第七章 水響 む宮処 (1)
『水 響 む霧狭司国 』は、国を南北に貫く『霊河 』と、北の国境沿いを流れる『響音河 』という二つの大河がもたらす恵みにより、長きに渡り栄えてきた水の国だ。
霊河 に沿って築かれたその宮処 は『霊河 の宮処 』と呼ばれ、その中心に在 る水神を祭祀 る神宮は『霊河 の大宮 』と呼ばれている。

俺達は峻流河国 の湊 から岸伝 いに北上した後、霧狭司国 の湊で舟を乗り換え、霊河 を上ってようやく宮処にたどり着いた。
「……ここが、霧狭司国 の宮処 ……。今まで見てきた国々とはまるで違 います。まるで、異国にでも来てしまったような……」
花夜 は呆然 とそうつぶやいたきり、言葉を失ってしまった。
宮処 は大垣 と呼ばれる長く巨大な壁 に四方をすっぽりと囲まれていた。
宮処の中心を通る大路 は、その長さ、舗装 の美しさもさることながら、道の両脇 に溝 が掘 られ雨水を排水 する機能まで備 えている。道沿 いには美しく整えられた柳 や橘 、槐 の並木がさわさわと風に揺 れ、その向こうに見える家々は塀 に白土 が塗 られ、琉璃 の瓦 がつやつやと日の光を浴 びて碧色 に輝いていた。行き交 う人々の衣 もみな鮮 やかで、宮処 は眩 しいくらいに色彩 に満 ち溢 れていた。
「高位の神が守護する国とは、ここまで華 やかに栄 えるものなのだな」
俺も思わずうなるようにつぶやいた。悔 しいが、宮処 の様子を見るだけでも霧狭司国 が他の国々とは比べものにならぬ国力を有していることは歴然 としている。
「父さまが戦わずして霧狭司に屈 した理由が分かる気がします。並 の国ではとてもこの国に太刀打 ちすることなどできないでしょうね」
「そうだな……」
うなずきかけた俺の目に、すれ違 う人が花夜のことを妙なものでも見るような目で見ていくのが映った。俺は咳払 いを一つして花夜に注意を促 す。
「ところで花夜、宮処 にいる間は無闇 に俺に話しかけるな。常人 には俺の姿は見えていないのだぞ」
「ああ、そうでした。でも、不便なものですね。一緒 にいるのに話しかけられないなんて」
「そもそも、人前に姿を顕 すなと言ったのはお前の方だろう」
「それは、ヤト様が目立ち過ぎるせいです。ヤト様、人間 に化 けていらしゃっても妙に目立ってしまうんですもの」
花夜のような年頃 の少女 が一人で旅をしているのは目立つ。だから俺が常人 にも見えるよう姿を顕 し、神だと気づかれぬよう髪 や眼 の色を変えて一緒に旅していた時期もあった。だが、いくら姿を変えても、俺がただの人間でないことはすぐに露見 してしまう。だから結局は、こうして姿を幽 して旅をする今の状態に落ち着いたのだった。
「ヤト様がもう少し人間 らしく振 る舞 ってくだされば周りから奇異 の目で見られることも無いと思うのですが……」
花夜が困 ったように微笑 って言う。
「悪いがそれは無理な話だな。俺には人間 のふりはできん。ふりをしようにも、俺にはそこらにいる無知 で愚昧 な人間 の子が普段 何を思って生きているのかなど、皆目 見当 がつかんのだからな」
「……また、そういうことを仰 って……」
花夜はやれやれとでも言いたげにため息をつく。だがその眼 は微笑 ったままだった。
「では、しばらく私はヤト様に話しかけないことにいたしますね。ですからヤト様も無闇 に私に話しかけないでください。うっかり返事をしてしまうといけませんので」
「ああ。……花夜、分かっているとは思うが、神宮と国王の宮殿にはくれぐれも近づくな。強い霊力を持つ巫 に会ってしまえば、俺の正体を見破られてしまう。もっとも、そのような身分の高い巫が御殿を出て辺りをうろついているとは思えんがな」
「心配ご無用です。危ない場所には近づきません。とりあえずはいつものように市 へ行ってみますね」
「……ここが、
宮処の中心を通る
「高位の神が守護する国とは、ここまで
俺も思わずうなるようにつぶやいた。
「父さまが戦わずして霧狭司に
「そうだな……」
うなずきかけた俺の目に、すれ
「ところで花夜、
「ああ、そうでした。でも、不便なものですね。
「そもそも、人前に姿を
「それは、ヤト様が目立ち過ぎるせいです。ヤト様、
花夜のような
「ヤト様がもう少し
花夜が
「悪いがそれは無理な話だな。俺には
「……また、そういうことを
花夜はやれやれとでも言いたげにため息をつく。だがその
「では、しばらく私はヤト様に話しかけないことにいたしますね。ですからヤト様も
「ああ。……花夜、分かっているとは思うが、神宮と国王の宮殿にはくれぐれも近づくな。強い霊力を持つ
「心配ご無用です。危ない場所には近づきません。とりあえずはいつものように

※このページは津籠 睦月によるオリジナル和風ファンタジー小説「花咲く夜に君の名を呼ぶ」のモバイル版本文ページです。
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