『
真大刀、
宮処が
陥たというのは
真実か?』
俺の問いに、真大刀は硬い
表情で
頷いた。
「……ああ。そのようだな」
俺が郷にいた
四年の間、
霧狭司国は
鯨鯢国の
周りの国を次々と攻め滅ぼしていた。
しかもそうして滅ぼした国々をきちりと
統べるでもなく、富や人を根こそぎ奪い去ると、後は
朽ちるに任せ
放り置くような有様だった。
その手は
到頭鯨鯢国にも及び、小国であるこの国は幾日と
保たず宮処を奪われてしまった。だが
鉄砂郷は宮処よりさらに北の山の奥深くに
在ったため、この時はまだ霧狭司の
兵士の手も及んでいなかったのだ。
「……宮処を
陥した
敵の
将が父に
使人を送ってきた。『霧狭司に
下り、これより先は霧狭司のために戦の
器を作れ』……と。だが我々はそれに従うつもりはない」
その声は
怒りによってか、微かに
震えていた。
『戦う気か?』
「ああ。幸いなことに戦の
器ならば
揃っている。ここは
鍛冶の
郷だからな」
『だが、
真実に
大刀を振るったことのある者など、
此処にはおるまい』
その問いかけに、真大刀はしばし無言になった。勝ち目など無いことは
今更問わずとも
端から明らかだ。それでも戦うと、真大刀はそう言っているのだ。
「
鉄砂郷で作られる戦の
器は他を滅ぼすためではなく、大切なものを守るためにこそ
在るもの。この郷に生まれた
鍛冶ならば、必ずそう教えられて育つのだ。
霧狭司に下れば、その
誇りを失うこととなる。霧狭司国は我々の
鍛えた戦の
器を
他国を滅ぼし、命を奪うことに使うだろう。それはその戦の
器を介し、我らが手を下すのと同じことだ。今までと何ら変わらぬ
何気ない我らの日々の
営みが、何処かで誰かに苦しみを与え、悲しみを生み出すこととなるのだ。
斯様なこと、
耐えられぬ」
その気持ちは分かったが、その決意は
無謀としか思えなかった。だがその心を変えられる言葉を、俺は持っていなかった。
『
如何にしても、戦うのか?』
「ああ。
如何にしても、戦わねばならんのだ。……たとえ、命を落とすことになろうとも」
その声の震えの中に、怒りだけではない
隠しきれぬ
恐れの心が
覗いていることに、俺は気づいた。
その
刹那、真大刀と出会ってからの
四年の間の思い出が
刀身の内を
駆け
巡った。その日々が失われ行こうとしていることに、俺もまた
堪らない
恐ろしさを
覚えた。
『ならば真大刀よ、
我が
刀身を
振るえ』
思わず発したその言葉は、
己にとっても思いがけないものだった。
「お前……もう
戦場に
駆り出されるのは
厭なのではなかったのか?」
真大刀もまた、思いがけないことを聞いたというような顔で俺を見る。
『このままこの
郷に
在れば、
何れこの
刀身も霧狭司国に奪われ、戦に使われよう。
何れにせよ戦に連れ出されるならば、お前たちと共に滅んだ方がよほど良い』
それは後から考えた言い
訳のようなものだった。本音は、ただ真大刀を死なせたくないという、それだけだった。だがその想いを
真直に真大刀に告げることができず、知られることすら
何故にか恐れて、俺はそのように
誤魔化した。
それでも真大刀は初めて見るような感謝の
眼差しで俺を見、礼を言ってきた。
「
有難う。……すまない」
『礼を言われることではない。それに、お前に素直になられると気持ちが悪い』
「人が礼を
尽くしているというのに気持ちが悪いとは何事だ。お前は真、ひねくれた
大刀だな」
真大刀は
流石にむっとしたように言い返してくる。いつもの
口振りが
戻ってきたことに
密かに
胸を撫で下ろしながら、俺はさらにからかいの言葉を
重ねた。
この時はそのように、
迫り来る郷の
最期から目を
逸らし、わざと軽口を
叩き続けていた。だが、いくら目を
逸らしたところで無かったことになどなるはずがなく、その日は
違えることなくやって来た。
郷の見張りに立っていた
鍛冶の一人が
敵が
襲い来たことを告げる。
真大刀は
張り
詰めた
面持ちで俺の
刀身を
鞘から引き抜いた。
「……
何故にか、いつもより軽い気がするな」
『
我が
霊力を
此の
刀身に
漲らせておるゆえな。……良いか、真大刀。戦ならば我の方が
慣れている。我が声に耳を
傾け、我が声の通りに動け』
戦い方なら知っている。
霊の中に刻まれた
数多の戦の記憶により、どのように動けば相手を
斃せるかを俺は知り
尽くしていた。
真大刀を死なせないためには、真大刀が傷つけられるより先に相手を
斃さねばならない。――その時はただ、そのようにしか考えられなかった。
『真大刀、左だ!』
猛り
声の飛び
交う
戦場となった郷を、俺と真大刀は
駆け
巡った。
大刀を振るったことのない真大刀が俺の
刀身を上手く
扱えるかと初めのうちは案じたが、真大刀はまるで俺の考えを読んでいるかのように
刹那のうちに俺の
指図に
応え、敵を
薙ぎ
倒していった。
否、実際に彼は俺の考えを読み取っていたのかも知れない。真大刀は元々、大刀に
宿る
精霊と言葉を
交わすだけの
霊力を持っていた。その
霊力が
戦により
研ぎ
澄まされていたのかも知れない。
それは俺の
霊と真大刀の
霊とが一つに
混じり合っているかのような感覚だった。俺が真大刀に
操られているのか、俺が真大刀を
操っているのか分からない。そのくらいに、俺たちは一つとなっていた。
俺の
霊力もまた、戦の中で
研ぎ
澄まされ、真大刀の手に
振るわれ、
昂ぶっていくのが分かる。
(――
霊力が
湧いてくる。強くなっていくのが分かる。我は、
斯様に強くなれたのか……)
まるで酒に
酔うかのように、俺は
刀身の内で
昂ぶり
漲るその
霊力に
何時しか
酔いしれていた。
(真大刀の言う通り、我は真に神となれるやも知れぬ。真大刀とならば、この郷を守ることもできやも知れぬ)
だが俺たちの力だけで
郷を守りきれるほど、戦の成り行きは甘くはなかった。
兵士の数はあまりにも多く、俺たちが
幾人かを
斃している
間にも他の
郷人たちは次々と
斃れていった。気づけば郷人の姿はほとんど見えず、
敵の姿ばかりが郷に
溢れていた。
やがて真大刀の顔にも
緩々と疲れの色が浮かび始めた。
「……
鉄砂比古様!」
門の前に
鉄砂比古の姿を見つけ、真大刀が
駆け出す。鉄砂比古は
幾人もの
兵士を相手に
鉄槌を
振るい続けていた。
兵士達の
大刀や
甲は鉄砂比古の
鉄槌に
触れただけでぐにゃりと
歪み、形を変え、使い物にならなくなる。だが神とはいえ、目も
脚も不自由な身。その上、兵士達は次から次へと現れる。鉄砂比古は
既に
身体中に血を
滲ませていた。
「真大刀、
逃げよ!この郷はもう
終いだ!お前だけでも逃げよ!」
兵士達を
薙ぎ倒しながら鉄砂比古が
叫ぶ。だが真大刀は激しく首を横に
振った。
「行けません!私もあなたと共に戦います!そんなお姿のあなたを置いていくなど……」
今にも泣き出しそうなその声に、鉄砂比古は
硬い声で告げる。
「どの道、俺も
最早この世に長くはおれぬ。俺の
依代はこの
郷の
鍛冶の血だ。それが
斯様に
喪われてしまったからには、この身を保っていられるのも
時の間のことだろう」
「ならば、私もここで共に
果てます!」
真大刀の
頬には
汗とも
泪ともつかぬものが
幾筋も
伝っていた。
鉄砂比古は
肩で息をしながら
切に
訴えかけるように声を
絞り出す。
「
頼む真大刀、
逃げてくれ。せめてお前一人だけでも。この俺を、ただの一人も守りきれなかった
情けない
鎮守神にはしてくれるな」
真大刀はハッとしたように鉄砂比古を見つめた。鉄砂比古は痛みに
歪む
頬を無理矢理に持ち上げ
笑みを作る。
「行け、真大刀。お前に
幸く
有らんことを
祈がっている」
真大刀の手が、強く強く俺の
柄を
握りしめてきた。まるで、何かを
堪えるかのように。
無言のまま鉄砂比古に頭を下げ、真大刀は後も見ずに走り出した。悲しみ泣き叫ぶ声も
泪も何一つなかった。ただしっかりと
握った手の
震えだけが、真大刀の心を痛いほど俺に伝えてきていた。
「……この
辺りだったな。私とお前が初めて会ったのは」
逃れ逃れて
辿り
着いた深い森の中で、辺りを見渡し、一つの木の根元に
疲れたように腰を
下ろし、真大刀は
呟いた。
その時初めて、俺はそこが自分が真大刀と初めて会った場所であることに気づいた。
否、それが本当に
其処だったのか、今となっては分からない。だが俺たちは確かに
魚眼潟の森にいた。
『
大刀雨零る
魚眼潟国』――かつてそう呼ばれていた
其処は、
東・
南・
西の三方を
内海に囲まれた
地。北は既に
霧狭司の
兵士に固められ、他の三方は水に
阻まれ、
最早この先
何処へ行こうとも逃げ場は無い。真大刀はそれを俺が気づくよりも早くに
悟っていた。
「今でも
確と思い出せる。あれは私にとって初めての旅だったからな」
『ふいに何を言い出すのだ?真大刀……』
全てを
懐かしむような、それでいて全てを
諦めたかのような静かな
声音に悪い予感を
覚え、俺は問う。だが真大刀は俺の言葉など聞いていないかのように一方的に語り続ける。
「
精霊の宿る
大刀と出会ったのは初めてだったからな。
表情には出さなかったが、
真実は心が震えていたのだ。あの時お前に会えて、本当に良かった」
何時もはひねくれた真大刀の
然うはない
真直な言葉に、
嫌な予感は
増す。
『何を言っているのだ、真大刀。やめろ。お前が素直になると気持ちが悪いと言ったではないか』
俺は何とか真大刀の言葉を止めようと声無き声を発する。だが真大刀は言葉を止めない。
「私は
斯様な
性質だからな、
郷の同じ年頃の
男らと
上手くやっていくことができなかった。だから、お前が初めての友のようなものだった。
厭味なことも
散々言ってきたし言われもしたが、お前がいてくれて、私は幸せだったと思う。……
有難う」
言いながら真大刀は
衣の
裾を
裂き、それで俺の
刀身を
丁寧に
拭い始めた。
『……やめろ、真大刀。何をする気だ!?』
「ここまで共に来てくれたお前を
斯様な形で
遺していくことは、心の底よりすまないと思っている。だが私は最早、
耐えられぬのだ」
『やめるのだ、真大刀!
諦めるな!我とお前の
霊力をもってすれば、きっと
退路は
開ける!』
俺は、真大刀がこの逃げ場の無い状況に望みを失ってしまったのだと思い、そんな言葉を
紡いだ。だが、返ってきたのは俺が思ってもみなかった答えだった。
「……そうではない。私が
耐えられぬのは
逃れ続けることに、ではない。
己が手を血で
染め続けることに、だ」
その言葉に、そこから先の考えが浮かばなくなる。俺は何も言うことができず、ただ真大刀の言葉の先を待った。
「こうなってみて
漸く、私はかつてのお前が味わってきた苦しみを
真実に知ることができた。……私はもう、どれほどの血を浴びてきたのだろうな?私が
斃した
霧狭司の
兵士の中には無理矢理に
戦へ
駆り出された
農夫もいよう。その者を大切に想う
家族もいよう。
片や命令によりやむを
得ず戦わされる身、
此方己が命を守るためやむを得ず戦う身――
何れも戦うことを真に望んでなどおらぬのに、どちらかの血が流れ、命が
喪われる。戦とは
斯くも
哀しく、
醜いものなのだな……」
真大刀が追っ手との戦いの中で何を考えていたのか、俺はこの時初めて知った。
「他を滅ぼすためではなく、何かを守るために大刀を
鍛える……。その
誇りを胸に生きてきたつもりだった……。だが、今の私が
為していることはまるで
逆の行いだ。国も、父も、
鉄砂比古様も……私が大切に想ってきたものたちは、もう何もかも失われてしまった。このまま
永らえたところで、
未来などありはしない。なのに……他の誰かの命を奪ってまで守りたいほどの何かを、私は今この手に持っているのだろうか?……最早、
斯様なことを考えることすら、
疲れてしまった……」
言いながら、真大刀はその両手で俺の
刀身を引き寄せた。まるで別れの抱擁でも
交わしているかのように両の
腕で俺の
刀身を
抱え、その刃を
己が
首筋に寄せていく。
真大刀が何をしようとしているのか
直ぐに
悟った俺は、声無き声で
懸命に
叫んだ。
『……やめろ!真大刀!我はお前を
殺めたくなどない!』
その叫びに真大刀は一瞬だけ動きを止め、俺を見つめた。
そこに
在ったのは、
恐いくらいに静かで、哀しいくらいに何もかもを
悟りきった、
儚い微笑みだった。
「血を浴びることを
厭うお前を知りながら、
最期にその
刀身を
穢す私を、
赦してくれ」
その言葉を受け止めきれぬうちに、真大刀は両の
眼を
閉じ、その首筋に刃を沈めた。
その刹那のことで
覚えているのは、
刀身に浴びた真大刀の
血潮の熱さだけだ。何が起きているのかをまるで受け止められぬまま、俺はただその熱さを体中に感じていた。
『……
嘘、であろう?真大刀……』
しばらく
呆けた後、おそるおそる問いかけたが、返る言葉はなかった。熱いほどに感じられていた真大刀の血潮の熱さ、両の手のぬくもりさえ、湯が冷めていくように
緩々と、だが確かに、失われていく。
その命の灯が消えてしまったのだと――それも、他ならぬ俺のこの
刀身により消してしまったのだと悟った刹那、俺は叫びだしていた。
『……真大刀!目を
開けよ!』
戦いの中で
霊が一つになる感覚に酔って、俺は
何時の間にか真大刀の何もかもを分かっているような気になっていた。これまで戦とは
縁の無かった真大刀が、戦いの中でどれほど心に傷を
負っていたのか、まるで気づくことができなかった。真大刀の身を守ることにばかり必死で、その心を守ることになど思い
及びもしなかった。
『このようなこと、あってはならぬ!お前までもが命を
喪うなど、あってはならぬ!』
いくら
悔いても、叫んでも、
最早何もかもが
遅かった。それでも
尚、俺は声無き声で叫び続けた。叫ばずにはいられなかった。
昼も夜も忘れたように叫び続け、どれほどの時が
経ったか分からない。自分自身でも、このまま
霊が狂ってしまうかと思っていたその時――俺の
神経を
逆撫でするような声が、森に
響いた。
「おい!こっちへ来いよ!例の
男だ。もう死んでいるみたいだぞ」
それは俺達を追ってきた霧狭司の
兵士達だった。
「今まで散々手こずらせてきやがったくせに、こんな所で
自ら命を
絶つとはな……。だがまぁ、助かったか。この
男、やけに強かったからな」
「ああ。これでやっと霧狭司に帰れる。では、確かにこいつが死んだという
証を
将の元へ持って帰ろう」
「おっと、その前に……この
大刀はもらっておこうぜ。かなりの
業物だからな」
兵士達は言いながら、俺の
刀身を真大刀から引き
剥がした。そのまま、まるで物か何かを
扱うように真大刀の髪をつかみ、荒々しく
地の上に引き倒す。
『……待て。貴様ら、真大刀の身に何をする気だ?』
問うが、
兵士達の耳に俺の声無き声は届かない。
兵士の一人が
仰向けに横たわる真大刀の身の上にまたがり、言葉も無く
大刀を引き
抜く。その刀身が真大刀のか
細い
喉に振り下ろされようとした刹那、俺は
霊の底から何か恐ろしいほどに
禍々しく熱いものが
湧き上がってくるのを感じた。
『おのれ、貴様ら!
郷を滅ぼし我らを追い
詰めただけでは
飽き
足らず、死した真大刀の身までをも
辱めるつもりか!』
霊の奥底からせり上がってくる、
溶岩のように熱く
滾ったそれを、俺は心の
赴くままに解き放った。
刹那、
刀身から炎が
噴き出す。それは
禍々しいほどに熱く、激しく荒れ狂う
火群の
霊力だった。
戦場で長き
歳月に渡り戦の火を浴び続けた大刀には火の
禍霊が宿りやすくなっている。俺はその
禍霊を、自らの深い怒りと悲しみにより呼び寄せたのだ。そしてその怒りと悲しみは、同時に俺の
霊を狂わせ、
荒魂へと変えていた。
荒魂となった
霊は、常にはあり得ぬような
凄まじい
霊力を現す。
兵士達は、声を上げる間も与えられなかった。
瞬き一つ許さぬほどの間に、彼らは骨の一つも残さず灰と
化った。
彼らだけではない。
御することのできぬ荒ぶる
霊力は、周りを次々と巻き込んでいく。森の木も草も、真大刀の
亡骸さえも、全てが灰と
化り消えていく。
そしてその
火群の中、俺はふいに、
己が人の形と
化っていることに気づいた。
「……何だ、これは……。俺は……神になったと言うのか……?」
荒魂となることで急速に
膨れ上がった
霊力が、俺をただの
精霊から神という高き
位の
存在へと一息に押し上げたのだ。
「……
違うだろう、真大刀!いずれ俺を神にしてみせると言ったのは、
斯様なことではなかったはずだ!何もかも失って、それで神になったとて、何の意味がある!?」
神と
化ったことを悟っても
尚、吹き荒れる
火群は、狂おしいまでの怒りと悲しみは、少しも
治まることはなかった。その
火群はいつしか、俺の身さえも
呑み
込もうとしていた。だが俺はそれを
避けようとはしなかった。
(……それもまあ、良かろう。この
火群で我が身も共に
葬れるのならば。……もしかしたら、真大刀や郷の
皆の元へ行けるやも知れぬ……)
俺は目を閉じ、その
火群の波に身を
委ねようとした。だが、怒りを忘れ、終わりを受け入れたその刹那、変化が起こった。
「…………っ!?これは……何だ?」
俺の
左頬から胸にかけてと、両の足の甲に、ふいに
金の光が浮かび上がったのだ。時を同じくして、そこから
火群を打ち消すように、水の
霊力が
噴き出してくる。
「
何故だ……?何故、水の
霊力が……」
その
霊力の源を探ろうと
金の光に目を
凝らし……俺は息を
呑んだ。水の
霊力が
噴き出す源に
在ったのは、真大刀が守り
文様として俺に刻ませた、三頭の
金の龍の文様だった。
『……龍を選んだのは、水の
眷属たる“龍”を守り
文様とすることで、水の
霊力の加護を得るためです。
戦場で長き
歳月に渡り戦の火を浴びてきたこの大刀には、火に属する
禍霊の力が息づきやすくなっておりますから』
いつかの真大刀の声が
脳に
蘇る。俺は
震える指で、
頬に現れたその文様をなぞった。
「真大刀……、お前は、どうしてこんな……」
水の
霊力が、
火照った
身体の熱を
冷ますように、俺の
霊を
鎮めていく。周りで荒れ狂っていた
火群の
霊力も、少しずつ静かな水の
霊力へと変わり消えていく。
その水の
霊力にくるまれ、俺の身は再び別の形へと変わっていった。人の
肌から、
銀の
鱗に
覆われた肌へと。そしてその身は長く
伸びてくねり、
額には
角が
生えてくる。人の姿から、真大刀が刀身に刻んだ通りの龍の姿へ……。
だが、俺の身は龍に変わることはなかった。
精霊から神へと変わったばかりの俺に、
全き龍の姿と化すだけの
霊力は無く、俺は
額に
角を生やした
何方つかずの
蛇神となった。そして後には
鬱蒼と
繁る森の中、そこだけぽっかり
円く
開けた黒い
焼野だけが残されていた。