第十一章 追憶に沈む大刀

 
 鉄砂郷(かなさのさと)鯨鯢国(くじのくに)の国王が大刀(たち)(ほこ)(よろい)などの武器や祭器など、様々な金属製の品を作らせるため、専門の職人たちを砂鉄や鉄鉱のよく()れる地に集めて住まわせたのが始まりなのだと言う。その技術は子や孫へと代々継承され、鍛冶(かぢ)同士の腕の競い合いなどによりさらに磨かれていった。今やこの郷で作られる武具は相当な業物(わざもの)として国内のみならず近隣の国々にまで知れ渡っている。
 真大刀(またち)はそんな(さと)の技師長の子として物心ついた時から鍛冶の仕事に(たずさ)わってきた。その才は鍛冶神(かぢしん)である鉄砂比古(カナサヒコ)にも目をかけられるほどで、それゆえ十四という年齢にして大刀を打つことを許されていた。
 だが、俺のような古びた大刀を()かし打ち直すことは、砂鉄から作った(はがね)で一から新しい大刀を打つよりも難しく、鍛冶の技量が試されるものだと聞いていた。それゆえ俺は内心、不安に(おそ)われていた。鍛冶神がついているとは言え、本当にあのような(わらし)(まか)せておいて良いものなのかと。
「何だ?嫌に無口なのだな。今さらになって(こわ)くなったのか?」
 鍜治場(かぢば)に入り神妙な気持ちでその時を待っていた俺に、からかうように真大刀が声を()けてきた。
『何を言うか。我は恐がってなどおらぬ。ただお前のような(わらし)に我が打ち直せるものかと……』
 言い返そうとしたが、その声なき声は最後まで続けられることはなかった。鍛冶装束(かぢしょうぞく)に身を包んだ真大刀の姿が俺の(たましい)()に映ったからだった。
「……どうした?私が何かおかしな恰好(かっこう)をしているか?」
『……いいや。お前……そのような顔をしていたのだな』
 (たすき)(そで)(くく)り上げた真っ白な衣に身を包み、ぼさぼさに乱れていた(かみ)を綺麗に整えた真大刀は、それまでとはまるで別人だった。整った顔立ちに(りん)とした立ち姿、切れのある所作(しょさ)――その(かみ)さび雰囲気(ふんいき)は大国の(カンナギ)だと言われても信じてしまいそうなほどだった。
「……顔?……何だ、年齢(ねんれい)に見合わず幼く見えるとでも言いたいのか?」
 真大刀は俺の言葉を勝手に誤解(ごかい)し、勝手に不機嫌(ふきげん)になった。
「確かに顔や背丈(せたけ)は同い年の者たちに比べて幼く見えるがな、腕力(わんりょく)ならば負けていないのだぞ。何せ(つち)を上手く()るえるよう、物心ついた頃から(きた)えているからな」
 そう言う真大刀の二の(うで)には、確かに一見細身(ほそみ)身体(からだ)不釣合(ふつりあ)いなほど、しっかりと筋肉(きんにく)がついていた。
「こらこら。まだ育ち盛りだというのに腕の力ばかりを無理矢理(きた)えるのは良くないぞ。他の部分もきちんと鍛えないと。そうやって自分の考えだけで変な鍛え方をしていると、かえって成長が(おそ)くなりかねないのだからな」
 後から入ってきた鉄砂比古が困ったような顔でたしなめる。
「鉄砂比古様!」
 真大刀が目を輝かせる。鉄砂比古は俺の方に目を向け、安心させるように微笑(ほほえ)んだ。
「心配は()らない。君のことは俺たちがちゃんと生まれ変わらせてあげるからな。安心して身を(ゆだ)ねるといい」
 そう言うと、鉄砂比古は次の瞬間にはもう()みを引っ込め、それまでとはまるで違う真剣な眼差(まなざ)しで真大刀に向き直り、()げた。
「では、始めようか」
 その瞬間、鍛冶場の空気がぴりっと張り()めたのが分かった。
 それは俺にとって、まさしく生まれ変わりと呼ぶにふさわしいものだった。
 炎の中で()かされ、元あった形を()くし、鉄槌(かなつち)により打ち(たた)かれる。それは何日、何ヶ月にも(およ)んだ。()に入れられ熱されては、何度も何度も打ち()ばされる。
 だがそれは苦痛を(ともな)うものではなく、むしろ全身をもみほぐされているかのように心地(ここち)良いものだった。
 刀身()の内に()まっていた禍々(まがまが)しい(うら)みの念が次々と叩き出され、(たましい)(きよ)められていくのが分かる。
 そのひたすら鍛錬(たんれん)される日々の中、俺がはっきりと意識を(たも)っていられたわけではない。それは湯に()かりのぼせる間際(まぎわ)のような、あるいは目覚(めざ)めながらも半分夢の中に(ひた)っているかのような、そんな日々だった。
 そんな夢現(ゆめうつつ)の日々の中でも、俺は真大刀の鍛冶(かぢ)としての力量を確かに感じ、(した)を巻いていた。
 (すさ)まじい熱気の中、(ひたい)に玉の汗を浮かべ、火花を散らしながら懸命(けんめい)(つち)()るい続ける真大刀の姿は、まるで普通の人間には見えなかった。人間というよりも、精霊(せいれい)か神のようなものにでも()かれ、それに(あやつ)られるまま槌を振るっているかのように見えた。
 おそらく彼には自分の手にある(つち)と、目の前にある金属の(かたまり)しか見えていない。そんな目をしていた。
 真大刀が(かな)でる、まるで(うた)うような(つち)(ひび)きにうとうとしながら、俺はその寝入(ねい)(ばな)のような(おぼろ)げな意識の中で、そんな真大刀の姿をただぼんやりと(なが)め続けていた。
 それからしばらくして、刀装(とうそう)なども一通り全てが終わった時、俺は自分の姿が以前より大分(だいぶ)派手(はで)になっていることに気づいた。
「う〜ん……精霊の宿る大刀なのだからそれなりの装飾(そうしょく)を、とは確かに言ったが、これは少し派手過ぎじゃないか?」
 鉄砂比古が困ったように鼻の頭を()いている横で、真大刀は俺をその手に高く(かか)げ持ち、()()れと見入(みい)っていた。
「何を(おっしゃ)るんですか、鉄砂比古様。こんなものは派手のうちに入りませんよ。地色は黒ですし、そこにごく(ひか)えめに金と紅琉璃(べにるり)を散らしただけですよ」
「いや、地色の問題ではなく、装飾が少々きらびやか過ぎないかということなんだが……。おまけに刀身には金象嵌(きんぞうがん)の龍、柄頭(つかがしら)の装飾は“玉を()双龍(そうりゅう)”……龍が全部で三頭とはね……」
 鉄砂比古の言う通り、俺の刀身には金象嵌(きんぞうがん)でそれまでは無かった龍の姿が(えが)かれていた。そして柄頭の装飾には二頭の龍が玉を()んでいる意匠(いしょう)透彫(すかしぼり)が施されている。
「誤解をなさらないでください。何も私は自分が龍好きだからといって意匠(いしょう)を決めたわけではございません。龍を選んだのは、水の眷属(けんぞく)たる“龍”を守り文様(もんよう)とすることで、水の霊力の加護を得るためです。戦場で長年戦火を浴びてきたこの大刀には、火に属する負の霊力が息づきやすくなっておりますから」
 踏鞴(たたら)の“風”によって起こした“火”で製錬される(はがね)を素材とする大刀には、そもそも風と火の霊力が宿りやすい。大刀姿の俺が花夜(かや)との魂振(タマフリ)で風や火を起こすことができるのもそれゆえだ。
 真大刀はその火の霊力が再び負の霊力となって(わざわい)をもたらすことを恐れ、それを相殺(そうさい)するために水の眷属(けんぞく)たる龍を守り文様として描いたのだと言い張った。とは言え、そこに彼の趣味(しゅみ)微塵(みじん)反映(はんえい)されていなかったとは到底(とうてい)思えなかったが。
「……まぁ、それは良いとして。これからこの精霊()をどうするつもりだい?精霊の宿った大刀は使い手を自ら選ぶものだが、こんな豪華(ごうか)な刀装では(なみ)の兵士にはやれないぞ?」
『我は当分、(あるじ)など()らぬ。戦場に連れ出されるのはもう御免(ごめん)だからな。しばらくは身を休めさせてもらいたい』
「ならば、鍛冶神たる鉄砂比古様に(ささ)げられたご神宝(しんぽう)ということにして、この郷にいてもらえば良いではありませんか」
「う〜ん……俺は鍛冶場(かじば)と鍛冶の道具さえあればいいから、宝なんて()らないんだが。……まぁ、良いか。その精霊()の意に沿()わない相手を主にして、また魂が(ゆが)んでしまっても困るし……」
 こうして俺は、鉄砂郷(かなさのさと)に棲むこととなった。鍛冶神に捧げられた宝刀(ほうとう)とは言え、鉄砂比古は(やしろ)も持たず鍛冶場に(まつ)られているような神だったため、俺もまた鍛冶場を棲家(すみか)とすることになった。
 それゆえ、当然のごとく毎日のように真大刀とは顔を合わせることになった。また、郷の中でも大刀に宿る精霊の声を()く霊力を持つ人間など真大刀くらいしかいなかったため、彼とは自然と友人のような関係になっていった。
 真大刀の尊大な態度や他人をからかうような口振りは相変わらずだったが、それさえも慣れてしまえば気にはならなかった。何より、それまで(だれ)かと言葉を()わし心を(かよ)わすことなどなかった俺にとって、それはあまりにも新鮮(しんせん)で、ささいな言い合いすら楽しく感じるくらいだったのだ。
 鉄砂郷(かなさのさと)での暮らしは、俺にとって生まれて初めての心安らげる日々――生まれて初めて幸せというものを知った日々だった。だがその平穏(へいおん)は、わずか四年で失われることになる。

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