GUIDE(HELP)
 
 
 
魔法巫女エデン
 
 
 
 
 
デコレーションモード

Episode4:From today on,あなたは My Friend

〜キョウ カラ、アナタ ハ ワタシ ノ ズットモ〜

 気がつくと、エデンは昨日と同じ結界の中にいた。
 昨日も見た、凍てついた寒々しい荒野。だが、今日この結界の中に高梨桃姫の姿は無い。そして……
「……もう気がついたのか。さすがだな」
「猫神先輩……」
 レトの姿は無いが、猫神がいつもの袴姿で隣にいてくれる。それだけでエデンはホッと緊張がほぐれるのを感じた。
「これは昨日の獣と同じヤツだな……。今日はお前のクラスメイトではなく、お前を直接狙ってきたようだ。昨日のリベンジのつもりなのか、それとも……」
 猫神が難しい顔で考察を始めたその時、獣が威嚇するように吠えた。
 凍てついた風が巻き起こり、エデンたちの足元をさらに白く凍らせる。猫神はかばうようにエデンの前に出ると、叫んだ。
「エデン、変身だ!アイツをこのまま野放しにしておくわけにはいかない!」
「ハイ!そうですよね。またピ……高梨さんみたいに、この学校の誰かが狙われたら困りますもんね」
 エデンは覚悟を決め、大きく息を吸い込むと、高らかに変身呪文を唱えた。
「キャラメル・キャラメラ・キャラメリゼ!」
 光が弾け、一瞬にしてエデンは魔法巫女装束に身を包んでいた。空中に現れた杖を奪うようにつかんで構え、エデンはもう片方の手を猫神へ向けて伸ばす。
「猫神先輩、すみませんけど、また力を貸してもらえますか?」
 伸ばされた手を躊躇うことなく握り込み、猫神はうなずいた。
「ああ。いいだろう。だが昨日のようなしょぼくれた技にはするなよ。ちゃんとよく考えて、効果のありそうな攻撃をイメージするんだ」
 その言葉にエデンは「う……っ」と固まってしまう。
(効果のありそうな攻撃って……どんなのだろう?武器?鉄砲?……いっそのこと大砲とか?)
 エデンの脳裏に昨日の猫神の攻撃が浮かぶ。
(大砲って英語で何て言ったっけ?キャノン?カノン?確かそんな感じだったかな……。キャノン……キャ……キャラメル……じゃ柔らかくてダメそうだし……)
 頭の中で「ああでもない、こうでもない」と想像をめぐらせているうちに、それまで律儀に反撃を待っていた獣が焦れたように再び吠えた。
 氷の粒を含んだ風が渦を巻き、再び二人に襲いかかってくる。
「早くしろ、エデン!悠長に迷っているヒマは無いんだぞ!」
「えっと……えっとぉ……っ、ハイッ!行きますっ!」
 正直まだ迷いはあったが、のん気に迷い続けていられる状況ではない。エデンはヤケクソのように杖を振り上げ、呪文を唱えた。
「マスカット・キャンディ・キャノン!」
 杖を振り下ろすと同時に、エデンたちの正面に、シャインマスカットの粒のように綺麗な黄緑色に輝く球体が出現した。ボーリングの球くらいの大きさのそれは、空中で一瞬だけ静止した後、大砲で発射されたかのような勢いで獣めがけて飛んでいく。
『ギャイン……ッ!!』
 直後響いた悲鳴に、エデンはビクリと肩を震わせた。
「あ……当たった……のかな?」
「そのようだな。エラいぞ、エデン。ちゃんと昨日よりはマシな技になったじゃないか。……なぜマスカット・キャンディなのかは理解に苦しむが」
 後半はエデンに聞こえないよう声を潜め、猫神は労うようにエデンの頭をポンと叩いた。
「でも……あのコ、痛そうに鳴いてた。大丈夫かな?」
「まだ契約してもいなければ倒してもいない“敵”に情けをかけるな。気を抜けばこちらが危険だ」
 猫神の声は厳しく、エデンはシュンとしてしまった。
 猫神の言うことはもっともなのだが、それでもエデンは例の獣を案じるように目で探してしまう。
 獣はヨロヨロと立ち上がり、自分の近くに転がる砲弾に近づいていった。
「え……?あれ……?あのコ、私の魔法を食べてる?」
 獣は少し砕けた砲弾をぺちゃぺちゃ舐めているようだった。
「……お前、キャンディ・キャノンというのは名前と形だけではなく、本当にアメでできているのか!?」
「え?何だと思ってたんですか?アメみたいな見た目をしてるだけの砲弾だと思ってたんですか?」
 エデンの答えに猫神はがくりと肩を落とす。
「お前には学習能力が無いのか!?食べられるものを具現化すれば獣の糧とされてしまう!前にマカロンやらマシュマロやらを食われたのを忘れたのか!?」
「えっと……」
(忘れたわけじゃないんだけど……獣を吹き飛ばせるくらいの強い魔法なら、食べられないと思ったんだもん)
 言い訳をしたところで叱られるか呆れられるだけだろう――そう判断したエデンは言葉を濁した。
「ほら見ろ。獣の力が増してしまった」
 猫神の指差す先では、透明な獣を取り巻く氷の粒が明らかに大きくなり、まるでクリスタルガラスの飾りのようにキラキラ輝いていた。
「えぇ……ど、どうしたら……」
「とにかく攻撃だ!もう食い物にはするなよ!」
 猫神はそう言い手を差し出す。だが、エデンが次の攻撃を繰り出すより早く、獣が吠えた。
 獣の周りに浮いていたクリスタルのような氷の粒が勢いよく二人に襲いかかってくる。
 猫神は舌打ちし、鈴の音とともにその手に鋼鉄の傘を出現させた。そのまま傘を前へ突き出し、くるくる回して飛んでくる氷の粒を弾き返す。
「エデン!早く次の攻撃を!」
「ハ、ハイっ!」
 エデンはあわてて猫神の手をつかむ。
(えっと、えっと……食べられたらマズいから……食べられる前に消えちゃうもの!)
 エデンは杖を振り上げ叫ぶ。
「バブル・バード・ボム!」
 杖の先からフワッと無数のシャボン玉が飛び出した。それは空中で透明な鳥の姿に変わり、獣の方へと飛んでいく。そして獣の近くまで来ると、シャボン玉が弾けるようにパチンパチンと音を立て、七色の火花を散らした。
『キャイン、キャインッ!』
 獣は小犬のような悲鳴を上げるが……
「えっと……効いてる?」
「ちょっとした電気にビリビリしたくらいのダメージしか受けていないようだな。魔法のイメージが弱過ぎたんだ」
「そんなぁ……」
 シャボンの鳥が全て消えると、獣は怒ったようなうなり声を上げ、何か文句でも行っているようにガウガウと吠えた。
「え……怒ってる……?」
「あんな罰ゲームのような魔法でおちょくられれば、それは怒りもするだろう」
「わざとじゃないのにぃ……」
 エデンは泣きそうになりながら次の魔法を考える。
「えっと……フラワー・ファルコン・ファイヤー!」
 杖の先から花びらが吹き出し、ハヤブサの形にまとまって真っ直ぐ獣に向かっていく。そのまま獣に激突し、花火のような色とりどりの炎を燃え上がらせるが……
『ガウガウ……ッ!』
「また効いてない……っ」
「見た目の美しさにこだわるからだ!ビジュアルより威力を重視しろ!」
「えっと……えっと……じゃあ、もう……ファイヤー!」
 もはや“技”としての形にこだわらず、シンプルな“炎”だけをイメージして叫ぶ。
 杖の先数十cmの空中に、ポッと火の玉が表れ、獣に向かい飛んでいくが……
『グワァアァーッ!』
 恐ろしい叫びと共に放たれたブリザードを前に、火の玉は大きく揺らめき、儚く消え去ってしまった。
『ワン!ワン!』
 獣の吠え声と同時に、小さな氷の粒がパラパラ飛んで来てエデンに当たる。
「痛……っ!」
「氷に対し火というのは正しいが、規模が小さ過ぎる。もう少し強大な炎を想像しろ」
「そ……そんなこと言われても……」
 エデンは頭の中で“強い炎”をあれこれイメージしてみる。
(強い炎……大っきい炎……キャンプファイヤーくらいの?……ダメだ、攻撃って言うより楽しげなイメージしか浮かばない……)
『ワン!ワン!』
 イライラしたように獣がまた吠えた。
 再び小さな氷の粒が飛んで来るが、今度は猫神が鋼鉄の傘で全て弾き飛ばす。
 その、パラパラと弾き飛ばされる氷の粒に、エデンはふと違和感を覚えた。
(……あれ?何か、攻撃弱くなってない?獣の見た目は強そうにパワーアップしてるのに、何で……?)
 エデンは氷の粒をまとった透明な獣を、じっと見つめる。
 獣はイラ立ちを隠せないように前肢をバタバタさせていた。頭を低くしたり、高くしたりして、落ち着きなくエデンたちの様子をうかがっている。
『ワン、ワン、ワン!』
 獣はまたしても氷の粒で攻撃してくる。
 だが、それはエデンたちに何のダメージも与えない。まるで、ただ挑発しているだけのような、ささやかな攻撃だ。
(もしかして……)
 エデンの頭に閃くものがあった。それは、かなり突飛な想像ではあるのだが……
「猫神先輩、ちょっと私、試してみたいことがあります!」
 エデンはそう叫ぶと、猫神が答えるより早く杖を振り上げた。
「イミテーション・オブ・ミート・ウィズ・ボーン!」
 呪文と同時に杖を思いきり振り下ろす。
 すると、杖の先に、マンガによく出てくる典型的な“骨付き肉”が現れ、勢いよく飛んで行った。
「は!?エデン、お前、何を……」
 猫神が唖然とする中、骨付き肉は獣の頭上をバビュンと飛び越し、遥か後方でドサリと落ちた。
『ワン!ワン!ウワン!』
 獣が、どこかはしゃいだ声を上げ、弾むような足取りで骨付き肉を追いかけていく。そのシッポは喜んだ犬のようにパタパタと左右に揺れていた。
『ワン♪ワン♪』
 もはや明らかな歓喜の声を上げ、獣が肉にかぶりつく。だが……
『ギャワンッ!?』
 ガキンッ、という硬い音と同時に、獣が甲高い悲鳴を上げた。
『ウゥウゥウー……クゥーン……』
 先ほどまで恐ろしい咆哮を上げていたのと同じ獣とは思えない、情けなくも哀しげな鳴き声が響く。
「ゴメンね。そのお肉はニセモノなんだ」
 エデンはおそるおそる獣に近づいて行き、謝る。
「でもね、あなたが私と契約してくれるなら、コレあげる」
 言いながらエデンは後ろ手に持っていたモノをかざす。
 それは獣がかぶりついた骨付き肉とそっくりな……けれど今度はホカホカと湯気が上がり、おいしそうな匂いを漂わせた本物の骨付き肉だ。
『ウゥウウゥ……っ?』
 獣は悩むような素振りを見せる。エデンはたたみかけるように囁いた。
「コレだけじゃないよ。他にも美味しいもの、いっぱい食べられるよ。ウチのゴハンは、そこらのレストランなんて目じゃないくらい美味しいんだから」
 獣はしばらく悩むように、ニセモノの骨付き肉と本物の骨付き肉を見比べていたが……やがて、あきらめたように一声鳴いた。
『…………ワン』
 そうして獣はエデンの前に頭を垂れる。エデンの目が輝いた。
「じゃあ、これで契約だね!私の……」
 言いかけ、エデンはフリーズする。
(『私の愛犬になって』……は、マズいよね。人間型にもなれるわけだし。じゃあ、何だろう。……私の家族?……うーん、それだと何か、レトが嫉妬しそう……)
 しばらく考えた後、エデンはふと良い答えを思いついた。
「そうだ!あなた、私の“友達”になってよ!えっと……氷結の獣だから……」
 エデンの頭の中に、ブリザード吹きすさぶ氷の大地が浮かぶ。
(吹雪のスゴそうな土地って言えば……シベリア?シベリアって言ったら……シベリアン・ハスキーだから……)
 エデンは改めて獣に目を向け、微笑む。
「ハスキー!あなたは今から、ハスキーだよ!」
 獣は「まぁ仕方ないから、それでいい」とでも言いたげに『ワン』と鳴いた。

「一体どういうことなのか、説明してもらおうか」
 猫神が、何とも複雑そうな顔で歩み寄って来る。
 エデンは「えっと……」と、つまりながら、何とか説明を試みる。
「戦ってる途中で『何かヘンだな』って、気づいたんです。このコ……ハスキー、私たちを本気で攻撃してる感じがしなくて……」
「氷の粒を複数回、当てられたはずだが……?」
「でも、その氷の粒も、すっごい弱々で、ほとんどこっちにダメージ無かったじゃないですか。だから、思ったんです。このコ、わざと挑発して、私に魔法を使わせようとしてるだけなんじゃないかって」
「どういうことだ?なぜわざわざ攻撃魔法を使わせたがる?」
 猫神の言葉に、エデンは首を横に振り、手に持った骨付き肉を掲げてみせる。
「違うんですよ。ハスキーが欲しがってたのは、攻撃魔法じゃなくて、それによって創り出された食べ物の方なんです。だって、ハスキーの仕草、オヤツが欲しくてワンワン言ってるワンコとそっくりでしたもん」
 エデンがそう言った直後、ハスキーが「その肉をさっさとよこせ」と言いたげに『ワン!』と吠える。
 エデンは「あぁっ、ゴメンね」と、あわててハスキーに肉を差し出す。
「……つまりコイツは、前回お前の攻撃を文字通り喰らって『味をしめていた』わけか……。お前の魔力を元とした魔法なら、さぞ上質な味がしただろうからな……」
「たぶん、そうなんじゃないかなって思って……だから、お肉を作って交渉してみたんです。で、上手くいっちゃいました」
 エデンは「テヘ」という感じで照れ笑いするが……猫神の表情は、ますます複雑そうになる。
「……こんな形で契約を成すとは……。まぁ、慈恩の娘らしいと言えばらしい、か……」
 盛大なため息をつき、猫神はハスキーと向き合う。
「では、さっさとこの結界を解いてもらおうか。コイツがクラスメイトを見失う前にな」
 その台詞に、エデンはさっと青ざめる。
「そうだ!私、高梨さんを追いかけてたんだ!でも、もう結構、時間が経っちゃってる……」
「大丈夫だ。結界の中は、外よりもゆっくり時間が流れているからな。結界の外では、まだ1分も経っていないだろう」
「良かったぁー……」
 エデンは胸を撫で下ろしかけ……すぐに、まだ安心はできないことを思い出す。
(そうだ。追いつけたって、上手く話ができるか、分からない。このまま嫌われちゃう可能性も……)
 不安で顔を強張らせるエデンの肩を、猫神が優しくポンと叩く。
「大丈夫だ。お前は口が上手いわけではないが、相手のことをよく見て、その本質や本心を見抜くことができる。コイツの真に欲していたモノに気づけたように、な」
 言って、猫神はハスキーを指差す。
「迷いや恐れに惑わされずに、ただ、今そこにあるもの、目の前にいる相手を見つめ、何をすべきか、言うべきか考えればいい。お前にならできるはずだ。最初は敵だったはずのコイツですら“友達”にできたんだからな」
 エデンはハッとしてハスキーに目をやる。
(そっか。私、もう既に一人、友達を作ってた。一人作れたんだから、二人目がムリってことは、ないよね?)
 エデンは、緊張に固まっていた心が、ゆっくりとほどけていくのを感じた。
「ありがとうございます、猫神先輩!私、がんばります!」
 そう告げるエデンの瞳に、もう不安の色は無かった。
 そこにはただ『絶対に彼女を友達にしてみせる』という意気込みだけが浮かんでいた。

 結界から出ても、エデンはもう気を失うことはなくなっていた。
 踊り場に戻ったエデンは、すぐにまた階段を駆け下り、桃姫の後を追いかける。
「待って、高梨さん!」
 昇降口を出て、そのさらに先……校門まで伸びる並木道の途中で、エデンはやっと追いついた。
 桃姫はくるりと振り返り、無表情にエデンを見つめる。
「私に、何か用事でも?」
「あの……っ、ゴメンね!高梨さんを恥ずかしがらせるつもり、無かったのに……。私も、名前がこんなだから、よく周りからヘンな目で見られて……だから、その……っ」
 意気込んでは来たものの、エデンは結局、しどろもどろにしか謝れなかった。
 上手く話せない自分に落ち込み、うなだれるエデンを、桃姫はただじっと見つめていたが、やがて静かに告げた。
「……いいよ。本名なんだし、仕方ない。自分の名前が嫌いだって、まだ鈴木さんに言ってなかったし」
 その声にも顔にも、もう怒りの気配は無い。
 とりあえず、嫌われたままで終わるという、最悪の事態は避けられたようだ。
 だが、その先に何を言ったら良いか分からず、エデンはもじもじする。
(許してはもらえたけど……まだ“友達”になれたわけじゃない、よね……。何をしゃべったらいいんだろう。友達って、何をどうしたら、なれるのかな……?)
 何か言いたげなのに何も言えないでいるエデンに、桃姫も戸惑いを見せ始めた。
 そのまま行ってしまうでもなく、だが何を言うでもなく、ただ困ったようにエデンの出方を待っている。
 奇妙な沈黙が続き、エデンはあせる。
(どうしよう。会話……会話しなきゃ。でも、何を話したら……?)
 困り果てて視線をウロウロさせるエデンは、その時ふと、あるモノを見つけた。
「あれ……それ、『花マルぽにぃ』の、花マル王子?」
 桃姫の手提げカバンに付いたマスコットに、エデンは見覚えがあった。
 思わず記憶にある番組名とキャラクター名を口走ると、桃姫がピクリと反応した。
「知ってるの?『花マルぽにぃ』」
「え?うん。私、王子のお供のお馬の『ぽにぃ』が好きで……」
 エデンが答えると、桃姫はほんの少し、目を見開いた。
「……初めて会った。私以外で、花マルぽにぃが好きって人」
「あ、うん……子ども向け番組だもんね。でも、花マル王子の毒舌っぽい所、大きくなってからの方が刺さると思うんだけどな」
「確かに。子どものうちには、本当の面白さが分からないと思う」
 そのまま、気づけばエデンと桃姫は『花マルぽにぃ』のどこがどう面白いかという話題で盛り上がっていた。
 桃姫のテンションは、一見ほとんど変わっていないように見えたが、口数は明らかに増えていた。
 場所を変えることさえ思いつけないまま、そのまま道端で話し続け……そのうち桃姫は、大切そうにマスコットに触れて、言った。
「これ、昨日、お義兄ちゃんに買ってもらったの。あのショッピングモールで」
「ああ!昨日一緒にいた人、おにいさんだったんだね」
 普段なら決して自分から話題に出したりなどしない義兄のことを、気づけば桃姫はするりと口にしていた。
 それは桃姫が無意識のうちに、エデンに心を許し始めたからなのだが……この時の桃姫は、まだそんな自分自身の変化に気づいていない。
「昨日、お義兄ちゃん、私のこと『モモキチ』って呼んでたでしょ?あれ、私の名前が『モモキ』って読めるから、そこからもじって『モモキチ』になったの」
「そっか。普通は桃に姫だとモモキだもんね……」
 そこでエデンはハッと思いついた。
「あの……高梨さんさえ良ければ、その……モモキちゃんって、呼んでいい?」
 桃姫は一瞬無言になり、まじまじとエデンを見返した後、コクリとうなずいた。
「うん。ピーチより、モモキの方が、ずっといい。じゃあ、私は鈴木さんのこと、何て呼んだらいい?」
「えっと……どうしよう。私も、エデンそのまんまだと、外で呼ばれた時に恥ずかしいんだよね……」
 しばらく、二人して「ああでもない、こうでもない」と悩む。
 やがて桃姫がふっと顔を上げた。
「『すずちー』は、どう?」
「えっ?」
「鈴木さんだから、すずちー。『すず』って、響きがカワイイし」
 その瞬間、エデンの胸に何とも言えない感情が湧いてきた。
 うれしいような、くすぐったいような、わくわくするような……。
「うん!それがいい!それで呼んで!」
 迷いもためらいも無く、気づけばエデンは笑顔でうなずいていた。
 桃姫は少し間を置き、おずおずとその名前を呼ぶ。
「……すずちー」
「ありがとう、モモキちゃん」
 名前を呼び合い、微笑み合って、エデンはふと思った。
(……あれ?何だか、いつの間にか、友達っぽくなれてない?)
 
 友情の全てが、劇的に始まるわけではない。
 ほんのささいな共通の話題をキッカケに、いつの間にか仲良くなれていることもある。
 けれど、そんな“いつの間にか”も、そのキッカケとなる何かに気づけなければ、始まらない。
 
 こうして、ささやかなキッカケから、気づけば始まっていたエデンと桃姫の友情。
 それはこの先、二人が大人になっても、年をとっても、ずっと続いていくことになるのだが……この日の二人はまだ、そのことを知らない。
「また明日ね、モモキちゃん」
「うん。また明日。すずちー」
 今はただ、何となく仲良くなれたことにホッとして、エデンは去り行く桃姫に大きく手を振る。
 それは、二人の友情の、始まりの日の出来事。
 いつかの遠い未来に「そう言えば私たち、何かキッカケで仲良くなれたんだっけ?」と忘れてしまうほどにささやかな……けれど、二人にとってかけがえのない、とても大切な日の出来事だった。

Episode4End

次のページへ進みます。
 
 
 
 
初回アップロード日:2019年10月27日 
 
 
 
ティアラ(装飾)

このページは津籠 睦月によるオリジナル・ファンタジー小説の本文ページです。
構成要素は恋愛(ラブコメ)・青春・魔法・アクションなどです。
個人の趣味によるネット小説(ネット・ノベル)のため、全章無料でお読みいただけますが、
著作権は放棄していませんので、無断転載等はおやめください。

ティアラ(装飾)
inserted by FC2 system