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和風ファンタジー小説
花咲く夜に君の名を呼ぶ

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第二章 神の生まれ()づる(もり)(1)

 魚眼潟(なめかた)から花蘇利(かそり)までの道のりは長い。真っ直ぐに進めるならそれほどの距離ではないのだが、魚眼潟国は東・南・西の三方を内海に囲まれているため、南西の方角にある花蘇利へ行くためには、まずは北へ向かい、内海の周りをぐるりと迂回(うかい)して進まなければならない。
 魚眼潟国のあるこの辺りは『衣袖(ころもで)(ひた)直路(ひたち)(くに)』と呼ばれている。かつては小国ひしめく地だったが、今ではとある大国の支配を受ける一部の地域以外は耕作も居住も放棄され、森に()まれるままとなっている。
 獣道すら満足に無いような土地を、俺達は草をかき分け徒歩で進むしかなかった。
「私はこれから、あなた様のことを何とお呼びすればよろしいのでしょうか?」
 魚眼潟国(なめかたのくに)を抜け、茨蕀置(うばらき)(もり)と呼ばれる地域に入った辺りで、ふと花夜がそう()いてきた。
「お前、俺の名は既に知っているのだろう?俺の(うわさ)は周りの国々に知れ渡っていたはずだからな」
「はい。ですが、あまり良き御名前とは思えません。ツキタチアラミタマノカガチヒコ様だなどという御名前は……。あなた様はもはや、荒魂(アラミタマ)ではありませんのに」
 ツキタチアラミタマノカガチヒコ――俺の存在を知った周りの国の民達が勝手に付けたその名は、大刀(たち)憑依(ひょうい)する荒ぶる蛇の男神という意味を持つ。
「俺はそのようなこと、気にはせぬが。ならば、お前が好きに名付ければ良い」
「好きに……ですか」
 花夜は困惑した顔で、しばらくの間沈黙した。
「……では、ヤトノカミ様というのは、いかがでしょう?」
ヤトノカミ?」
「はい。あなた様は谷地(やと)にいらっしゃったでしょう。ですから『谷地(やと)の神様』です」
「……少し安直過ぎではないか?」
「好きに名付けろとおっしゃったのは、あなた様でしょう。それに、無闇に本質を表した名前よりは良いと思いますが。名を知られただけで相手に弱点を(あば)かれるような名前では困りますもの」
 花夜はむっとした顔で反論する。彼女の言うことは真理だった。『名付け』というものは、この世界の基礎となる呪術の一つだ。『名』はそのモノの本質を表し、力を与えもすれば、逆に奪いもする。
「まぁ良い。俺はお前の神なのだから、お前の好きに呼べば良いさ」
「では……ヤト様、とお呼びしてもよろしいのですか?」
「ああ。好きに呼べと言っている」
「では……『ヤト様』」
 花夜は、はにかんだような顔で名を呼んだ。俺の後を一、二歩離れ、駆け足でついてくる彼女の顔には、いつでも笑みが浮かんでいた。俺と共にいることが嬉しくてたまらないとでも言うように。俺はそれを、孤独な勧請(カンジョウ)の旅に人恋しくなっていたせいだと思っていた。だが、そこには別の理由(わけ)が含まれていた。俺がその笑みの本当の理由を知るのは、もう少し後のこととなる。

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