Episode2：My 愛犬 is like a 王子様
＜９＞

〜ワタシノワンコ、マルデオウジサマ〜

　そう言ってレトが耳元に囁(ささや)いてきた“作戦”に、エデンは目を丸くする。
「え……っ、そんな複雑(ふくざつ)なの……上手(うま)くいくかなぁ……？」
「やるしかないでしょう。大丈夫(だいじょうぶ)、これはあくまで特訓(とっくん)です。失敗(しっぱい)したとしても姫君(ひめぎみ)に危害(きがい)が及(およ)ぶことはありませんから」
「……そう、だよね。チャレンジするしかないよね」
　エデンは覚悟(かくご)を決めたようにうなずき、レトと繋(つな)いだ手をと握(にぎ)り直した。
「じゃあ、行くよ、レト！」
　風を切る音と共(とも)に、地に転(ころ)がっていたリンゴがアンバー目がけて飛んで行く。
　だがそれは先ほどと変わらず、宙(ちゅう)に羽(は)ばたいたアンバーにかわされてしまった。
「」
　そのアンバーが再(ふたた)び枝(えだ)に戻(もど)る前に、エデンは次の攻撃(こうげき)を繰(く)り出す。
　だがそれも、宙を飛(と)ぶアンバーにかわされた。
　だが、それでもエデンはあきらめない。
　時間差(じかんさ)で次々(つぎつぎ)と呪文(じゅもん)を繰(く)り出し、飛行(ひこう)するアンバーを追撃(ついげき)する。
「ほぅ……。今までより少しはマシになったが、その程度(ていど)か。悪いが、こんな速度(そくど)とコントロールでは俺(おれ)は撃(う)ち落せんぞ」
「うん。だから、これだけじゃないよ」
　アンバーがある地点(ちてん)に差(さ)しかかった瞬間(しゅんかん)、エデンは杖(つえ)を構(かま)え直し、その先端(せんたん)で、と地面(じめん)を突(つ)いた。
「行くよ！っ！」
　次の瞬間(しゅんかん)、アンバーの真下(ました)に転(ころ)がっていた桃(もも)やブドウやミカンなどの果実(かじつ)が一斉(いっせい)に浮(う)き上がり、アンバーを取り囲(かこ)むようにして一気に弾(はじ)けた。
　果汁(かじゅう)が勢(いきお)いよく飛び散(ち)り、アンバーに降(ふ)りかかる。
「く……ッ！眼(め)に……汁(しる)が……っ」
　苦悶(くもん)の声を上げ、アンバーはとその飛空高度(ひくうこうど)を下(さ)げていく。
「レト！」
「はいっ！」
　エデンの呼(よ)びかけに応(こた)え、レトは獲物(えもの)に飛びかかる猟犬(りょうけん)のようにアンバーに向(む)かって行く。
　そのままアンバー目がけて繰(く)り出された拳(こぶし)は、だが、間一髪(かんいっぱつ)のところでかわされてしまった。
「眼(め)など見えずとも……気配(けはい)で分かるぞ！そんなに殺気(さっき)を丸出しにしたままで俺に一撃(いちげき)入れられると思うのか、新入り！」
　続けざまに浴(あ)びせられるレトの攻撃(こうげき)をと飛んでかわしながら、アンバーが怒鳴(どな)る。
「……うん。ゴメンね、アンバーさん」
　ふいに真後(まうし)ろから聞こえてきたエデンの声に、アンバーがハッと身構(みがま)えようとする……が、遅(おそ)く、アンバーはエデンの振(ふ)り上げた杖(つえ)にと軽(かる)く頭を叩(たた)かれ、とその場(ば)に落下(らっか)した。
「い、いいよね？これで。一撃(いちげき)は、一撃だもんね？」
「エデン様……」
　アンバーは地に転(ころ)がったまま人の姿(すがた)に戻(もど)り、袖(そで)で目元を拭(ぬぐ)いながら呆気(あっけ)にとられたようにエデンを見る。
「……なるほど。レトのこの連続攻撃(れんぞくこうげき)は、俺を貴女(あなた)の元へおびき寄(よ)せるための“罠(トラップ)”だったのですね」
「まぁ、俺が一撃(いちげき)を入れて終わりにできればそれでも良かったんですけどね。アンバー先輩(せんぱい)なら絶対(ぜったい)避(よ)けてくると思っていたので……」
　レトが肩(かた)で息をしながら笑(わら)う。
　アンバーはやや悔(くや)しそうにレトを一睨(ひとにら)みすると、ため息を一つついて立ち上がった。
「……まぁ、一撃は一撃だからな。言いたいことは山ほどあるが、今回の特訓(とっくん)はここまでにしておいてやろう」
　アンバーがエデンとレトの肩(かた)に両手を置(お)く。
　直後、エデンを“例(れい)の目眩(めまい)”が襲(おそ)ってきた。
（これ……“結界”を出入りする時、いつも感じるアレだよね。じゃあ、また気を失(うしな)っちゃうのかな……）
　そんな風(ふう)に半(なか)ば覚悟(かくご)を決めながら、エデンはゆっくりと目を閉(と)じていった。