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和風ファンタジー小説
花咲く夜に君の名を呼ぶ

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第二章 神の生まれ()づる(もり)(7)

 女神の問いに花夜はしばし考え込んだ。女神に望みを叶えてもらう機会など、一生に一度(めぐ)ってくるかどうかも分からないものだというのに、花夜が選んだのは、あまりにもささやかな望みだった。
「では、私の故郷(ふるさと)花蘇利国(かそりのくに)の今の様子を確認していただくことはできますか?」
 俺は思わず花夜の衣袖(きぬそで)を引き、(ささや)いていた。
「お前、いくら何でも欲が無さ過ぎるだろう。もう少し、じっくりと考えたらどうだ?」
「でも私が今一番気にかけているのは花蘇利のことですし、それに……」
 花夜は一旦(いったん)言葉を切って俺を見た。
「今までで一番叶えたかった望みがこうして叶っている以上、他の望みなどそうそう思いつきません」
 その笑顔に無性(むしょう)に気恥ずかしさを覚え、俺は知らずそっぽを向く。
「では、花蘇利の国内に立つ藤の木の木霊(コダマ)たちに、巫女姫の故郷の今の様子を()いてみましょう」
 藤の女神はそう言うと、髪から藤の花のかんざしを一つ引き抜き、耳へと押し当てた。しばらくの間、声無き声で遠く離れた木霊たちと話をしていたようだが、その顔は次第(しだい)(けわ)しいものへと変わっていった。
 息を()めて見守っていた花夜に向き直り、女神は悲痛な顔で告げた。
「巫女姫、あなたの国には今、他国の兵士が数多く入り込んでいるそうです」
「え……」
 花夜は一瞬(ほう)けたような顔をした後、すぐに青ざめ、悲鳴を上げた。
「花夜!」
 崩れそうになる身体をとっさに支えると、花夜は(ふる)える(うで)で俺にしがみついてきた。
「そんな、まさか……こんなに急に……。よりにもよって、私のいない、こんな時に……っ」
「心当たりがあるのか、花夜!」
 うわ言のように(つぶや)く花夜に問うと、花夜は泣きそうな顔で(うなず)いた。
「心当たりは一つしかありません。ずっと、花蘇利を属国にしようと狙ってきた大国、そして直路(ひたち)(くに)をこんな風にしてしまった国……『水響(みづとよ)霧狭司国(むさしのくに)』……」
 その名に、再び俺の脳裏(のうり)に過去の光景があふれかえる。過ぎ去りしあの日、俺のいた国を襲ったのも、そして俺の大事な人間を死へと追いやったのも、霧狭司国(むさしのくに)だった。
 水響(みづとよ)霧狭司国(むさしのくに)――風火水土のうちの一柱、水神(すいじん)鎮守神(ちんじゅしん)に持つこの大国は、己の勢力をより強大強固なものとするため、周りの小国を次々と攻め滅ぼしてきた。
「早く……、早く戻らなければ……皆がっ」
「ああ、そうだな。すぐに行こう。花蘇利国(かそりのくに)へ」
 嫌な予感に胸を(ふさ)がれながらも俺は言った。できることならば、そんな危険な地へ花夜を戻らせたくはなかった。だが決して彼女を止められないことも分かっていた。たとえ死の危険を(ともな)おうとも、最期(さいご)まで国を守るのが、社首――国の神社を()べる(おさ)たる者の役目なのだ。
「お気をつけ下さい。花蘇利国には兵士だけでなく、霊力の強い巫女も来ているようです」
 藤の女神の忠告に、俺はただ黙して(うなず)いた。

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