第八章 雨下の攻防(9)
「花夜姫!無事 か!?」
「雷が落ちたように見えましたが、大丈夫 ですか!?」
泊瀬と海石が蒼白な顔で駆 けつけて来たその時、花夜はばらばらに砕け散った石神の前で疲 れ果ててへたり込んでいた。
いつの間にか雨は止 み、滝津比古 の姿も消えていた。そして石神のあった場所には、古墳 の中へと続く穴がぽっかりと暗い口を開けていた。
「大丈夫です。怪我 はありません。泊瀬様、海石姫、ここから中へ入れそうですよ。さっそく参りましょう」
言って花夜は立ち上がる。だがその身体はふらりとよろめき傾 いた。俺はとっさに人の姿に戻り、その身を支 える。
「無理をするな。まだ一人で立ち上がれぬのだろう?」
「でも、今の音を聞きつけて他の衛士達が飛んでくるかも知れません。もたもたしているわけには……」
俺はため息を一つつき、花夜の身を横抱きに抱 え上げた。
「これならば文句 は無いだろう」
「ちょ……っ、ヤト様っ!」
顔を真っ赤に染めてあわてふためく花夜を無視し、俺はそのまま古墳の内部へ足を踏 み入れた。
中は古 の墳墓 と同じように入口から石の壁 に覆 われた細い道が延 びていた。ひんやりと冷たい風の流れるその道を、赤く揺 らめく松明 の灯を頼 りに進む。
やがて細い道は終わり、少し開 けた部屋に出た。壁には色鮮 やかな文様 が描かれ、突 き当たりには人一人がやっとくぐれるほどの狭 い穴が開いている。
「あの先に、ミヅハ様が……」
泊瀬はうわ言 のようにつぶやくと、その穴へ向けふらふらと走り出した。しかし、泊瀬の身がその穴をくぐる寸前で制止の声が投げられる。
『待て』
その声は石室 の壁に反響 し、何重にも重 なって聞こえてきた。
「何者だっ!?」
『人の子よ、その門をくぐることはならん。今すぐここを立ち去るのだ』
暗闇にぼんやりと神らしきものの姿が浮かび上がる。それは一つだけではなかった。一柱 、また一柱と、次々に姿を現した神々は、石室の壁に沿 い、俺達をぐるりと取り囲んだ。
「天水分神 に地水分神 、太水神 に花浪神 、御井神 に大水主尊 まで……!」
海石が居並 ぶ神々の名をつぶやき息を呑 む。それは全て水に関係する神々の名だった。
「水に関わる神々よ!どうかそこを通してくれ!ミヅハ様に会わせてくれ!」
泊瀬は必死に懇願 する。だが神々は首を縦 には振らない。
『ならぬ。水波女神 はここを出ることを望 んではおられぬ』
「嘘 だ!だって、あの方はずっと泣いていらっしゃるんだ!国で悪いことが起こるたびに、ご自分を責 めて、嘆 いて……。ミヅハ様がお出ましになられれば、国の悪事は減 る!あの方があれほどに嘆かずに済 むんだ!俺はもう、あの方のあんな顔は見たくない!俺は、あの方に笑って欲しいんだ!」
『その言い方は、まるで水波女神 とお会いしたことがあるとでも言うようだな』
『長らくここに籠 もっていらっしゃる水波女神とお会いしたことのある人の子など、いるはずがない』
『お前は何者だ?名を何と言う?』
泊瀬は神々の不審がり値踏 みするような目にも怯 むことなく、堂々と名乗りを上げた。
「我が名は泊瀬。霧狭司 の国王と射魔 氏出身の后 ・波限 との間に生まれた王子 ・泊瀬だ」
その名乗りに神々はざわめく。
『なんと……。霧狭司国 の王子 か』
『その名は聞いたことがある。そうか、お前が水波女神の寵愛 を受けた王子 か』
しばらく沈黙 し顔を見合わせた後、神々はすっと道を開けた。
『通るが良い。そなたであれば水波女神もお会いになるであろう』
泊瀬の顔がぱっと輝く。
「水に関わる神々よ、感謝する!この恩は忘れない!」
泊瀬は神々に向け丁寧 に頭を下げると、矢の勢いで穴の向こうに駆け込んでいった。俺達もその後に続く。だが最後に穴をくぐった俺にだけ、神々の洩 らしたつぶやきが聞こえてきた。
『……お会いにはなるだろう。しかし、それだけだ。水波女神 は決してここをお出にはならない。決して、な』
「雷が落ちたように見えましたが、
泊瀬と海石が蒼白な顔で
いつの間にか雨は
「大丈夫です。
言って花夜は立ち上がる。だがその身体はふらりとよろめき
「無理をするな。まだ一人で立ち上がれぬのだろう?」
「でも、今の音を聞きつけて他の衛士達が飛んでくるかも知れません。もたもたしているわけには……」
俺はため息を一つつき、花夜の身を横抱きに
「これならば
「ちょ……っ、ヤト様っ!」
顔を真っ赤に染めてあわてふためく花夜を無視し、俺はそのまま古墳の内部へ足を
中は
やがて細い道は終わり、少し
「あの先に、ミヅハ様が……」
泊瀬はうわ
『待て』
その声は
「何者だっ!?」
『人の子よ、その門をくぐることはならん。今すぐここを立ち去るのだ』
暗闇にぼんやりと神らしきものの姿が浮かび上がる。それは一つだけではなかった。
「
海石が
「水に関わる神々よ!どうかそこを通してくれ!ミヅハ様に会わせてくれ!」
泊瀬は必死に
『ならぬ。
「
『その言い方は、まるで
『長らくここに
『お前は何者だ?名を何と言う?』
泊瀬は神々の不審がり
「我が名は泊瀬。
その名乗りに神々はざわめく。
『なんと……。
『その名は聞いたことがある。そうか、お前が水波女神の
しばらく
『通るが良い。そなたであれば水波女神もお会いになるであろう』
泊瀬の顔がぱっと輝く。
「水に関わる神々よ、感謝する!この恩は忘れない!」
泊瀬は神々に向け
『……お会いにはなるだろう。しかし、それだけだ。
※このページは津籠 睦月によるオリジナル和風ファンタジー小説「花咲く夜に君の名を呼ぶ」のモバイル版本文ページです。
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