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和風ファンタジー小説
花咲く夜に君の名を呼ぶ

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第九章 土の下の女神(5)

「ええ。私が殺したいほど憎んでいるのはその葦立の巫女姫なのです。あの姫は初めから巫女としてふさわしい女ではありませんでしたわ。大宮に上がった当初から、葦立氏の権力を後ろ盾に采女(うねめ)たちを次々と仲間に引き入れ、他の八乙女たちを失脚(しっきゃく)させようと(かげ)で動いていたのです。四年前には夏磯姫によってその(たくら)みを(あば)かれ、一度遠方に左遷(させん)されたのですが……二年前に再び大宮に戻って来たのですわ」
「四年前……遠方に左遷……?その姫の名は、何とおっしゃるのですか?」
 (ふる)える声で、花夜はその名を問う。その様子に(いぶか)りながらも、海石は名を告げた。俺たちにとっても忘れられぬその名を。
「……葦立雲箇(あだちのうるか)。葦立の姫にして、今はこの国の魂依姫ですわ」
 花夜が小さく息を()んだ、その時だった。
 ふいに辺りに奇妙な“音”が響き渡った。まるで水の中で()く音のように奇妙な(ふる)えを(ともな)それ(・・)を、人間(ひと)の言葉だと認識(にんしき)するには、わずかの時間を必要とした。
(けが)らわしい罪人に、我が名を軽々しく口にされる(いわ)れはありません』
(だれ)だ……ッ!?」
 泊瀬が松明(たいまつ)を振り回し、声の主を探す。石に囲まれた細い通路の先で、一瞬、光を反射して光るものがあった。
 それは、行く手を(さえぎ)るかのように道幅(みちはば)いっぱいにわだかまり身をくねらせる、水の(からだ)を持つ(ヘビ)。それが何であるのか、即座(そくざ)に皆が理解した。
水霊(ミヅチ)!?では、八乙女の誰かが精霊を召喚(しょうかん)したのでしょうか!?」
 花夜が緊張(きんちょう)した表情で俺の衣袖(きぬそで)(にぎ)ってくる。俺はその手を取り、わずかに(ふる)える指先を包み込むように(にぎ)りしめた。
「ああ。しかも(タマ)()(しば)られている。身も心も、()び出した者によって完全に(あやつ)られているようだ。花夜、いつでも戦える準備をしておけ」
 その時、海石(いくり)が水霊の方へ向け、ふらりと一歩()み出した。
「その声……水霊(ミヅチ)を通しても私には分かります。そのどこまでも冷たい声は……間違(まちが)いなく、葦立雲箇(あだちのうるか)!」
「よせ!うかつに近づくな!」
 泊瀬がとっさにその手を(つか)んで止める。だが海石は振り返りもせずに、ただ水霊(ミヅチ)だけをじっと見つめていた。
「……(ゆる)しませんわ。私から夏磯(なつそ)姫を(うば)った女。夏磯姫から何もかもを奪った女……!」
 だが水霊は海石の言葉や怒りの眼差(まなざ)しなど意にも(かい)さず、淡々(たんたん)と一方的な言葉を投げかけてくる。
『罪人たちよ、(すみ)やかにそこを出なさい。そこは神域(しんいき)(おか)すべからざる神聖な場所です』
「……俺たちがここにいることは(すで)にお見通しってことか」
 泊瀬がうなるように(つぶや)く。
「こうなれば今はこの水霊(ミヅチ)を倒して外へ出るしかないだろう。ここに(とど)まっていてはみすみす(つか)まるのを待つようなものだぞ」
 俺の言葉に花夜も(うなづ)く。
「そうですね。そして一刻(いっこく)も速くこの場を(はな)れましょう」
 俺は再び大刀(たち)の姿に変化するべく()を閉じ意識を集中しようとした。だが、相手はその(すき)を与えてはくれなかった。
『何を(たくら)もうと無駄(むだ)なことです。私はあなた方を()がすつもりはありません』
 それはわずかの迷いも感じさせない、妙に(りん)とした、けれどそれゆえ寒気を(おぼ)えるほどに冷たく聞こえる声だった。

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※このページは津籠 睦月によるオリジナル和風ファンタジー小説「花咲く夜に君の名を呼ぶ」のモバイル版本文ページです。

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