第七章 水響 む宮処 (6)

「……王子様なのに、供 も連れずに一人で市 を歩いてらっしゃったんですか?」
花夜が何とも言えない顔で泊瀬 を見やると、海石 は大きくうなずき、これ見よがしにため息をついた。
「そうなのです。何度申し上げても分かっていただけなくて……。大宮や他の王子様方 からお命を狙われる危険 なお立場だというのに……」
「命を狙 われるとは、穏 やかではないな」
俺は大刀 から人の姿へ戻り、問うように海石 の眼を見る。海石は驚 いたように目を見張った後、すぐに気を取り直して再び口を開 いた。
「はい。あなた様も、市 にいらしたのであればお気づきになられたでしょう。泊瀬 様は宮処人 達に大変評判 の高い王子 様です。それを脅威 に思っていらっしゃる方々が少なからずいるということですわ。周りは敵ばかり。宮中にいらっしゃってはお命がいくつあっても足 りません。ですから泊瀬 様のお母君は、様々な名目 を付けて泊瀬様をご実家であるこの射魔 の家にお預 けになったのです」
「とは言え、次の代の国王である王太子は、もう俺の腹違 いの兄に決まっているんだがな。何で皆 、いつまでも俺なんかに構 うんだか」
「それは、あなた様ほど次の代の国王にふさわしい王子 はいないと、誰 もが知っているからですわ。今の王太子である雲梯 様など、どう考えても国王にふさわしい方ではありませんもの」
「……それはどうだろうな。あの方は確かに変わり者だが、あれで結構頭の切れる方だと思うぞ」
「どんなに頭がよろしくても、それを遊びにばかり費 やすようではどの道、国王の器などではありませんわ。後ろ盾 である葦立氏 の権力を笠 に着て、やりたい放題 の散財し放題ではありませんの。あの方はこの国のことなど少しも考えてはいらっしゃらないのですわ。やはり、国王にはこの国のことを真剣に憂 えていらっしゃる方がなるべきです」
そう言って海石 は何かを期待するようにじっと泊瀬 の顔を見る。泊瀬は居心地 が悪そうに目を逸 らした。
「俺はべつに国王の座なんて欲しくないって、前々から言ってるだろう。俺には他の氏族を制し束 ねる力など無い。国王になったところで、氏族同士の権力争いの駒 にされるだけさ。それに俺はべつに国王になってこの国を救いたいなんて大層 なことを考えているわけじゃない。俺が救いたいのは……」
言いかけ、泊瀬はハッとしたように俺と花夜を見た。
「他国の神と巫女……。そうか、水神 様の従神 でない他国の神ならば、あのお方をお救いすることができるかも知れない……」
そのあまりに熱を帯 びた眼差 しに、俺も花夜も戸惑 う。
「あのお方……?お救いするとは、一体どういうことなのですか?」
「俺には、どうしてもお救いした方がいるんだ。その方は、光も差 し込 まぬ場所に閉じ込められて、誰 にも声を聞いてもらえず、いつも泣いていらっしゃるんだ。俺はあの方を助けるためなら何を捨てても構 わない」
それまでとは打って変わった声で彼は言った。彼にとってその相手がどれほど大切なのかをまざまざと知らしめる、悲痛 な声音 だった。
「だが、俺の力ではあの方をお救いすることはできない。あの方は八乙女の創 った結界の中にいる。俺が召 び出せる神々は皆 、水神様と縁 のある神々ばかりで、水神様直属の巫女とされている 八乙女を裏切るようなことに手を貸してはくれない。だから、霧狭司国とは縁の無い他国の神の力が必要なんだ」
「私たちが力をお貸しすれば、その方を救い出すことができるのですか?」
「ああ、きっと救い出せる。他国の巫女にこのような頼 みをするのは本当に申し訳 無いのだが、俺にはもう、他に方法が無いんだ。どうか、力を貸してくれ!」
泊瀬 はその場に膝 をつきかねない勢いで懇願 してくる。話の流れがおかしな方向へ行こうとしていることに気づき、俺はあわてた。
「待て、花夜。お前まさか、手を貸す気が?八乙女が結界を張って封じ込めているような人物なのだぞ。国に相当な影響力 を持つ人物に決まっている。厄介事 にわざわざ首を突 っ込 む気か?」
「でも、泊瀬王子様 は先ほど私達を助けてくださいました。そのご恩返 しをしなければならないと思いますし、それに……」
一旦 言葉を切り、花夜は悪戯 っぽい笑 みを浮かべて俺を見た。
「ヤト様はご興味 が湧 きませんか?八乙女が結界を張ってまで閉じ込めている方の正体が。見てみたいと思いませんか?そんな方をもし本当に救い出せるとしたら、その時この国に何が起こるのか……」
「……確かに、あのお方を解放すれば、この国の政治はひっくり返るでしょうね。代々の国王や八乙女が欺 いてきたことが白日 の下 に晒 されるのですから」
海石 が冷静につぶやく。その言葉には、さすがに俺も興味がそそられた。
「それほどの重要人物なのか。お前達が救おうとしているのは一体どのような人間なのだ?」
その問いに、泊瀬 は苦笑して答えた。
「人間 ではない。――神 だ。俺が救おうとしているお方は、この国の鎮守神 でありこの世のあらゆる水を統 べる姫神・水波女神 。俺は物心ついた頃 から、ずっとあの方のことを夢に視 てきたんだ」
花夜が何とも言えない顔で
「そうなのです。何度申し上げても分かっていただけなくて……。大宮や他の
「命を
俺は
「はい。あなた様も、
「とは言え、次の代の国王である王太子は、もう俺の
「それは、あなた様ほど次の代の国王にふさわしい
「……それはどうだろうな。あの方は確かに変わり者だが、あれで結構頭の切れる方だと思うぞ」
「どんなに頭がよろしくても、それを遊びにばかり
そう言って
「俺はべつに国王の座なんて欲しくないって、前々から言ってるだろう。俺には他の氏族を制し
言いかけ、泊瀬はハッとしたように俺と花夜を見た。
「他国の神と巫女……。そうか、
そのあまりに熱を
「あのお方……?お救いするとは、一体どういうことなのですか?」
「俺には、どうしてもお救いした方がいるんだ。その方は、光も
それまでとは打って変わった声で彼は言った。彼にとってその相手がどれほど大切なのかをまざまざと知らしめる、
「だが、俺の力ではあの方をお救いすることはできない。あの方は八乙女の
「私たちが力をお貸しすれば、その方を救い出すことができるのですか?」
「ああ、きっと救い出せる。他国の巫女にこのような
「待て、花夜。お前まさか、手を貸す気が?八乙女が結界を張って封じ込めているような人物なのだぞ。国に相当な
「でも、
「ヤト様はご
「……確かに、あのお方を解放すれば、この国の政治はひっくり返るでしょうね。代々の国王や八乙女が
「それほどの重要人物なのか。お前達が救おうとしているのは一体どのような人間なのだ?」
その問いに、
「
※このページは津籠 睦月によるオリジナル和風ファンタジー小説「花咲く夜に君の名を呼ぶ」のモバイル版本文ページです。
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