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魔法巫女エデン
 
 
 
 
 
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Episode1:Not 魔法少女 But 魔法巫女!

〜マホウショウジョジャナクテ、マホウミコナノ!〜

 

 一瞬(いっしゅん)だけ意識(いしき)(うしな)った後、エデンはハッと目を()ました。
 気づけば、そこは(すで)にスクールバスの中ではなく、全く見覚(みおぼ)えのない奇妙(きみょう)な場所だった。
 まるでスクラップ置き場か何かのように巨大なゴミやガラクタが雑然(ざつぜん)()み上げられた向こうに、不思議(ふしぎ)な形の石組(いしぐみ)が見える。
「何……あれ……。岩でできた鳥居(とりい)……?それとも、イギリスのストーンヘンジ……?」
「……もう気がついたのか。さすがはあの人たち(むすめ)だな」
「え……?」
 声のした方へ視線を向けると、(かたわ)らには変わらず例の美少年がいた。だが、その姿は先ほどまでの制服姿ではなく、まるで神社(じんじゃ)にいる神職(しんしょく)が身につけるような袴姿(はかますがた)に変わっていた。
「あれ……?いつの()着替(きが)えた……んですか?」
 まだ上手(うま)(はたら)かない頭で()ボケたように()うと、すぐに叱責(しっせき)の言葉が飛んできた。
「ばか!今はそんなのん気なことを話している場合じゃない!あれを見ろ!」
 血相(けっそう)を変えた少年が指差(ゆびさ)す方へ顔を向け……エデンは思わず自分の目を(うたが)った。
「え……?何、アレ……陽炎(かげろう)……?」
 それはエデンが今まで目にしたことのない不可思議(ふかしぎ)現象(げんしょう)だった。その場の景色(けしき)(ゆが)めながら、まるで透明(とうめい)(ほのお)のように()らめく“何か”が、一頭の(けもの)姿(すがた)を形作っている。
「アレは“災厄の獣(カラミタス・ビースト)”。日本では古来(こらい)オニ”と()ばれ、西洋では“悪魔(あくま)”と呼ばれてきた……人々に災いをもたらす存在(モノ)だ」
「え!? 何、ソレ!? ……って言うか、ここはどこ!? (なん)で私、こんな所にいるんですか!?」
 パニックに(おちい)るエデンに、少年は(けもの)から目を(はな)さぬまま早口に説明する。
「ここはヤツの結界の中。お前はアイツに(ねら)われ、結界の中に引き()まれたんだ。お前の中にはアイツの力の(みなもと)となる特別な力(ねむ)っているからな」
「特別な……力?何ですか、それ」
「今は長々と説明している余裕(よゆう)がない。とりあえずアレを(たお)してここを出るぞ。一応(いちおう)()くが、お前、もう変身はできるのか?」
 さらりと()われ、エデンは一瞬(いっしゅん)自分が何を言われているのか分からなかった。
「………………は?へ、変身……?」
「……その様子(ようす)だと、やはり何も(おし)えられていないのか。……コデリ様も相変(あいか)わらずだな」
 後半はひとり(ごと)のようにつぶやき、少年は(けもの)の方を警戒(けいかい)したまま顔だけをエデンの方へ向ける。
「いきなりのことで混乱(こんらん)しているだろうが、こうなった以上はお前に変身してもらうしかない。アイツに()てるような自分の姿(すがた)をイメージして、心に()かぶ“言霊(ことだま)”を(とな)えるんだ。大丈夫(だいじょうぶ)、今のお前にはその力が(そな)わっているはずだ」
「そ、そんなこと言われても……っ、わ、分からないよ……っ、頭の中真っ白で(なん)にも()かんで来ないよ……っ!」
 エデンが泣きそうな顔でそう(さけ)んだその時、災厄の獣(カラミタス・ビースト)が大きく()えた。
 次の瞬間(しゅんかん)、獣の(わき)()まれていたガラクタの一つがふわりと(ちゅう)に浮き、ふたり目がけて(すさ)まじい(いきお)いで飛んで来る。
(あぶ)ない……ッ!」
 少年はとっさにエデンの身を()きかかえ、横に()んでその攻撃(こうげき)()ける。
「や……やだ……っ、な、何が……?」
 おそるおそる今までいた場所に目をやると、そこには半分(こわ)れた冷蔵庫(れいぞうこ)が地面をえぐって(ころ)がっていた。今さらながら(おそ)ろしさに顔を強張(こわば)らせ(ふる)えだすエデンに、少年は表情と声は(きび)しいまま、落ち()かせようとでも言うようにゆっくりと言葉をかける。
大丈夫(だいじょうぶ)だ。お前ならできる。お前、小さい(ころ)には散々(さんざん)オモチャのステッキを()り回してゴッコ(あそ)びをしてただろう?あれでいいんだ。あの頃はまだ力が(そだ)っていなかったから変身はできなかったが、今ならできる。(あこが)れていただろう?悪を(たお)正義(せいぎ)のヒロインに」
「え……?何でそんなことまで知って……」
 だが()き終わる前に獣が(ふたた)()えた。少年は舌打(したう)ちし、エデンをかばうように前へ出る。
 ちりん、という音とともに一瞬(いっしゅん)にして空中に巨大な(たて)が出現し、飛んで来たガラクタを(はじ)き飛ばして消滅(しょうめつ)する。
「早く!俺が時間をかせいでいる間に変身するんだ!」
「は……はい……っ」
 エデンはその場にへたり込んだまま、懸命(けんめい)思考(しこう)をめぐらす。
(は、早く変身しないとっ、この人が(あぶ)ない……っ。へ、変身・ヘンシン・メタモルフォーゼ……魔法少女(まほうしょうじょ)っぽい、キラキラなイメージの“呪文(じゅもん)”で……)
 (おさな)(ころ)に見たアニメの変身シーンを頭の中に思い()かべながら、エデンは覚悟(かくご)を決めたように立ち上がり、その“変身呪文(へんしんじゅもん)”を口にした。
「キャ……キャラメル・キャラメラ・キャラメリゼっ☆」
 思わず決めポーズまでつけて(とな)えたものの、エデンはすぐに(はげ)しく後悔(こうかい)した。
(うぅ……っ、(われ)ながら何の三段活用(さんだんかつよう)なんだろう、これ……っ、って言うか、これで変身できなかったら()ずかし()ぎるんだけど……っ)
 羞恥(しゅうち)と不安にいたたまれなくなるような一瞬(いっしゅん)()の後、エデンは(まばゆ)い光に(つつ)まれた。
 それまで身につけていた服の感触(かんしょく)(おも)みがふっと消え、身体(からだ)の周りを光でできた羽根(はね)やネコのシッポのようなフワフワしたものが飛び回った……ような気がしたが、あまりに一瞬(いっしゅん)のことだったので、エデンにははっきりと知覚(ちかく)できなかった。そして気がつけばエデンは花ノ咲理学園(はなのさかりがくえん)制服(せいふく)とは()ても似つかない衣装(コスチューム)を身にまとっていた。
 巫女(みこ)緋袴(ひばかま)を思わせる幅広(はばひろ)のプリーツのついた(あか)ミニスカート胸元(むなもと)に三段フリルのついたノースリーブの白い上衣。(うで)には着物の(そで)のような広がりを持つアームカバー(ウエスト)には白猫のシッポに似たもこもこ素材(そざい)(おび)。えり(もと)には蝶々結(ちょうちょむす)びの赤紐(あかひも)がついたフワフワの白いティペット(あし)には白いファーと赤い紐飾(ひもかざ)りのついたオーバーニーソックスと、どことなく草履(ぞうり)彷彿(ほうふつ)とさせるデザインの厚底(あつぞこ)サンダル
 エデンはそんな自分の姿(すがた)見下(みお)ろし、思わず赤面(せきめん)した。
「何これ、何これっ!(なん)カラーリングが紅白(こうはく)なのっ!? ハデ()ぎるでしょっ!もっとピンクとかのパステル・カラーが良かったよ……っ」
「……なるほどな。神職(しんしょく)の父親魔女(まじょ)の母親の間に生まれた(むすめ)はそうなるってことか。ただの巫女でも魔女でもない。この世界にただ一人の“魔法巫女(まほうみこ)”ってとこか……」
「え……?私のパパとママが何……?」
 聞き(のが)せない事実が耳に入り、思わず聞き返そうとしたその時、エデンの目の前に(まぶ)しく(かがや)(ぼう)状の光が(あらわ)れた。
「え?え!? 今度(こんど)は何っ!?」
「お前の“(つえ)”だ。手に取ってみろ」
「つ、杖って……もしかして、魔法(まほう)の……?」
 エデンはドキドキしながら光に手を()ばした。手を()れると、ぼんやりした棒状だった光は独特(どくとく)形状(けいじょう)をした“杖”へと変化(へんか)していく。
 パールピンクの(じく)に、()の部分は短毛種(たんもうしゅ)のネコの前肢(まえあし)そのままの形でフワフワの短いファーに(おお)われ、先端(せんたん)には一対(いっつい)(つばさ)と、中に鈴の()るされた黄金(おうごん)のハート……に遠目(とおめ)からだと見えるモチーフが(あらわ)れる。
 一瞬(いっしゅん)だけ()り向いてその杖の形状を確認(かくにん)した少年は、その途端(とたん)、何とも言えないビミョウな表情(ひょうじょう)になった。
「うっわぁああぁ……カ、カワイイ……っ。コドモの(ころ)誕生日(たんじょうび)に買ってもらった魔法天使姫(マジカル・エンジェル・プリンセス)薔薇水晶杖(ローズ・クリスタル・ロッド)より断然(だんぜん)ジュエリーっぽいプラスチックっぽさが全然無くて高級感(こうきゅうかん)(ただよ)ってる……!」
 ひとり興奮(こうふん)するエデンに、少年は視線(しせん)(けもの)の方へ向けたまま、ぼそりとツッコミを入れる
「いや、材質(ざいしつ)雰囲気(ふんいき)より、フォルムがそもそも微妙(びみょう)()ぎだ。何でただのハートじゃなくてハート(がた)に身をくねらせた黄金のネコなんだよ。(あき)らかに姿勢(しせい)体型(たいけい)不自然(ふしぜん)過ぎるだろう。おまけに()リアル猫脚(ねこあし)過ぎてキモチワルイ……」
 そう。エデンの(つえ)先端部分(せんたんぶぶん)はただのオープンハートではなく、猫の(からだ)とシッポでハート型を(あらわ)したものだった。しかも()の部分は裏側(うらがわ)ぷにぷにした肉球(にくきゅう)(じょう)(かざ)り)まで付いた本格的(ほんかくてき)猫脚仕様(ねこあししよう)だ。
「えへへ……っ、私の杖、何て名前にしようかなっ。ハートにキャットで……ハートフル・キャット・ロッド……とか?」
「おい、コラっ!のん気にネーミングを(かんが)えている場合(ばあい)かっ!」
 エデンが状況(じょうきょう)をすっかり(わす)れて杖に夢中(むちゅう)になっている間にも(けもの)攻撃(こうげき)仕掛(しか)けて来る。寸前(すんぜん)で攻撃を(はじ)き返した少年に()り返って怒鳴(どな)られ、エデンはハッと(われ)に返った。あわてて杖を(にぎ)りしめ、少年の(となり)()()る。
「あの……っ、私、これでどうやって戦えばいいんですか?」
「……今回は(おれ)が力を()してやる。俺の能力は“具現化(ぐげんか)”。頭の中のイメージを形にする能力だ。攻撃(こうげき)のイメージを頭に()かべ、それにふさわしい言霊(ことだま)(つむ)げ…………と言っても、初心者のお前には(むずか)しいだろうな」
 説明を聞きながら(すで)にもう『いっぱいいっぱい』という顔をしているエデンに、少年はため息をついて向き直った。
仕方(しかた)がない。特別に俺の記憶(きおく)()せてやる。今回はコレ真似(まね)すればいいだろう」
 言いながら、少年はエデンの(うで)を引き()せ、顔を近づけていく。
「…………えっ?」
 こつん、と(ひたい)に額が()れる。瞬間(しゅんかん)、エデンの頭の中にある映像が流れ()んで来た。まるで映画か何かでも見ているようにハッキリ浮かぶその光景の中にいるのは、エデンにとってあまりにも見覚(みおぼ)えのある人物で……
「……えっ?パ、パパ……?」
「分かっただろう?今回はとりあえず、慈恩(じおん)(わざ)を使えばいい。簡単(かんたん)呪文(じゅもん)だから一度で(おぼ)えられたな?」
 額を(はな)し、少年が()いかける。だがエデンは混乱(こんらん)してしまってそれどころではない。
「え!? パパもこんな(ふう)にアレと戦ってたんですか!? って言うか、呪文って……アレが!?
「……言いたいことは分かるが、話は(あと)だ。それにお前のセンスも大概(たいがい)親譲(おやゆず)だぞ」
 さりげなくセンスについてけなされた気がしたが、エデンは聞かなかったことにして(つえ)(かま)える。(ひたい)を通して()せてもらった父の姿(すがた)そのままに杖を(にぎ)った手を前に()き出すと、その(こぶし)を少年が後ろから、エデンの背中(せなか)()しに両手で包み()んだ。
(……あ、何か、あったかい……。このカンジ、すごく(なつ)かしいような……)
 手のぬくもりを通して、身体の中に不思議(ふしぎ)な力のようなものが流れ込んで来るのが分かる。
「行くぞ!エデン!」
「は、はい……っ!えっと……きなこ・あんころ・さくらもちっ!」
 ただ食べ物の名前を(なら)べているようにしか思えないその“呪文(じゅもん)”をエデンが(とな)えた次の瞬間、杖の先からキラキラ(かがや)粉末状(ふんまつじょう)のものが災厄の獣(カラミタス・ビースト)目がけて飛び出していった。
 それを浴びた途端(とたん)(けもの)はまるで目や鼻にきなこ状の(こな)でも()りかけられたかのように身悶(みもだ)えだす。
 “攻撃”はそれで止まらず、次は小豆大(あずきだい)の光の弾丸(だんがん)が次々と獣の身を射抜(いぬ)き、悲鳴を上げて地に(たお)()した獣を、さらにはさくら色のねっとりした巨大なもち状の物体がサンドして完全に動きを(ふう)じ込めた。
 エデンはほっと安堵(あんど)の息をつくとともに、ひどく複雑(ふくざつ)表情(ひょうじょう)になる。
「……『きなこあんころさくらもち』って……パパ……」
「……ネーミングはともかく威力(いりょく)はなかなかのものだろう。センスについては直そうとして直せるものでもないし、あきらめるしかない。そもそも(むすめ)に“楽園(エデン)”と名付けるような父親なんだからな、あいつは」
 言葉ではけなしながらも、その口調(くちょう)にはどこかあたたかい(じょう)のようなものが感じられた。エデンは不思議(ふしぎ)に思って口を(ひら)く。
「あの、あなたはパパとどういう……」
 だが、エデンはその問いを最後まで口にすることができなかった。
 (ねば)つく物体に(から)めとられ、(はげ)しくもがく(けもの)悲痛(ひつう)な声が耳に入ったためだ。エデンはハッとして災厄の獣(カラミタス・ビースト)()り返る。
大丈夫(だいじょうぶ)だ。あいつの動きは封じられている。お前が技を解除(かいじょ)しない(かぎ)り攻撃してくることはない」
「でも……何だかあのコ、かわいそう。苦しそうだし……」
 悲鳴を上げてもがく獣の姿が、エデンにはまるで虐待(ぎゃくたい)されている動物のように見えた。自分がそれをしたのだと思うと、ひどく(むね)(いた)む。
「……自分を攻撃してきた相手に対しても、そんな風に思うのか。そういう所も、父親にそっくりだな……」
「え……?」
 少年はエデンの顔をしばらく見つめると、何かをあきらめるように一つ大きなため息をついた。
「お前ならあいつを(すく)うことができる。あいつと契約(けいやく)()わし、あいつを“災厄の獣(カラミタス・ビースト)”ではなく、魔法巫女(おまえ)(したが)う“契約の獣(エンゲージド・ビースト)”にするんだ。そうすれば、あいつは力有る人間を(おそ)わなくてもお前の力を()て生き()びることができるし、お前はあいつの持つ能力を自分のモノにすることができる」
「そんなことができるの?」
「ああ。この国ではかつて陰陽師(おんみょうじ)やその系譜(けいふ)を受け()ぐ神官たちがオニと呼ばれるモノたちを(したが)わせて(おのれ)使鬼神(しきがみ)とし、西洋では魔女(まじょ)悪魔と呼ばれるモノたちと契約を交わし魔力(まりょく)を得てきた。お前はその両方の血を受け継ぐ者。あいつの(あるじ)となる資質(ししつ)を持っている」
「分かった。やってみる」
 エデンは少年のそばを(はな)れ、ひとり災厄の獣(カラミタス・ビースト)の前に立つ。獣はエデンを目にすると獰猛(どうもう)なうなり声を上げた。エデンはその声に足をすくませながらも、おそるおそる()びかける。
「あの……ね、ごめんね。ひどいことして。でもね、あんな(あぶ)ないモノを飛ばして人を攻撃(こうげき)するのはダメなの。分かってくれるよね……?」
 (なだ)めるような、(さと)すような、攻撃性(こうげきせい)の全く無いその声に、獣のうなり声は様子(ようす)をうかがうかのように小さくなる。その様子に安心して、エデンは身を乗り出す。
「あのね、こんな風にして力のある人を(おそ)わなくても、私と契約(けいやく)すれば、あなた、生き()びることができるんだって。だから、仲良くしようよ。だから私の“契約の獣(エンゲージド・ビースト)”に……」
 言いながら、エデンはふとその言葉に違和感(いわかん)(おぼ)えた。
(……“契約の、獣”……?それって何か、(ちが)う気がする。何だかそれじゃ、契約で仕方(しかた)なくつき合ってるってだけの冷たい関係みたい……。せっかくなら、もっとフレンドリーアットホームな関係がいいな。パパと、パパに(なつ)いてたあの動物たちみたいな……)
 (なや)んだ(すえ)、エデンはふっと(ひらめ)いた。
「あなた、私と契約(エンゲージ)して、私の“愛犬(ワンコ)”になってよ!」
 そのセリフに、背後(はいご)で少年がその場に(くず)()ちそうになる。だがエデンはまるで気づかず、満足(まんぞく)そうな微笑(ほほえ)みを浮かべた。
(うん!このコって何だか大型犬(おおがたけん)っぽくも見えるし、ピッタリ!うち、あんなに広いのにペットが一匹(いっぴき)もいなかったもんね。本当は、あのお屋敷(やしき)似合(にあ)いそうなゴールデン・レトリーバーとか()ってみたかったんだかど、まぁ仕方(しかた)ないか)
 獣はどこかきょとんとしたようにエデンの微笑(ほほえ)みを見つめていたが、やがて「キュウン」と()いて「服従(ふくじゅう)します」とでも言うように頭を地に()せた。
「……どうやら契約(けいやく)承諾(しょうだく)したようだな。エデン、こいつに名を付けてやれ。それで契約は完了(かんりょう)する」
「え……っ?名前……?そんな急に言われても……。じゃあ、えっと……“レト”で」
 とっさにゴールデン・レトリーバーから名を取り、エデンは歩み()ってきた少年を振り返る。
「あの……そう言えば、今さらなんですけど、あなたの名前って……。それに、何者……」
 言いかけ、エデンはふいに(おとず)れた目眩(めまい)にうずくまった。通学バスからこの“結界”の中に引き込まれた時と同じ、世界が(ゆが)み、ぐるぐる回るようなひどい目眩(めまい)だ。
 少年はエデンの(かた)に手を()れ、(ささ)えるようにしながらそっとささやいた。
「……猫神(ねこがみ)。俺は“猫神”だ」
 朦朧(もうろう)とする意識(いしき)の中、エデンは自分が元の制服姿に(もど)り、スクールバスの中に戻って来たということだけは(さと)った。だが、それでも目眩は(おさ)まらず、身体中(からだじゅう)がひどく重くて動くことができない。
「え……っ!? その子、どうしたの!?」
 バスに同乗(どうじょう)していた女生徒(じょせいと)の声が、どこか遠くから(ひび)いているように聞こえる。
「どうやら貧血(ひんけつ)のようです。俺が保健室(ほけんしつ)まで()れて行きます」
 すぐそばから聞こえてくるのは、あの少年の声だ。
(……(ねこ)(がみ)……。……猫神…先輩(せんぱい)……?)
 目を開けることもできぬまま、エデンは猫神に横抱(よこだ)きに(かか)え上げられ、連れて行かれる。
(そんな……()って……。こんな、人生初(じんせいはつ)姫様(ひめさま)()っこなのに……気を(うしな)うなんて、もったいな……)
 そんなことを考えながら、エデンは本格的(ほんかくてき)意識(いしき)を失っていった。

 次にエデンが目を()ました時、そこは見慣(みな)れた自分の部屋の天蓋(てんがい)(つき)ベッドの中だった。
 エデンは飛び起きて辺りを見渡(みわた)した後、はぁーっとため息をつく。
(……何だ、夢か……)
 何だかもったいないような、ガッカリしたような気分で時計に目をやり、エデンはぎょっとする。
「え!? 5時!? 夕方っ!? 私、何で……っ?学校は……っ!?」
 あわててベッドから()り、パジャマ姿(すがた)のまま廊下(ろうか)に飛び出す。すると、そこには……
「あ……お気がつかれたのですね。()姫君(ひめぎみ)
 心からうれしそうな笑顔(えがお)()かべエデンの前にひざまずいたのは、全く見覚(みおぼ)えのない若者だった。色素(しきそ)(うす)い長めの(かみ)を持ち、どこか高貴(こうき)雰囲気(ふんいき)(ただよ)わせた、エデンより2〜3才年上に見える少年だ。エデンは戸惑(とまど)い、とりあえず質問してみる。
「えっ……と、あなたは……ひょっとして、ウチの新しいハウスキーパーさん……ですか?」
「いいえ。俺は貴女(あなた)の“愛犬(イヌ)”です。今朝(けさ)貴女のモノにしてくださったではありませんか。(おぼ)えておられませんか?“レト”です」
「え、え!? えぇえぇぇえ〜っ!?」
 エデンはパニックに(おちい)り、()げるように廊下(ろうか)を走り出した。
「え……?ちょっと……お()ちください!姫君っ!」
 後ろから飛んで来る声を()り切るように階段を()り、(とびら)の開いていたダイニング・ルームに飛び()むと、そこにはいつものこの時間ならまだ帰宅(きたく)していないはずの母親と、三人のハウスキーパーがいた。
「マ、ママっ!どうしよう!ヘンな人がいる!すっごいイケメンなのに、私の愛犬(イヌ)だとか、私のこと姫だとか、わけ分かんないこと言う人が……っ!」
 混乱(こんらん)したまますがりつくように()きついてくる(むすめ)の頭を(なだ)めるように()で、コーデリアは優しく()げる。
「ヘンな人だなんテ、可哀相(かわいそう)でス。あのコはあなたがハジメテ契約(けいやく)()わした“契約の獣(エンゲージド・ビースト)”なのでハ、ありませんカ……?」
「ち、(ちが)うもん!あれは夢……って言うか、そもそも私が契約したのは透明(とうめい)大型犬(おおがたけん)みたいなコで、人間じゃないし……!」
「アラ、契約の獣(エンゲージド・ビースト)は人間の姿(すがた)にもなれるノですヨ。ココにいるハウスキーパーたちも、(みんな)ママと契約(けいやく)()わした契約の獣(エンゲージド・ビースト)たちなのでス」
 『ホラ』と言ってコーデリアが(うで)を広げると、そばに(ひか)えていたハウスキーパーたちの姿が一瞬(いっしゅん)にして別のものへと変わる。大きな()ばたきの音とともに(あらわ)れたのは……
(たか)に、白鳥(はくちょう)に……ルリコンゴウインコ……?」
 エデンは呆然(ぼうぜん)と現れた鳥たちの名をつぶやく。三羽の鳥に囲まれて、コーデリアは妖艶(ようえん)微笑(ほほえ)んだ。
(……そう言えば、“夢”の中で猫神先輩(ねこがみせんぱい)がママのこと魔女(まじょ)って……)
 もう目眩(めまい)(おさ)まったはずなのに、エデンは何だか精神的(せいしんてき)目眩(めまい)を感じた。
「力に目覚(めざ)めてすぐに契約(けいやく)成功(せいこう)させルなんテ、サスガは私と慈恩(ジョン)のムスメなのでス!ママはうれしいのでス!」
 はしゃぐコーデリアを前に、エデンは引きつった()みを()かべる。
(知らなかった……。できれば知らずにいたかったよ……!ウチが、こんな……フツウじゃない家だなんて……!)
 自分の家庭(いえ)がよそと(くら)べてちょっと(ちが)ということに、人間(ひと)は意外と気づかない。
 だがエデンの場合、「そもそもこんな特殊(とくしゅ)()ぎる事情(じじょう)、思いつくわけないじゃない!」と言い(わけ)できなくもない。
 エデンの“日常(にちじょう)”は、こうして中学入学3日目にして(くず)()った。
 そうして始まった特殊(とくしゅ)()ぎる“非日常(ひにちじょう)に彼女が適応(てきおう)できるようになるまでには、まだまだ時間を(よう)することになるのである……。

episode1-end

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初回アップロード日:2016年8月13日 
 
 
 
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このページは津籠 睦月によるオリジナル・ファンタジー小説の本文ページです。
構成要素は恋愛(ラブコメ)・青春・魔法・アクションなどです。
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