第二章 神の生まれ出 づる杜 (2)
異変に気づいたのは、杜 のだいぶ奥深くに足を踏み入れた頃だった。真昼でも薄暗い杜の中、妙な光が宙を漂 っていた。蛍火のように淡く、ちかちかと光るそれは、一つや二つどころではなく群れを成し、ただ一ヶ所を目指して飛んでいく。
「あれは……?木霊 か何かですか?」
花夜もすぐに気づき、不安そうに俺を見た。
「いや。あれは『祈魂 』。人間の強い想いが形を成したものだ」
光の飛んでいく先に、強い霊異 の気配を感じる。俺はこれから何が起ころうとしているのかを、すぐに察した。
「花夜、急ぎの旅でないなら、少し寄り道をして行かぬか?きっと珍しいものが見られる」
「珍しいもの、ですか?」
「ああ。神だとて、そうそう立ち会えるものではない、稀少 な場面だ。『神』の生まれ出 づる瞬間を、目にできるかも知れぬぞ」
深い藪 を抜けた先には、一本の藤の巨木があった。
「……なんて美しい藤の木……。一体どれほどの歳月 を経 れば、このような大木に育つのでしょう……」
花夜が感嘆 の声で呟 く。藤の木は、その太い蔓 を大蛇 のように他の木の幹 に絡 みつかせ、空を覆 うように広げた枝に満開の花を咲かせている。その花房 が風に揺れる様は、まるで薄紫の花の滝のようだった。
杜の四方から飛んで来る祈魂 の群れは、その花の一つ一つに宿り、藤の木全体をぼんやりと光り輝かせていた。
「この祈魂 はどうやら、藤の木に寄せる人間の想いが形と成ったもののようだな。藤の木に対する人間の、愛や憎しみ、感謝の念に『祈 がい』――ありとあらゆる想いが祈魂 となり、その想いの対象に宿る。それは積もり積もって、やがて莫大な霊力の塊 となり、神を降 ろす器となるのだ。祈魂がこうして、目に視えるまでに強くなり、光り輝くのは、その『器』が間 も無く完成する兆候 だ。もうすぐここに、藤の木の神が降臨されるぞ」
「……『降臨』?それは、何処 か他の世界 から、この『祈形国 』へ、神様の魂がいらっしゃるということですか?」
「そういうことになるのだろうな」
「何処 の世界 からいらっしゃるのですか?神話に出てくる高天原 や豊葦原瑞穂国 や常世国 という世界 は、本当に在 るのですか?」
好奇心のままに問いかけてくる花夜に対し、俺は無言になった。花夜はハッと表情を変える。
「すみません。もしかして、人間 が聞いてはならぬ話でしたか?」
「……いや、そうではない。俺自身も識 らぬのだ。神や精霊の魂が何処からやって来るのかを。この世界 のことならば、誰から教えられずとも大概のことは識っている。だが、この世界の外のことは、まるで分からぬ。そのような理 になっているようだ」
口籠 りながらなんとか説明を終えたその時、背後 の茂みが派手 に鳴った。
「お?何だ、お前。こんな所で一人で何をしている?」
振り向いた先には数人の男が立っていた。格好から察するに、木を伐 ることを生業 とする杣人と思われた。
「私は巫女です。勧請 の旅の途中で、ここに立ち寄らせていただいております」
巫女という高い身分にありながら、花夜はどんな人間に対しても丁寧 な物腰で接していた。男達はやや面食らったように花夜を見つめる。
「……へぇ。あんたみたいな娘さんが、一人で旅を、ねぇ」
男の一人が下卑 た笑みを浮かべた。その時の俺は、常人からは視えぬよう姿を隠したままだったから、男達の目には娘の一人旅のように映ったのだろう。男達があらぬ行動に出るようなら姿を現し花夜を守ろうかと思った、その矢先、別の男が先ほどの男をたしなめた。
「妙なことを考えるなよ。相手は巫女様なのだぞ、この罰 当たりが」
「でもよ、霧狭司国 のお偉 いさんからしたら、他国の巫女が霊力 を失うのはありがたいことなんじゃねぇのか?」
「霧狭司 ……」
花夜が硬 い表情で呟くのが聞こえた。俺も男達を見る目を険しくする。それは俺にとって過去に因縁 のある国の名だった。
「あれは……?
花夜もすぐに気づき、不安そうに俺を見た。
「いや。あれは『
光の飛んでいく先に、強い
「花夜、急ぎの旅でないなら、少し寄り道をして行かぬか?きっと珍しいものが見られる」
「珍しいもの、ですか?」
「ああ。神だとて、そうそう立ち会えるものではない、
「……なんて美しい藤の木……。一体どれほどの
花夜が
杜の四方から飛んで来る
「この
「……『降臨』?それは、
「そういうことになるのだろうな」
「
好奇心のままに問いかけてくる花夜に対し、俺は無言になった。花夜はハッと表情を変える。
「すみません。もしかして、
「……いや、そうではない。俺自身も
「お?何だ、お前。こんな所で一人で何をしている?」
振り向いた先には数人の男が立っていた。格好から察するに、木を
「私は巫女です。
巫女という高い身分にありながら、花夜はどんな人間に対しても
「……へぇ。あんたみたいな娘さんが、一人で旅を、ねぇ」
男の一人が
「妙なことを考えるなよ。相手は巫女様なのだぞ、この
「でもよ、
「
花夜が
※このページは津籠 睦月によるオリジナル和風ファンタジー小説「花咲く夜に君の名を呼ぶ」のモバイル版本文ページです。
ページ内の文字色の違う部分をクリックしていただくと、別のページへジャンプします。
個人の趣味による創作のため、全章無料でご覧いただけますが、著作権は放棄していませんので、無断転載等はおやめください。
モバイル版はPC版とはレイアウトが異なる他、ルビや機能が少なくなっています。