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和風ファンタジー小説
花咲く夜に君の名を呼ぶ

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第六章 幸有(さくあら)の花(4)

 (むら)はそこからそれほど(はな)れていない場所にあった。
 案内された邑長(むらおさ)の家ではその夜、邑人(むらびと)達の心尽(こころづ)くしの酒宴(しゅえん)(もよお)された。
 草壁(くさかべ)の部屋の中、()の周りを囲むように(なら)べられた高坏(たかつき)には、(むら)の女達の手による精一杯(せいいっぱい)のもてなし料理が盛りつけられている。
 赤米(しゃくまい)()(ぐり)雑炊(ぞうすい)に、どんぐりの団子(だんご)に、若菜汁(わかなじる)……。花夜は言葉も無くそれらを見つめ、瞳を輝かせる。
(もう)(わけ)ございません。神様とその巫女様に(ささ)げるには到底(とうてい)不釣合(ふつりあ)いな、心ばかりの粗末(そまつ)な御食事ではありますが、我が(むら)ではこれが精一杯でして……」
 ひどく恐縮(きょうしゅく)した様子で告げる邑長(むらおさ)に、花夜は笑顔で首を()る。
「いいえ。どれも私の好物です。それに、こうして()のそばで夕食を囲むこと自体、ひさしぶりですし」
「あの……あなた様方は、何処(どこ)の国の神様と巫女様なのでしょう。何故(なぜ)このような所を旅してらっしゃったのですか?私は今まで、神様や巫女様というものは、国の奥まった神社にお()もりになって、滅多(めった)に外へはお出にならないものとばかり思っておりましたが」
 邑人(むらびと)何気(なにげ)ない問いに、花夜は(さじ)を持つ手を止めた。しばし逡巡(しゅんじゅん)し、(うかが)うように俺の目を見た後、花夜は小さな声で告げた。
「私達は何処(どこ)の国にも属していません。実は私達、帰る国をなくしてしまいまして……」
 場の雰囲気(ふんいき)が一瞬で変わる。問いを口にした邑人(むらびと)蒼白(そうはく)な顔で平伏(へいふく)した。
「も、申し訳ありません!そのようなことをお()きしてしまって……!」
「いいえ、(あやま)られるようなことではありませんよ」
「しかし、それは大変ですな。か弱き少女の身で旅などと……。今までさぞ、お(つら)いことも多かったでしょう」
「もしかして、旅をしながら落ち()く先を探していらっしゃるのですか?神様とその巫女様ともなれば、(むか)()れたいと望む国や里は山のようにあるでしょうからね」
「これからどちらへ向かわれるおつもりなのですか?お急ぎの旅でないなら、しばらくこの(あた)りにお(とど)まりになってはいかがでしょう」
 邑人(むらびと)達は、表向きはそれまでと変わらぬ(ふう)(よそお)いながらも、その眼差(まなざ)しはにわかに熱を()び、熱く花夜に(そそ)がれていた。俺には彼らの心中が手に取るように分かった。

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