第六章 幸有(さくあら)の花

「はい、花かんむりです」
 断る(ひま)も、そもそもその選択肢(せんたくし)すら与えられず、俺の頭に花かんむりが()せられる。目の前で満面の笑みを浮かべる花夜に対し、俺は(なか)(あきらめ)めの境地に入りながらも一応の文句(もんく)をつける。
「花夜、もういい加減(かげん)、毎年毎年俺に花かんむりを作るのはよさないか」
 それは、俺と花夜が出会ってから四年後の春のこと。俺達は、霧狭司国(むさしのくに)の西隣『山深き峡国(かいのくに)』を訪れていた。
 すみれ、茅花(つばな)片栗(かたくり)に、山吹(やまぶき)椿(つばき)馬酔木(あせび)の花……、山道には色とりどりの花々が咲き乱れていた。
「なぜですか?約束したではありませんか。春になったら花かんむりを(ささ)げますと」
「あれは言葉の上だけのことだろう。実際に作らなくても良い。そもそも、俺に(かぶ)せたところで似合うわけがないではないか」
「いいえ、とてもよくお似合いですよ。花の方が()じらってしまうほどに。蛇身(じゃしん)変化(へんげ)する神は(みな)、美しい外見を持つと聞きますが、その言い伝えは真実だったようですね」
「……そのようなこと、真顔(まがお)で言うものではない」
 何の(ふく)みもなく告げられる賛辞(さんじ)に、こちらの方が気恥(きは)ずかしい気分になる。俺はわざとぶっきらぼうな口調(くちょう)でそう言い、花かんむりを(はず)した。
「ほら、これはお前が(かぶ)っていろ。俺などよりよほど似合う」
 長く()びた花夜の髪の上にふわりと花かんむりを()せる。花夜はくすぐったそうに笑った。
 花蘇利(かそり)を出てから花夜は変わった。母のように立派な巫女らしくあろうと気負うのをやめた彼女は、年相応(としそうおう)の少女らしい表情も見せるようになった。育ちのせいで良くも悪くも世間知らずな彼女は、時に素直過ぎる言動(げんどう)で俺をうろたえさせたりもするが、その様子はまるでサナギを()ぎ捨てた(ちょう)のように()びやかで生き生きとして見えた。
「それにしても、さすがに山神様の加護(かご)(あつ)い国だけあって、ここに咲く花はどれも見事(みごと)ですね。ここの土地に植えていけば、この花も無事(ぶじ)に育ってくれるでしょうか」
 そう言って花夜は腰の小袋から幸有(さくあら)の花の種を取り出した。
「そうだな。山神の加護ももちろんのことだが、この国の南の境界の不尽(ふじ)の山には木花咲耶比売尊(コノハナサクヤヒメノミコト)もいらっしゃると言う。花々にとっては恵まれた土地かも知れないな」
 俺の言葉を受け、花夜は種を植えるため、その場にしゃがみ()もうとした。だがその時、ふいに俺の耳に不穏(ふおん)な物音と人間の声が飛び込んできた。花夜にも聞こえたのか、ハッと顔を強張(こわば)らせて音のした方を見つめる。
「今のは……悲鳴ですか!?」
「ああ。それも一人や二人ではないな。何かの争い……いや、力の無い者達が一方的に(おそ)われているようだ」
「旅人を襲う(ぞく)でしょうか。……ヤト様!」
 花夜はただ振り返って俺を呼んだ。意図(いと)を察し、俺はしぶしぶ変化(へんげ)をとる。本当は危険なことに首を()()んで欲しくなどないのだが、彼女の性格がそれを(ゆる)さぬのだから仕方(しかた)がない。一瞬で大刀(たち)へと変わった俺を(つか)み取り、花夜は声のした方へと()け出した。頭に()せていた花かんむりがぱさりと地に落ちる。
 駆けつけた先では数人の農夫(のうふ)(ぞく)(おそ)われていた。道の上には荷車(にぐるま)が横倒しになり、そこに()まれていたであろう(きれ)(あた)りに散らばっていた。おそらくは(むら)()せられた調(みつぎ)(もの)を国府へ納めに行く途中(とちゅう)で襲われたのだろう。
「あなた達!何をしているのですか!?」
 淡い桃花染(つきそめ)の衣を(ひるがえ)し、俺を頭上高く振り上げて、花夜は叫んだ。
 賊達は一瞬面食(めんく)らったように動きを止め花夜を見つめていたが、その顔には次第(しだい)下卑(げび)()みが浮かんでいく。
「おい、見ろよ。こんな田舎(いなか)にゃ(めずら)しい香少女(におえおとめ)じゃないか。おまけに持っている大刀(たち)も相当な上物(じょうもの)だ。どうする?」
「分かりきったことを聞くな。両方いただくに決まっているだろう」
 問いも、言葉自体さえも無視されながら、それでもなお、花夜は言葉での説得(せっとく)(こころ)みる。
「今すぐ略奪(りゃくだつ)をやめなさい。あなた達が奪おうとしているものは、そこの農夫の皆さんが膨大(ぼうだい)な時間と労力を(つい)やして作り上げた労苦の成果です。それを武力で()みにじろうと言うなら、容赦(ようしゃ)しません」
 だが、いかにも非力(ひりき)な少女にしか見えない花夜のそんな言葉で、賊達が考えを変えるはずなどなかった。
容赦(ようしゃ)しない、だと?何をどう容赦しないって言うんだ?あんたみたいな娘さんが」
馬鹿(ばか)な娘だなぁ。わざわざ自分から飛び込んで来るなんてな。大刀さえ(にぎ)れば俺たちに(かな)うとでも思ったのか?」
 花夜のことを(はな)から()めてかかっている賊達は、(あざけ)りの言葉を口にしながらじりじりと近づいてくる。花夜はため息をつき、俺の刀身()()り回し始めた。
「どうやら、改心する気は無いようですね。ならば、容赦(ようしゃ)なく当てさせていただきます。……神罰(しんばつ)を」
 俺を(にぎ)った(うで)を大きく振り回しながら、花夜は(おど)る。刀身が風を切り、刃先に火花が散る。それはやがて一点に集まり、(あか)くゆらめく(ほむら)()していく。賊達はぎょっとして後ずさった。
「な……っ、何だ、あれは……っ」
「分からん。だが、とにかく()げろ!」
「逃がしはしません。神使(カミツカイ)よ、()でませ!」
 花夜が(するど)く叫ぶと、草野から神使の(ヘビ)が次々と現れ賊達の退路(たいろ)(ふさ)いだ。恐怖に顔を引きつらせる賊達へ向け、花夜は俺の刀身()を振るう。刃先に渦巻(うずま)いていた(ほむら)は、まるで流星のごとく宙空(ちゅうくう)()け、幾筋(いくすじ)かの炎の矢となって賊達に向かっていった。
「うわぁああぁッ!?」
 賊達の全身が(またた)()火焔(かえん)に包まれる。花夜は()を置かずに再び俺の刀身()を振るった。今度は火花ではなく鎌鼬(かまいたち)のような風が巻き起こり、賊達の身を包む炎を一瞬で消し飛ばす。賊達は髪や衣を焼き()がした姿で、ただ呆然とその場に立ち()くしていた。そこへ花夜が静かに歩み寄る。
「ひッ!?」
「く、来るなっ!」
「殺さないでくれっ!(たの)む!」
「その命乞(いのちご)い、あなた達に(おそ)われたこの人達もしたのではありませんか?」
 花夜はどこか可哀相(かわいそう)なものを見るような表情で賊達を見つめながらも、その喉元(のどもと)に刃を突きつける。
「きっとあなた達は、今までにその罪に見合った(ばつ)を受けてこなかったせいで(たか)(くく)っているのでしょうけれど、悪事の(むく)いというものは受ける時には受けるものなのですよ」
 あくまでも当たり前のことを言い聞かせるように、(おだ)やかな口調(くちょう)で花夜は語りかける。だが、そんなその場の空気にそぐわない花夜の姿が余計に賊達の恐怖を(あお)ったらしかった。彼らは奇妙な声を発し、後も見ずに走り出そうとした。だが、周りは(すで)に囲まれていて逃げ場などあるはずもなく、賊達はみっともない姿でその場に転がった。その身体の上を、すかさず神使の蛇達がにゅるりと()い回る。賊達は恐怖に(ほお)を引きつらせ、そのまま気を失った。
「あの、大丈夫(だいじょうぶ)ですか?お怪我(けが)はされていませんか?」
 花夜は道にうずくまる農夫達に(あゆ)み寄り、声を掛けた。農夫達は花夜と、大刀から姿を変えた俺の姿を見て顔色を変え、地に頭を(こす)りつけるようにして平伏(へいふく)した。
「大刀に宿る神様とその巫女様!お助け下さり、真にありがとうございます!何とお礼を申し上げたら良いのか……」
 農夫達のその態度に、花夜はむしろ恐縮(きょうしゅく)したようにあわてて口を開く。
「いえ、当然のことをしたまでですから。そのように(かしこ)まらないで下さい」
「そのようなわけには参りません!もしあなた様方がお助け下さらなければ、我々はあのまま殺されていました!」
「そうです。是非(ぜひ)お礼をさせて下さい。我ら、田舎暮らしの農夫の身にて、(たい)したおもてなしはできませんが、せめて一夜の宿と御食(みけ)くらいは……」
 『御食』という言葉に、花夜の(まゆ)がぴくりと動いた。
「い、いえいえ。そのような……。私達は何も見返りを求めてあなた方を助けたわけではありませんし……」
 口では遠慮(えんりょ)しながらも、その目はどこか期待するように輝きを()びていた。仮にも元は一国の姫であり、神と(ちぎ)りを結んだ巫女としてあるまじき態度ではあるのだが、無理もないことだ。ここしばらくの間、口にしてきたものと言えば神使(カミツカイ)の蛇達の集めてきた野草(やそう)(きのこ)ばかりだったのだから。
「花夜、どうせ今夜の宿の当ても無いのだ。ここは素直に礼を受けよう」
 俺が(うなが)すと、花夜は顔をほころばせてうなずいた。

前の章へ戻るもくじへ戻る次のページへ進みます。
歴史系ファンタジー花咲く夜に君の名を呼ぶ
inserted by FC2 system