第八章 雨下の攻防(8)
薄闇の中、俺達の前に一人の人間……いや、一柱の神の姿が浮かび上がった。
激 しく流れ落ちる滝の水を思わせる白い髪 が、稲光 を受け時折蒼 く光って見える。その姿に、遠くで海石が息を呑 み叫んだ。
「あれは……滝津比古尊 !」
それは本来であれば恵 みの雨をもたらす神の名。日照 りの年に雨乞 いの祈 りを捧 げる神の名だった。
『大刀神とその巫女よ、今すぐ去れ。さもなければ、再び滝の雨を浴びせよう』
「滝津比古尊 !どうか聞いて下さい!私達は水神様を害する気はありません!水神様をお救いするために参ったのです!」
花夜は声を張り上げて叫ぶ。だが滝津比古 は聞き入れなかった。
『水波女神 は自らの御意思でお籠 もりになっている。それを邪魔 する者は皆 、彼 の女神の御意思に背 く者。排除 すべき敵だ』
「自らの意思でお籠もりになっている……!?」
『惑 わされるな、花夜!滝津比古は八乙女の呪術をかけられている!その言葉をまともに取り合ってはならん!』
「でも、これでは言葉でいくら説得しても分かってはいただけません。闘うしかないのでしょうか?」
花夜が迷うように瞳を揺 らしたその時、海石がハッとしたように声を上げた。
「花夜姫!『石神 』を探して下さい。相手が滝津比古尊であれば、結界の中の何処 かに彼 の神の魂が宿る依代 の石があるはずです。その石神さえ砕 いてしまえば、彼 の神の魂はこの地に留 まることができず、本国へお戻りになるはずです」
「海石姫……。分かりました!ありがとうございます!」
海石へ向け一つ頭を下げ、花夜は石神を探すため走り出した。
『我に従 わぬか。ならば容赦 はせぬ』
低く唸 るような滝津比古の声の直後、再び雨が降り出した。花夜は風の刃で雨を切り裂きながら古墳の周りを回り、石神を探す。それは苦もなく見つかった。だが……
「……あった」
そうつぶやいたきり、花夜は途方 に暮 れたように立ち尽 くした。ようやく見つけた石神は、花夜の背丈 ほどもあろうかという巨石だった。しかもそれが、まるで天 の岩戸 のように、しっかりと古墳の入口を塞 いでいる。
『花夜、呆 けている場合ではない!とにかく剣風で切り裂いてみるんだ!』
「はい!」
花夜は石神へ向け、必死に俺の刀身 を振る。だが風の刃は石神に巻かれた注連縄 を断ち切るばかりで、石そのものには傷一つつけられない。降りしきる雨と戦闘による疲労 とで、花夜の体力はもう限界に達しようとしていた。
『もう良 い、花夜!一旦 退却 し、策 を練 り直そう』
「でも、一度退 いたら、次は警戒 が増して余計に困難 になるのでは……」
その時、花夜の腰 の五鈴鏡 から声がした。
『花夜、鏡を空へ向けてかざしなさい』
「母さま!」
花夜が鏡をかざすと、鏡面から鳥の形をした白い光が飛び出した。花夜の母・鳥羽の霊だ。
しかしその姿はかつてとは比べ物にならぬほど小さく儚 くなり、うっすらと向こう側を透 かしていた。この四年の間に大分霊力を消耗 し、その存在自体を保 てなくなりつつあるのだ。
鳥羽はそのまま一直線に宙を駆 け、黒雲に飛び込んで見えなくなる。
直後、雲の中で稲妻 の閃光 が一層激しさを増した。鳥羽は雷雲の中を激しく飛び回る。まるで雲の中をわざとかき回しているかのようだった。
「母さま、一体何をなさっているのでしょう?」
雲間に見え隠 れする鳥羽の姿を雨水を拭 って見上げながら、花夜が疑問 の声を洩らす。その時、鳥羽が雲を突き破り戻 ってきた。その全身には、ぱりぱりと音を立てて火花を散らす青白い光が宿 っている。威火霊 の光だ。
『花夜、雷雲より集めたこの威火霊 の霊力を、あなたの神に注 ぎ込みます。構 えなさい』
「はい……っ!」
花夜はあわてて俺を握 る両手を前へ突 き出す。そこへすぐさま鳥羽の霊が真っ直ぐにぶつかってくる。鳥羽が全身にまとっていた威火霊 の霊力が勢い良く俺の刀身 に注ぎ込まれ、吸い込まれていく。全身に霊力が漲 るのが分かった。
『行けるぞ、花夜!石神へ向け俺を振り下ろせ!この威火霊の霊力、一気に解き放つ!』
「はい!ヤト様!」
花夜は残った気力を振り絞 り俺の刀身 を持ち上げると、思いきり振り下ろした。大刀の先から光が迸 り、青白い炎が龍と化して宙を走る。直後、視界がまばゆい白光に染 め尽くされ、凄 まじい轟音 が天と地とを震 わせた。
「あれは……
それは本来であれば
『大刀神とその巫女よ、今すぐ去れ。さもなければ、再び滝の雨を浴びせよう』
「
花夜は声を張り上げて叫ぶ。だが
『
「自らの意思でお籠もりになっている……!?」
『
「でも、これでは言葉でいくら説得しても分かってはいただけません。闘うしかないのでしょうか?」
花夜が迷うように瞳を
「花夜姫!『
「海石姫……。分かりました!ありがとうございます!」
海石へ向け一つ頭を下げ、花夜は石神を探すため走り出した。
『我に
低く
「……あった」
そうつぶやいたきり、花夜は
『花夜、
「はい!」
花夜は石神へ向け、必死に俺の
『もう
「でも、一度
その時、花夜の
『花夜、鏡を空へ向けてかざしなさい』
「母さま!」
花夜が鏡をかざすと、鏡面から鳥の形をした白い光が飛び出した。花夜の母・鳥羽の霊だ。
しかしその姿はかつてとは比べ物にならぬほど小さく
鳥羽はそのまま一直線に宙を
直後、雲の中で
「母さま、一体何をなさっているのでしょう?」
雲間に見え
『花夜、雷雲より集めたこの
「はい……っ!」
花夜はあわてて俺を
『行けるぞ、花夜!石神へ向け俺を振り下ろせ!この威火霊の霊力、一気に解き放つ!』
「はい!ヤト様!」
花夜は残った気力を振り
※このページは津籠 睦月によるオリジナル和風ファンタジー小説「花咲く夜に君の名を呼ぶ」のモバイル版本文ページです。
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