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和風ファンタジー小説
花咲く夜に君の名を呼ぶ

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第七章 水響(みずとよ)宮処(みやこ)(2)

 宮処(みやこ)には東西に一つずつ(いち)(もう)けられている。正午(しょうご)太鼓(たいこ)の合図とともに門が(ひら)くと、(いち)にはどっと人が流れ込む。市に店を構える市人(いちびと)に、諸国(しょこく)を旅する商人、広場で見せ物をする大道芸人まで、通りには人の活気が満ち(あふ)れていく。
「さて、と。行きますか」
 花夜は荷物(にもつ)の中から鈴や(たま)領巾(ひれ)などの装身具(そうしんぐ)を取り出すと、手早(てばや)く手首や足首に巻きつけた。髪に花を(かざ)り、衣裳(いしょう)をきれいに整えると、花夜は広場の中心に進み出て(まい)を舞い始めた。
 それは花夜が巫女として習得してきた(いにしえ)祭祀(マツリ)(おど)りを、見世物(みせもの)として楽しめるよう見映(みば)え良く編成し直した独自の舞だった。
 音を(かな)でるものは花夜が見につけた鈴と珠、そして花夜自身が(きざ)む足音と衣擦(きぬず)れの音のみ。それはあまりに素朴(そぼく)簡素(かんそ)な、しかしどこか(なつ)かしく、見る者の心を昂揚(こうよう)させる(がく)()だった。そしてその音に合わせ、花夜が手に持った領巾(ひれ)を優美に振り動かす。(ちょう)()ばたきのように(かろ)やかに、あるいはそよ風に()れる一輪の花のようにゆるやかに。
 (いち)を行き()う人々が、一人、また一人と足を止めて花夜の舞に見入っていく。やがてそこには人垣(ひとがき)ができ、少しずつ喝采(かっさい)が広がっていった。
 他国へ初めて足を()み入れる際、俺たちはまずこうしてその国の広場で大道芸の真似事(まねごと)をするのが(つね)だった。戦乱の世にあって、国々の中には余所者(よそもの)への警戒心(けいかいしん)が強いところも多い。そうした場所へ(あや)しまれることなく(まぎ)()むには、こうするのが一番良いと旅の中で(さと)ったからだ。こうして舞を披露(ひろう)すれば、いくらかの旅費(りょひ)(かせ)ぐこともできるし、もう一つ、利点(りてん)がある。
「あんた、どこから来たの?見たことのない舞だったけど、すっごく綺麗(きれい)だったわぁ」
 花夜が舞を終え一休みしていると、先ほど人垣から花夜の舞を(なが)めていた女が話しかけてきた。
「ありがとうございます。実は私、故郷(ふるさと)(いくさ)()くしてしまって、旅をしながら生きてきましたので、どこから来たというわけでもないのですけど……」
「あらまぁ、それはお気の毒に……。こんな世の中だものねぇ……。この国だっていつ何が起こることか……」
 花夜が簡単に身の上を説明すると、女の目はあからさまに同情を()びる。これもいつものことだった。
 珍しいもの、美しいものを披露(ひろう)すれば、それは話の種となり他人(ひと)との会話を生み出しやすい。その上そこで花夜の身の上を語れば、相手の(あわ)れみを(さそ)い、警戒心を()く助けともなるのだ。
「あの……この国にもやはり、戦の兆候(ちょうこう)などあるのでしょうか?今はとても平穏(へいおん)に栄えているように見えますが……」
 (あわ)れみの中にもどこか不穏(ふおん)さを宿した女の声音におそるおそる花夜が問うと、女は苦く微笑(ほほえ)んだ。
「兆候なんて大層なもんは無いさ。でもいつ起こっても不思議ではないね。宮殿にいらっしゃる方々は何かにつけて戦をしたがるから。戦で手柄(てがら)を立てればそれだけ自分達の地位が上がるからねぇ」
「……そんな。自分の地位のために他国に戦を仕掛(しか)けるのですか?」
 花夜が『信じられない』と言いたげに目を見開(みひら)く。
「他国だけじゃないさ。内輪(うちわ)でも相当にもめてるって話だよ。何でも去年の春に前の魂依姫(タマヨリヒメ)と、その後継者(こうけいしゃ)として有力視されていた八乙女(やおとめ)のお一人が相次(あいつ)いで亡くなられたのも、敵対する氏族の謀略(ぼうりゃく)だと(もっぱ)らの(うわさ)だしね。全く、嫌な世の中だよ」
「え?魂依姫(タマヨリヒメ)って、八乙女の長――つまりは、この国で最も(くらい)の高い巫女ですよね?そんな方が殺されたのですか?」
 花夜が信じられないという顔で問う。
「ああ。罰当(ばちあ)たりにもほどがあるけどねぇ。氏族の方々にとっては魂依姫(タマヨリヒメ)も八乙女も、己の権力(ちから)をより高めるための道具でしかないのさ。自分の氏族の姫君を次々と神宮に送り込んでは地位を(きそ)わせているんだから。宮にいらっしゃる方々は、もうとても()(とう)な考えを持ってはいらっしゃらないんだ。この国でまともな方は、今やもうハツセノミコ様くらいのものだよ」
「ハツセノミコ様?」
「ああ、あんたはよそから来たから知らないんだね。ハツセノミコ様は水神様のご寵愛(ちょうあい)深きミコ様だよ。とても強い霊力をお持ちで、ご身分も高くていらっしゃるのに、気さくに市井(しせい)を出歩かれて、私らみたいな者にまでお声をかけてくださるんだ」
「ミコ!?ミコとはまさか、巫女(ミコ)のことか!?市井(しせい)をふらふら出歩くような巫女がこの国にはいるのか!?」
 思わず、女には聞こえないと知りつつ叫ぶと、横で花夜も(あせ)ったように表情を(かた)くする。
「……本当にいらっしゃるんですね、そのようなミコ様が。それで、その方はどういった時にここへいらっしゃるのですか?」
「さぁねぇ。あの方はとても気まぐれでいらっしゃるから。いつ来るかは分からないよ」
「……そうですか」
 花夜は女との会話を適当(てきとう)に切り上げると、手早(てばや)荷物(にもつ)をまとめ門の方へ向け歩き出した。
「……まずいですね」
 強張(こわば)った顔のままささやく花夜に、俺も(にが)い顔でうなずく。
「ああ。まずいな。広い宮処(みやこ)の中、そんないつ現れるとも知れないミコと出くわす可能性は低いかも知れんが、万が一出くわしてしまえば終わりだ。……花夜、ひとまず人目(ひとめ)のつかない場所へ身を(ひそ)めろ」
「え?なぜですか?身を(ひそ)めたところで、霊力の強い(カンナギ)ならば神の気配などすぐに察知(さっち)してしまうと思いますが……」
 きょとんとした顔で問う花夜に、俺は首を横に()って説明を加える。
「そういうことではない。万が一見つけられた時に(そな)えて大刀(たち)変化(へんげ)しておくのだ。『神を連れた巫女』よりは、『神の宿る大刀を偶然(ぐうぜん)手にした常人(じょうじん)』としておいた方がもしもの時も少しは()(わけ)が立つかも知れん」
「……確かに。神そのものを連れていたのでは、普通の人間だなどと言い(のが)れしようがありませんからね」
 花夜は納得(なっとく)したようにうなずき、そのまま物陰(ものかげ)へと身を(ひそ)めた。

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