第一章 鳥追う少女 (3)
一瞬、我を忘れて絆 されそうになり、あわてて頭を振る。
(違う。たまたま似たような言葉を口にしているだけだ。この娘は真大刀とは違う)
「皆初めはそう言う。だが結局は同じことではないか。たとえ自らにその気がなくとも、他国が攻め入ってくれば必ず戦は起き、血が流れる。人は争い無しには生きられぬ。もうたくさんなのだ。そのような醜 いものを目にするのは」
「……そうですか。だからあなたはこのような寂しい場所に、ずっと独りでいらっしゃるのですね。そんな哀しい戦を、今までにたくさんご覧 になっていらしたから……」
彼女の瞳には深い同情と理解の色があった。
「分かったのなら諦 めて去れ。これ以上俺を煩 わせるな」
だが彼女は去らなかった。
「この世から争いがなくならないとしても、争いを避 けようとする者がいて、それを避けるために必要な力があったなら、せめて目先の争いだけでも無くすことができるのではありませんか?」
「……何?」
「戦ばかりの世の中が嫌だとおっしゃるなら、それを変えるために動けば良いではありませんか。嘆くばかりでは何も変わりません。この世も、あなたの御心を覆う気鬱の感情も。たとえ叶わなかったとしても良いではありませんか。己の手で為せるだけのことを為したなら、少なくとも己の心を救うことはできるはずです」
俺は目を瞠 った。神に対しここまでズケズケ物を言う巫女は初めてだった。
「娘、お前は俺が恐ろしくはないのか?」
「私は八百万 全ての神を畏 れ敬 っておりますよ。巫女ですもの」
彼女はしれっと答えた。だがその表情はどう見ても本気で俺のことを恐れている者の表情ではなかった。
「そうか。お前、俺が人の姿をしているから、そのように平然としていられるのだな」
俺はむきになっていた。どうにかして目の前の娘を恐がらせてやろうと躯 を変化させる。それまでとはまるで違う姿になった俺に、彼女は目を見開いた。その唇から思わずというように呟きが漏れる。
「……大蛇 」
そう、あの頃の俺は、まだ龍になりきれぬ、額 に角 を持つ中途半端な蛇神 だった。
「どうだ?俺はお前など一口で丸呑みにしてしまえるのだぞ。恐ろしいだろう?」
彼女は青ざめ、ふらふらと立ち上がる。そのまま走って逃げ出すのだろうと、知らず昏 い笑いがこみ上げた。だが、彼女は思いもかけない行動に出た。気を取り直すように息をつき、改めてその場に座りなおし、彼女は俺を見上げて微笑んだ。無邪気にさえ見えるほどの満面の笑み。見ているこちらまで心がとろかされてしまいそうな、見るからに幸せそうな笑みだった。
(違う。たまたま似たような言葉を口にしているだけだ。この娘は真大刀とは違う)
「皆初めはそう言う。だが結局は同じことではないか。たとえ自らにその気がなくとも、他国が攻め入ってくれば必ず戦は起き、血が流れる。人は争い無しには生きられぬ。もうたくさんなのだ。そのような
「……そうですか。だからあなたはこのような寂しい場所に、ずっと独りでいらっしゃるのですね。そんな哀しい戦を、今までにたくさんご
彼女の瞳には深い同情と理解の色があった。
「分かったのなら
だが彼女は去らなかった。
「この世から争いがなくならないとしても、争いを
「……何?」
「戦ばかりの世の中が嫌だとおっしゃるなら、それを変えるために動けば良いではありませんか。嘆くばかりでは何も変わりません。この世も、あなたの御心を覆う気鬱の感情も。たとえ叶わなかったとしても良いではありませんか。己の手で為せるだけのことを為したなら、少なくとも己の心を救うことはできるはずです」
俺は目を
「娘、お前は俺が恐ろしくはないのか?」
「私は
彼女はしれっと答えた。だがその表情はどう見ても本気で俺のことを恐れている者の表情ではなかった。
「そうか。お前、俺が人の姿をしているから、そのように平然としていられるのだな」
俺はむきになっていた。どうにかして目の前の娘を恐がらせてやろうと
「……
そう、あの頃の俺は、まだ龍になりきれぬ、
「どうだ?俺はお前など一口で丸呑みにしてしまえるのだぞ。恐ろしいだろう?」
彼女は青ざめ、ふらふらと立ち上がる。そのまま走って逃げ出すのだろうと、知らず
※このページは津籠 睦月によるオリジナル和風ファンタジー小説「花咲く夜に君の名を呼ぶ」のモバイル版本文ページです。
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