第六章 幸有 の花(5)
神の力を目 の当たりにした人間の反応は、いつも同じだ。一度だけでは飽 き足りず、二度三度と続けて神の恩恵 に与 ろうとする。
花夜に向けられる邑人 の視線を苦々 しく思った俺は、わざと不機嫌 さを露 にして口を開 いた。
「花夜、酒がなくなった」
話を遮 るように、乱暴に杯 を突 き出すと、途端 に邑人達はぴたりと口をつぐみ、恐いものでも見るかのような顔で俺を見た。花夜はきょとんとした顔をした後、「仕方 がない」とでも言いたげな顔で微笑 む。
「はい。今お注 ぎ致 します。でも、ほどほどにして下さいましね。どこぞのオロチの伝承 のように、お酒で身を滅 ぼしでもされてはかないませんから」
邑人 達は、まだ何か花夜に話しかけたそうにしていたが、俺を恐 れてか誰も自 ら口を開 くことはしなかった。気まずい沈黙 が降 りる。聡 い花夜は苦笑を浮かべ、わざと明るい声を出し、邑人達に違 う話題を振 る。
「あの、私達、今は祈形国中 の美しい景色 を求めて気ままな旅をしているのですが、この辺 りでどこか美しい景色が見られる場所をご存知ではありませんか?」
問われた邑人 は俺の方を気にしながらも、やや安堵 したように顔の強張 りを解 く。
「それでしたら、やはり不尽 の山でしょう。祈形国 広しと言えど、あれほどの山は他にはありません」
「峡国 は山神様に加護された国ですからね、どの山も見ごたえがあるはずです」
人々が口々に国内の名所を挙 げていく中、一人の若者がふと思いついたように口を開いた。
「この辺り、と言うには少し遠いですが、千々峰 を越えた向こう、霧狭司国 の宮処 は、それはそれは壮麗 で、一見の価値があるものだそうですよ」
「馬鹿 。他国のことを言ってどうする」
峡国 の良い所を印象づけたかったのであろう他の邑人 たちに小声で小突 かれても、若者はわけが分かっていない顔で首を傾 げるばかりだった。
「……霧狭司 」
その名を、花夜は無表情につぶやく。
俺と花夜は四年の間に祈形国 の至 る所をめぐったが、霧狭司国 には一歩も足を踏 み入れていなかった。
「それほどに美しい所なのですか、霧狭司の宮処 は」
自分の言葉に興味を示してもらえたのがうれしかったのか、若者は瞳を輝かせてうなずく。
「私もこの前、邑 に立ち寄った旅の商人から伝 え聞いただけなのですが、他の国々とはまるで違 う、この世のものとは思えぬ美しく大きな宮処 だそうです。私も一度行ってみたくてたまらないのですよ」
「馬鹿 を言うな。あのような、他国に戦 を仕掛 けてばかりの国など……。峡国 の方がよほど良い国ではないか」
「そうだそうだ。噂ではあの国は、鎮守神 の加護を持つ国々にまでちょっかいをかけているそうではないか。神の加護する国同士が争うなど、恐 ろしいことだぞ」
「……そうですね。恐ろしいことです。何故 、霧狭司 の鎮守神 様は、そのような恐ろしい企 みを黙認 なさっているのでしょう……」
それは邑人 へ向けた言葉というよりも、ひとりごとのようだった。花夜は邑人達の会話に相づちを打ちながらも、心ここにあらずな表情だった。何を考えているのか窺 い知ることはできない。だが、嫌 な予感に胸が騒 いだ。
花夜に向けられる
「花夜、酒がなくなった」
話を
「はい。今お
「あの、私達、今は
問われた
「それでしたら、やはり
「
人々が口々に国内の名所を
「この辺り、と言うには少し遠いですが、
「
「……
その名を、花夜は無表情につぶやく。
俺と花夜は四年の間に
「それほどに美しい所なのですか、霧狭司の
自分の言葉に興味を示してもらえたのがうれしかったのか、若者は瞳を輝かせてうなずく。
「私もこの前、
「
「そうだそうだ。噂ではあの国は、
「……そうですね。恐ろしいことです。
それは
※このページは津籠 睦月によるオリジナル和風ファンタジー小説「花咲く夜に君の名を呼ぶ」のモバイル版本文ページです。
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