第九章 土の下の女神(4)
「ここを出た後、何処 へ向かうつもりだ?」
俺の問いに、泊瀬 も海石 もすぐには答えなかった。
「分からない。俺は宮処 の中しか知らないし……」
やっと答えた泊瀬の口は重く、その顔には不安の色が暗く陰 を落としていた。そんな泊瀬の心情を察してか、花夜 はわざと明るい声を出す。
「大丈夫 ですよ。できる限り人目につかない野山の道を選んで行けば、きっと霧狭司国 を出られます。私達、山道を歩くことには慣れていますから」
「あぁ、そうだな……」
頷きながらも、泊瀬の顔に笑みが戻ることはなかった。
その時、それまで無言で歩いていた海石 がぴたりとその足を止めた。
「どうしたんだ、海石姫」
泊瀬の問いに、海石はうつむいたまま、ひどく思いつめた声で答えを返した。
「このままここを出て、我々が無事に逃げられるとは思えません。おそらくは八乙女 の長・魂依姫 の霊力により、我らの居場所は簡単に突き止められてしまうことでしょう」
淡々と語る海石に、花夜は思わず声を上げた。
「海石姫、あきらめてはいけません……」
だがそこで花夜は口をつぐんだ。見つめる先、松明 の微かな灯 りに照らされた海石の瞳に、あきらめの色などまるで浮かんではいなかった。
「全ての罪は私が被 ります。ですから皆様はどうか、何も知らずに私に利用されていた、ということにしてくださいませ」
「何を言い出すんだ、海石姫!そんなこと、できるわけがないだろう!」
「いいえ、今度ばかりは聞き入れていただきます。あなた様は我ら射魔 にとって……いえ、この霧狭司国 にとっても必要な御方。このような所で喪 うわけには参りません。それに……」
海石は胸元に手を当て、静かな決意を秘めた眼差 しで言葉を続ける。
「私も、無為 に殺されるつもりはありません。元八乙女である私の裁 きともなれば、必ずあの女が現れるはず……。私はこの身と引き換 えに、あの女への復讐 を果 たすつもりです」
「駄目 だ、海石姫!そんなこと、きっと夏磯姫 は望んでいない!」
「……分かっておりますわ。あの方 は自らのために復讐など望む方 ではありません。ですからこれは私自身の望みなのです。本当は泊瀬様に協力をしようと決めたのも、あの女を鎮守神 様に裁 いていただきたかったからなのですわ」
海石の表情は揺らがない。だが、その瞳からは胸の底に秘めていた悲しみがあふれたかのように、一滴の涙がこぼれ落ちた。
「夏磯姫は私にとってかけがえのない友人でした。誰よりも清らかで、優しくて……あの方 より魂依姫 にふさわしい巫女などこの国にはおりませんわ。その夏磯姫が亡くなったと言うのに……あの女が今もなお生きていて、その上夏磯姫が就 くはずだった魂依姫の座にまで就いていることを、私はどうしても許すことができないのです」
「魂依姫に……就 くはずだった巫女……?」
花夜がはっとしたようにその言葉を繰り返す。同時に俺も思い出していた。宮処 の市 で聞いた噂 を……。
――何でも去年の春に前の魂依姫 と、その後継者 として有力視されていた八乙女 のお一人が相次 いで亡くなられたのも、敵対する氏族の謀略 だと専 らの噂 だしね。全く、嫌な世の中だよ……。
戸惑 いの表情を浮かべる花夜 に気づいたのか、泊瀬 が説明のため口を開 く。
「夏磯姫というのは、この国で葦立 氏に次いで権力を持つ多麻 氏の姫で、海石姫と同じく八乙女として大宮に仕 えていたんだ。巫女としても人間 としても優れていると評判の姫で、そのまま行けば次の代の魂依姫 となるはずだった」
「……けれど、その前にあの方はお亡くなりになりました。殺されたのですわ。自らの氏族の姫を魂依姫に据 えんとする葦立氏の陰謀 によって」
「え……」
驚愕 の表情を浮かべる花夜に、泊瀬はゆるく頭 を振る。
「葦立氏が直接手を下したという証拠 は何も無い。夏磯姫は大宮の池で亡くなられていたんだ。池に身を投げての自殺と表向きには言われている」
「いいえ、葦立氏の仕業 です!夏磯姫はご存知だったのですわ。先代の魂依姫を死に至らしめたのが葦立の巫女姫だということを。それを私にも言わず一人で問い質 しに行かれて……そのまま、あのようなことに……っ」
「葦立の……巫女姫……」
不穏 なものを感じたのか、花夜は瞳を揺らしてその言葉を繰り返した。
俺の問いに、
「分からない。俺は
やっと答えた泊瀬の口は重く、その顔には不安の色が暗く
「
「あぁ、そうだな……」
頷きながらも、泊瀬の顔に笑みが戻ることはなかった。
その時、それまで無言で歩いていた
「どうしたんだ、海石姫」
泊瀬の問いに、海石はうつむいたまま、ひどく思いつめた声で答えを返した。
「このままここを出て、我々が無事に逃げられるとは思えません。おそらくは
淡々と語る海石に、花夜は思わず声を上げた。
「海石姫、あきらめてはいけません……」
だがそこで花夜は口をつぐんだ。見つめる先、
「全ての罪は私が
「何を言い出すんだ、海石姫!そんなこと、できるわけがないだろう!」
「いいえ、今度ばかりは聞き入れていただきます。あなた様は我ら
海石は胸元に手を当て、静かな決意を秘めた
「私も、
「
「……分かっておりますわ。あの
海石の表情は揺らがない。だが、その瞳からは胸の底に秘めていた悲しみがあふれたかのように、一滴の涙がこぼれ落ちた。
「夏磯姫は私にとってかけがえのない友人でした。誰よりも清らかで、優しくて……あの
「魂依姫に……
花夜がはっとしたようにその言葉を繰り返す。同時に俺も思い出していた。
――何でも去年の春に前の
「夏磯姫というのは、この国で
「……けれど、その前にあの方はお亡くなりになりました。殺されたのですわ。自らの氏族の姫を魂依姫に
「え……」
「葦立氏が直接手を下したという
「いいえ、葦立氏の
「葦立の……巫女姫……」
※このページは津籠 睦月によるオリジナル和風ファンタジー小説「花咲く夜に君の名を呼ぶ」のモバイル版本文ページです。
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