“(ハラエ)祈詞(ノリト)”!」
 (ことば)に続き鋭い拍手(かしわで)の音が二度、水霊(ミヅチ)(からだ)(つた)って古墳の中に響き渡った。直後、俺たちの身体(からだ)が目には()えぬ何かに(はら)われ、ぐらりと(かたむ)く。
 それは風でもなければ精霊でもない。だが俺たちの身は明らかに、古墳の外へ外へと押し流されていた。何か()えざる手のようなものに払われ、押され、引っ張られ、その場に立ち止まっていることができない。
「何だ、これは……っ!」
 何とかその場に留まろうと足を()()りながら泊瀬が叫ぶ。
「これは、祈道(キドウ)神業(カムワザ)の一つです!(はらえ)(つかさど)る神々が我々を害なすものと判断し、神域から排除(はいじょ)しようとしているのですわ!」
 必死に抵抗(ていこう)(こころ)みるがまるで効果(こうか)は無く、俺たちの身体は強風に()えかね吹き飛ばされるかのように、あるいは流れの速い瀬に足をとられ流されていくかのように、(すさ)まじい勢いで古墳の外へと運ばれていった。
「きゃあっ!」
 地の上に乱暴に投げ出され、花夜が悲鳴を上げる。古墳の周りには(いま)(かわ)かぬ水溜(みずたま)りが浅い沼のように広がっていた。(どろ)飛沫(しぶき)がはね、(みな)(ころも)が土の色に()まる。
「痛……っ、皆、大丈夫(だいじょうぶ)か……?」
 うめきながら起き上がった泊瀬が、次の瞬間(しゅんかん)、顔を強張(こわば)らせる。
 その視線の先には、幾人(いくにん)もの兵士たちを従え、輿(こし)の上から冷たくこちらを見下ろす一人の巫女の姿があった。
「やはり泊瀬王子(はつせのみこ)様でいらっしゃいましたか。病とうかがっておりましたが、随分(ずいぶん)とお元気そうですね」
 相変(あいか)わらず何の感情も感じさせないその声の主は、その高い地位にふさわしく豪奢(ごうしゃ)な衣裳に身を包んでいた。
 上衣の上には下の衣をうっすらと()かした生絹(すずし)背子(からぎぬ)(かさ)ね、耳には金の空玉(うつろだま)耳飾(みみかざ)り、(そで)の下からわずかにのぞく手首には真珠(しらたま)珊瑚(さんご)(たまき)、首にはつやつやと照り輝く翡翠(ひすい)の勾玉の首飾(くびかざ)りと五色の琉璃玉(るりたま)首飾(くびかざ)りを(つら)ね、頭には身動きするたびにちりちりと()れる金の歩揺(ほよう)を左右に配した天冠(てんがん)をつけている。だがその顔は四年前に見たものとまるで変わらず、まるで人形のような無表情だった。
魂依姫(タマヨリヒメ)雲箇(うるか)……。何故(なぜ)もうここに……」

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